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エピローグ

「さて、改めて、先ほどの話の続きをするか」

 突然、赤い髪の男が、俺たちに向き直った。

「話の続き?」

「うむ。お主らが最初にここへ来た時に、我の話は途中であったであろう」

「……」

――えっと、なんの話だったっけ?

 首をひねっていると、やれやれというように一つため息をついて、

「我に戦いを挑むのか、それとも……」

 そう言いながら、眼の前で男の体が大きく膨らんでいく。皮膚に急激に赤みが増し、顔中に濃い剛毛が生えはじめ、額に角のようなものが伸び始める。

 俺たちが声もなく立ち尽くしている間に、その男は赤き魔龍ネッセルの姿に変化していくのだった。

「なっ……」

 言葉をうしない、眼を剥いて、ただ突っ立っているだけの俺たちに、熱く硫黄臭い息を吐きかけながら、ドラゴンは、

「もう一度、汝らに問う。これより、我と戦い、我が守りし王家の宝を奪わんと欲すか。それとも、その剣を鞘に納め、膝を折り、我に和を乞い、この塔を去るか。好きな方を選ぶがよい」

 ちろりと小さな炎を口の端から吐き出した。

 もちろん、先ほど圧倒的な力の差を見せつけられていた俺たちは即座に選択を済ませたのは言うまでもないだろう。

「降参だ!」



 戦わずして降参した俺たちに、当然の選択だとドラゴンは満足げにうなずきかけてくる。そして、

「我をこの塔に封ぜし王国との契約に従いて、塔を攻略せしものには褒美を授けることになっておる。よって、一人ずつ奥の両開きのドアから王庫内へ入り、気に行った宝を一つ取ってくるがよかろう」

「えっ? いいのか?」

「うむ。それこそが我を封ぜし者の意である」

「遠慮することなんかないわよ。どっちにしろ、この王庫のモノは、歴代の王族には必要なくなったものばかりだもの。あなたたちが大切に使ってくれた方が、きっと道具たちも喜ぶわよ」

 家来のダミアンに縛られたままの大司祭をドラゴンの背中にくくり付けるように指示をだす合間に、マヤはそんな助言をしてくれるのだった。

 俺たちはその言葉に従うことにした。なんといっても、王族関係者で、しかも中央神殿の神官長様がこう言ってくれているのだしね。

 ホールの奥へ移動して、順番に奥のドアから王庫内へ入っていく。

 最初に入ったジャックが拾ってきたのは十ニ面ダイスだった。

「それを投げれば、願ったのとは違う目が必ず出るわ」

「はぁ? なんだよ。王家の魔道具っていうから、絶対バレないいかさまサイだと思ってたのによ」

 ジャックは肩を落とすのだった。

 次に入ったのはマリー。マリーが手にしてきたのは、

「ああ、それは空飛ぶタイツね。毎年、建国祭の日に宮殿で舞踏会が開かれるのだけど、王族たちはそれを穿いて、ホールを飛び回りながら踊るのよ。素敵でしょ」

「そ、そうなんだぁ~」

 うっとりとした声を上げる。だが、

「あ、けど、気を付けないとスカートの中とか下の人から丸見えになっちゃうわよ」

 その場で固まるマリーがいた。

 三番目が俺。

 俺がその部屋の中に入ると、だだっ広いだけで何もない殺風景な部屋だった。

 おかしい。ジャックやマリーが出てきたときに語っていた話では、部屋に入ると、足元からすぐにいろいろなアイテムが部屋中に山積みになっていて、物に酔いそうなぐらいだったと言っていたのに。

 キョロキョロと周囲を見回し、なにかないかと探しながら、部屋の奥へ足を踏み入れていくと、ふと足先になにかぼやっと光るものが見える。

 なんだろうとかがんで手を伸ばす。

――カシャッ

 掴んだものは算盤だった。年代を感じさせる古びた風情の木製品。どこの商店にあってもおかしくなさそうな平凡なものだ。

 なぜ、こんなものが……?

 他になにかないかと周囲を探してみるのだが、結局何も見つからない。仕方なく、それを持ったまま、ドアへ引き返した。

 外へ出ると、早速マヤが俺の手元を覗き込んでニヤリと笑う。

「これはまた、エドにぴったりの物を選んできたわね。それは、マグアイヤ・フィルツの算盤よ」

「マグアイヤ・フィルツ? あの伝説の財務大臣か?」

「そう。私の曾祖父の時代の人だから、今からかれこれ百五十年ぐらい前かしら。とても優秀な人だったみたいね。いつも倹約だとか、節約だとか口うるさい人で、それに腹を立てた曾祖父が当時の筆頭宮廷魔術師に作らせた貴重な魔道具がこれよ」

「これが、その……」

 まったく飾り気も、変哲もない、ごくごく普通の算盤。

「あっ、そうだ、いい? 三、六五一足す四、八二五引く九〇三は?」

「えっ?  七、五七三」

「今、その計算、暗算でしたでしょ?」

「ああ、うん」

「じゃ、その算盤で同じ計算をしてみて」

「この算盤で? いいけど」

 言われた通りにぱちぱちと珠を動かしたのだが、出てきた答えは、

「一二、四〇七! はぁ? なんでだ!」

 もう一度、計算しなおすのだが、まったく同じ答えで……

「これって……」

「そう、曾祖父はその算盤をプレゼントして、常に正確無比なフィルツの計算を狂わし、たまには間違いを笑い物にしてやろうとしてたの。けれど、いざそれをプレゼントして財務に関してのややこしい問題をいろいろ質問して意地悪をしてみたのだけど、なぜかフィルツの答えは全部正しい答えでね」

「えっ? なんで?」

「なんのことはない、フィルツはどんな複雑な計算でも、算盤なんて使わずに全部暗算で答えていたのよね。で、結局、曾祖父の悪戯はフィルツにばれちゃって、こんな無駄遣いのために国庫から巨額の費用をだしてまで、役に立たない魔道具を作ったのかって、こってりと怒られちゃったんだって。自業自得よね。でも、その算盤は、そのあともフィルツが肌身離さず持っていたみたいだけど、その死後、国に返還されて、今ここにあるの。だから、案外、フィルツ自身もこれ気に入っていたのかもね」

 改めて、そんな逸話のある魔道具を眺める。やっぱり何の変哲もない算盤。

「大事にしなさいよ。あなたたちは、魔道具を自分で選んで持ってきたと思っているかもしれないけど、実際には魔道具の方が持ち主を選ぶのだから」

 俺の場合は、選ぶも何もこれしかなかったのだけど……

「ああ、それから、何と言ってもここにあったものはすべて王家の魔道具だから、私のこの腕輪同様、本来の使用法だけでなく、強力な副作用もあるってことは忘れないでよ」

 マヤはウィンクをひとつして、カラカラと笑うのだった。

 副作用…… そういえば、マヤの腕輪の副作用といえば。

 改めて、マヤのその若々しすぎる外見を眺めまわす。とても九十八歳だなんて……

 と、とりあえず、大事にしてみるかな。うん。

 この後、入室していくロムスも含めて、俺たち四人全員がお互いの眼を見交わし、自然とうなずき交わすのだった。

 最後にロムスが手にしてきたのは、

「指輪ね。それは確か、玉の輿の指輪だったかしら」

「玉の輿の指輪?」

「女の子がそれをはめていると、すぐに玉の輿に乗れるのだって。もっともだれもその力が本当なのか確かめたことはないのだけど」

「えっ? どうして?」

「だって、私たち、そもそも玉の輿を迎える側の立場なんですもの」

「……」

「けど、それはあなたの妹か従妹にでもあげなさい。あなたの恋人になる人にあげたら、どこかの大貴族にでもさらわれていっちゃうわよ」

 そうして、俺たちは塔攻略のご褒美として、それぞれに微妙な能力をもった魔道具を手に入れたのだった。

 う~ん、これって、ご褒美になっているのだろうか? むしろ、呪いに近いような。

 ま、副作用の方に期待して、これ以上深く考えるのはよそう。



 窓から差し込む光は随分と赤みを帯びたものになっており、ほとんど真横からと言っていいぐらいの角度で差し込んでいる。

 俺たちは、それぞれが手にしたものを大事にしまいこんだ。バックパックの中で算盤の珠がカチャとなった。どこか楽しげな音色だ。

「じゃあ、ネッセル。私たちをその背に乗せていってくれる?」

 マヤの頼みに、ドラゴンは一声吠える。

――ギャァアアアゴォオオオーーーー!

「ほら、みんな支度しなさい。帰るわよ」

 マヤの言葉に、俺たちはそれぞれに顔を見合わせる。

「し、仕方ないな」「そ、そうね。その方が早いだろうし。また塔の中を引き返すなんて面倒だし」「だな。う、うん」「……」

 隠しようのない怯えがそれぞれの顔に浮かんでおり、声が震えている。

 けれど、同時に、これから体験するであろう出来事に心の底から湧いてくる高揚感も感じている。

 あの伝説の聖獣ドラゴンの背に、今から俺たちは乗るのだ。その体験は間違いなく一生の宝物になるだろう。

 そして、誰からともなく、こぶしを構え、前に突き出す。そのままお互いにぶつけあう。

「行こうぜ。俺たちの進むべき先へ。俺たちの未来へ」

「ああ、行こう」「行きましょう」「さあ、行こう」

 全員が笑顔を浮かべていた。白い歯を見せ、愉快そうに視線を交わしあった。それから、ホールの中央に伏せるドラゴンの背へ向かって、晴れ晴れとした顔で歩み始めるのだった。

――俺たちのこれからへ向かって。


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