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第十章 お迎え

 その後もロムスは俺たちに小声でマヤについて教えてくれる。

 マヤが王都の中央大神殿で神官長を務めていること。実は王族の生まれであのザイン大公の実の娘だということ。オリューエの領主の奥方はマヤの孫にあたり、その縁でロムスがマヤの護衛役を務めていること。今回の冒険の目的は失踪した大司祭を国や国民に知られる前に連れ戻すためだということを。

 どれもにわかには信じがたいことばかりなのだが……

 そういえば、あの密輸業者のモリルさんが、王族の不老不死について噂していたような。ザイン公の娘ってことなら、日記の秘密をあんな風に知っていてもおかしくはない。それにあの商人の隠し部屋で盗み見たザイン公の日記でも日付が百二十年前だった。九十八歳というのは年齢的にも合っている気がしないでもない。

 気がしないでもないのだが、目の前のマヤはどう見ても俺たちと同じ年頃の少女にしか見えない。

 これは、一体……?

「うふふ、これのおかげよ。この魔道具の副作用で、私、年をとらないの」

 マヤはそういって腕にはめていた腕輪を俺たちに見やすいように掲げるのだった。

 魔道具か……

 レベルの高い魔術師がその魔力を込めて作成する世界に二つとはないアイテム類。とても希少で、庶民である俺たちが、その一つにでも出会うことは、生涯に一度あるかどうか。なのに、そんな魔道具を無造作に腕にはめている。

 ロムスの言葉を疑っていたわけじゃなかったが、本当にマヤは王家に連なる一族なのかもしれない。

 って、それより、魔道具? 副作用? ってことは、その魔道具には本来の使い方があるってことか?

「そうよ。その通りよ。実は、あなたも一度、それを経験しているのだけど。覚えているわけないわよね」

 そうして、含み笑いを俺に向けてくる。それは一体、どういうことなのだろうか?

 なんだか、すごく嫌な気分なんだが?



「で、ネッセル。あなた、もう傷は治っているみたいね。この子たち相手に、さっきあれだけ派手に暴れていたのだし」

「ああ、マヤ。もしかして、そんなに私の怪我のことを心配していてくれたのか。なんとうれしい……」

「ふん。だれがよ。あなたが怪我したのだって、完全に自業自得じゃないっ!」

「うっ……」

「あんな胸にしか栄養がいきわたっていないような頭の空っぽな女王になんかにのぼせちゃってさ」

「あ、あれは、ご、誤解だ!」

「どうだか」「ほ、本当に誤解なんだ!」

「ふんっ!」

「わ、私は別に、君を差し置いて、あの女王にフラフラとなったとか、そんなことじゃなくて……」

 さっきまでここにいたはずのドラゴンと同じ名前で呼ばれている男は、しどろもどろになりながら言いつのる。

「だ、だって、あの北国女王なんだぞ。あの世界一の胸だと評判の」

「はぁ? それがどうしたっていうのよ。こんなの、ただの脂肪の塊じゃない。女にとっては重いし嵩張るし邪魔なだけだわ。ねぇ、そこのあなただってそう思うでしょ?」

 自分の少し自己主張がつよい胸を揺らしながら、この場にいるもう一人の女性に顔を向けるのだけど、

「え、ええ、そ、そうですよね。うん。そう」

 複雑な顔をして答える少女がいた。当然、いつもなら、ここで、

『けっ、なにが『そうですよね』だよ。同意するだけのものも持ってねぇくせによ』

 とかなんとか言い出しそうなやつは、さっきロムスからマヤの正体を聴いたときから固まったままで。

 っていうか、生きてるか? まさか死んだんじゃねぇだろうな?

「ほら、見なさい。彼女だってそう言ってるじゃない」

「そ、そんなことはないんだぞっ! 胸というのはなっ 胸というのはっ……」

 男は息を大きく吸い込み、そして、魂からの声を叫ぶのだった。


「男のロマンが詰まっているんだっ!」



「「「「はぁ?」」」」

 なに言ってんだ、おっさん。

 即座に、全員(ずっと固まったままの一人を除く)の冷たい視線が男をズブズブと突き刺さす。

 それに気が付いたのか、すこし気おくれした表情を浮かべて、

「だ、だって、北国女王なんだぞ。あんなスイカみたいにデカい二つの胸が眼の前にデーンって並んでんだぞ。男なら、そう、男なら誰だってフラフラってなるもんだろ? なぁ、そこのお前だってそう思うだろ?」

 って、なんで、そこで俺に振る!

「最低ッ!」

 って、マリー、今のはこのおっさんの意見であって、俺の意見じゃねぇからな!

「だから、俺もついあんな女に誘われて、のこのこと北国くんだりまで……」

「フンッ! ばっかじゃないの!」

「ごもっともです……」

 マヤの冷たい一言にしょげ返る男だったのだが、急に顔を上げて、

「わ、私もあの女王に騙されてたんだよ。だって、あの胸は、あのデカい胸は、服の下に何枚も分厚いパッドが入っていたんだ。ドレス脱いだら、全然で。あれなら、絶対、君の方がデカいよ。それに形も色も断然きれいだし」

 媚びるようにエロ男がそんなことをいうのだが、それを聞いて、マヤは顔から血の気を失っていて、

「へ、ヘンなこと言わないで。まるで、それじゃあ、私とあなたの間でなにかあったみたいじゃないっ!」

「あ、うっ……」

 男は、気まずげに俺たちの方を見回し、そして、ぼそっと、

「す、すまない……」

――えっと、それって?

 肯定でも否定でもない言葉をどう判断してよいか分からなかったのだが、それをぶった切るように、マヤは慌てた様子で、

「ま、まあ、いいわ。そんなことはどうでもいいわっ!」

「け、けど……」

「そんなことはどうでもいいのっ!」

 マヤの迫力に全員がうなずかざるを得なかった。



「で、うちのバカ娘はどこにいるのよ。あなたが北の国から逃げ出す時に負った怪我を治しに、ここに来てたのでしょ?」

「そ、それは……」

「もう怪我は治ったのだから、連れて帰るわよ。いいわね」

「うっ、け、けど、リタはなんていうか……」

「あの子がどう思うかなんて関係ないわ。ことはこの国の重大事に関わることなんですもの。中央神殿から奇跡の力をもった大司祭がいなくなっているなんて、王や国民に知られたりしたら、どんな大混乱が起こることか…… この国が神に見捨てられたも同然の話なのよ。実際、国のあちこちですでに天候不順が起き始めているし。とにかく、あのバカ娘が『いやだ』って言っても縛ってでも連れて帰ります」

「し、しかし……」

 そんな問答がマヤと男の間で交わされていた時だった。

「ひっ!」

 なぜか、マリーが息を飲み、真っ青な顔で立ち尽くしている。よくよく見ると、そののど元には短剣が擬されていて、背後に立つ男が羽交い絞めしている。

 眼が合った。途端に、

「お前ら、そこを動くな!」

「「「ジェミン!」」」

 そう、アラセル一家のバカ息子がなぜかそこにいたのだった。



「なぜ、お前がここに!」

「ヘッ、知れたこと、お前たちの後をつけて来たに決まってんだろ!」

「俺たちをつけて来ただと……」

「ああ、なにしろ、お前らはあの古代の森から無事に戻ってきたって評判だったからな。オリューエの渡しで待ってて正解だったぜ。俺たちが待ち伏せしてるって気が付きもせず、のこのこ戻ってきやがってよ」

「……」

「街に入ったら袋にしてやる手筈だったのによ、そのまま船に乗りやがったから、正直焦ったぜ」

 なんか、いろいろペラペラとしゃべってくれる。まあ、おかげで、大体の事情はわかったからいいけど。

「そんなわけだ。お前たち、この仲間の女を助けたかったら、おとなしく武器を捨てな」

 ぐっとさらに力をこめ、人質のマリーを締め上げる。

「よ、よせっ! やめろ! マリーを放せっ!」

「けっ、お前は黙ってな。分かってんだぜ。お前、あの時の魔術師だろ? 魔術師は呪文を唱えなけりゃ魔法が使えないんだってな。なら、これからもずっと口を閉じてな。もし、今度、お前が口を開いたら、この女の顔は二度とみられないものになるぜ」

 短剣の腹でマリーの白い頬をなぞる。

 ぐっ…… こ、こいつ……



「おい、そこのリーデンの」

「……」

「おい?」

「……」

「おい? 聞こえてないのか?」

 仕方なく、ロムスが答える。

「いま、ジャックは取り込み中だ」

「はぁ? なんだよ、それ。ま、いいや。なら、お前、そいつが呪文を唱えられないように、猿ぐつわをかませな。それと、お前は腰に差してるそのデカ物をさっさと捨てな」

 その指示に素直に従い、ロムスがジェミンに言われた通りにする。って、だからって、本当に力いっぱい俺の口をふさがなくても…… かなり呼吸が苦しいのだけど。

 その様子に満足して、ジェミンは背後に声をかけた。

「先生よ、すまないが、そいつらの武器を拾って、全員ふん縛ってくんねぇか?」

 気が付くと、ジェミンの背後の暗がりに剣士風の男が立っている。だが、その男は、そのまま腕組みをしているばかりで動かない。

「先生? どうした? あんたも、急に聞こえなくなった口かい?」

 けど、この最後に現れた男、なぜかどこかで見かけたことがあるような気がするのだが? どこでだ?

 その男は、そんな皮肉にも動じず、それでも動こうとはせず。

「ったく! これだからよ、臨時雇いの傭兵ってヤツは…… けど、まぁ、仕方ねぇか。カルンまで一緒に来たやつらは、お前らがこの塔に上るっていうんで急に怖気づきやがってよ。逃げちまいやがんの。帰ったら、親父に言いつけてやるんだ。で、その代わりにたまたま同じ船で一緒に船底に篭ってたあんたをそこで雇っただけだしよ。そこまでしてもらえるったぁ、元から思ってねぇや」

 ジェミンはぶつくさとつぶやきながら、一つ首を振ると、

「ま、いいや、とにかく、そこの女、こっちへ来て、ちょっくらこの女と交代しな」

「はぁ? なんで私が?」

「決まってんだろ、あんたの方には胸があんだからよ。こんなまっ平な男みたいなんじゃなくてよ」

 いやらしく眼を細めてマヤの胸を見つめてくるので、思わずマヤが自分の胸を抱く。

「やっぱ、女は胸でしょ。あんたもよく覚えておきな」

 一呼吸置いて、自分の唇をしめらす。そして、

「胸ってやつにはな、男のロマンが詰まってるんだぜっ!」

「へ、変態っ!」

「ほらな、こいつも俺と同じ男なんだって。男ってのはみんな同じで…… げほっ」

 マヤの肘打ちをくらって悶絶しているエロ男は放っておいて。

 今、ジェミン、とんでもないことをさらっと口にしたような。よりによって一番言ってはいけないことを、本人のすぐそばで。

 次に起こることを予測し、俺たちは戦慄する。あたりに不意に立ち込めたどす黒いオーラを肌で感じて、鳥肌が立つ。

 それが起きたのは、本当に一瞬だった。

――ズバンッ!

 剣の達人のロムスですら、その軌道を眼で追うことができないと嘆くあの平手が炸裂したのだ。たぶん、打たれた本人も、何が起きたのかは理解できてはいなかっただろう。

 なにしろ、瞬時に、張り飛ばされ、頭から宙に浮きあがり、壁に向かって一直線に飛びぬけてしまっていたのだから。

――ボゴッ!

 人間の体からは決して聞こえてはいけないような鈍い音があたりに響く。そして、

「だ、誰が男みたいですって!」

 全員の耳を聾する怒号が発せられたのだった。



 耳がキンキンする。それでも、慌てて人質となっていたマリーのもとへ駆け寄ると、

「エド!」

 抱き付いてきた。

 うっ、なんか甘い匂いが鼻をくすぐり、腕の中の細身の体がかすかに震えていて、そして、俺の胸にまな板のような硬い感触が。

――って、やっぱないな……

 がっかりしたような、ほっとしたような。

「怖かったよぉ~」

 かすかに震えた小さな声で訴えてくるのだけど、壁の方を見ると、血しぶきが飛び散った痕が生々しいグロさを醸し出していて、

――お、俺は、お前の方が怖いのだけど……

 無意識のうちにそうつぶやいていたのだが、ありがたいことに猿ぐつわがはまっていた。

「エド、じっとしてろ」

 一瞬、首の後ろで空気を何かが切り裂く音が聞こえたかと思うと、俺の口から猿ぐつわが外れる。

 っていうか、いまロムス、剣で切ったよな? ちゃんと手で緩めてくれてもいいのに、剣で切ったよな?

 ま、まあ、ロムスにすれば、ジェミンが吹っ飛ばされたあとも、沈黙を守り、そばで仁王立ちしている傭兵の存在が気になって、そんな些細なことにまで気を使っている場合じゃないのはわかるのだけど。猿ぐつわを取り払ってくれたこと自体には感謝しているのだけど。剣で切ったよな?

 恨めしげな眼をロムスに向け、それから気を取り直して、まだ抱き付いているマリーに向き直った。

「マリー、ちょっとじっとしてろ」

 そうして、マリーの顎の下に手を添え、顔を持ち上げさせる。

「えっ? ちょ、ちょっと……」

 至近距離で眼と眼が合う。

 俺の前に、不意のことで驚きで真ん丸に見開いたままの眼がキョドっている。だが、何かを決心したかのように、やがて、ゆっくりとその上まぶたが下りてきて、眼を閉じる。じっと息を凝らす気配、真っ赤に染まった頬、そして、プリッとした唇がかすかに突き出され……



「よし、これで大丈夫だ。二,三日もあればこんな傷なんか消えるさ」

 俺はこんなこともあろうかと、常備していた切り傷に効くという軟膏の蓋を閉める。

 そう、さっきジェミンに短剣の刃を押し当てられたときに、マリーはかすかに頬を切っていたのだった。今、その手当てを済ませたところ。

 うん、俺って、なんて気の利くいいヤツなんだろう。

「マリー、俺に感謝しろよな。お前、なんといっても女なんだし、顔にそんな切り傷をこさえて、一生、痕に残らせるなんてことにしたくないもんな。うんうん。これでもう手当も済んだし、そんなことも起きないだろう。うん、俺って、なんて気の利くいいヤツ」

 ポーズを決めて、サムズアップして、おまけにウィンクをパチリ。

 だというのに……

「ど、どこが気が利くのよ!」

 なぜか涙目で俺のことを睨んでくる。そして、直後に俺もジェミンのすぐ隣でぐったりする羽目になったのだった。

 な、なぜだ? 理不尽な!



「ねぇ? さっきからなに? 物凄い音がしてるんだけど?」

 突然、横手にあったドアの一つが開いて、隙間から白い顔が現れる。

「あら? 大じじ様、お客さまかしら?」

 そこで勢ぞろいしている俺たちを見つけて、眼をパチクリ。そうして、静々とドアから出てきたのは、清楚な真っ白いガウンのような服を着た俺たちと同年代ぐらいの少女。その服には、よくみると豪華な刺繍が施されていて、絹糸特有の光沢があった。けど、どこかマヤに雰囲気が似ている気がしないでもない。厳かで神秘的な気配をまとっている。それ以上に、周りにいる人をハッとさせるような美少女でもある。

「皆様、いらっしゃいませ。ごきげんよう」

 上品に優雅に腰を折って挨拶。うん、仕草の一つ一つが洗練されていて美しい。そう、とても美しく、華麗で、優美で、だったのだけど……

「げっ! 神官長っ!」

 俺たちの中にマヤの姿を眼にした途端、その同じ口から出たのはそんな言葉だった。

「あれはリタ大司祭様だ。王都の中央神殿の祭祀一切を取り仕切られるお立場にあられる」

 ロムスが俺を助け起こしながら小さく解説してくれる。

「リタ、ひさしぶりね」

「神官長、な、なんでここに! はっ、む、迎えに来たのね。で、でも、わ、私、帰らないわよ! もう、あんな神殿なんてうんざりなの!」

「あらあら、わがまま言わないの。あなたがいなくなったせいで、どれだけの人が迷惑していると思うの。リタ、あなたは国の祭祀に重責のある大司祭なのよ。大司祭としての自覚をもちなさい」

「いや! いやったらいや! もうあんな退屈な神殿だの、祭祀だの、真っ平御免なの!」

「そんな子供みたいなわがまま言わないの」

「私はまだ子供なの!」

 マヤが困り果てたとでもいうように首を振る。それから、

「ほら、あなたからもなんとか言ってあげなさいよ。元々、あなたがどこぞの女を追いかけて、逃げ出す時に怪我させられたせいなんだから、なんとかしなさい」

「なんとかって言われても……」

「ほら、もう傷の方もリタの奇跡の力のおかげですっかり治ってるのだから、早く神殿にもどりなさいって」

 口調はとてもやさしくゆったりしたものなのだが、その眼が全然笑っておらず、底光りする黒い瞳がひたっと合わさっていて。

「ひっ! わ、わかった。わかったから。あ、り、リタや。そ、その。そろそろ、神殿に戻った方が…… そ、その……」

「大じじ様まで! 昨日まで居たければここに好きなだけいつまでも居ていいって言っていたくせに! ひどい!」

 よく見ると、マヤがその男の肘をつねっている。

「あ、そ、それはそうなんだが…… こうして、マヤも迎えに来たことだし…… その……」

 ぶぅ~と頬をふくらます。

――うっ、なんだ、この可愛い生物は!

 思わず、その姿に見とれそうになったのだけど、いつのまにか、俺の隣に来ていたマリーが俺の肘をつねってくる。

――い、痛いって!

 と、急にリタはさっきから近くにいて、ずっと我関せずと呆けている男に駆け寄った。

「ねっ? あなた、見ない顔ね。神官長のところの家来ってわけじゃないわよね?」

「えっ?」

「なら、私を守って、ここから連れ去りなさい。そしたら、私の家来にしてあげるわ!」

「……」

「ちょっと聞いてるの、ねぇ?」

 って、おいっ! そこの失恋男。なにびっくりしたような顔してリタのことマジマジと見てんだよ。

 あ、おいっ! その顔なんだよ? 急に眼をハートにしやがって。なに騙されてやがんだよ!

 はぁ~ ったく!

「ジャック。その子は大司祭様だぞ。お前の手におえる相手じゃないぞ」

「そう、あなたジャックっていうの。ジャック、いいわね、今から私の家来になりなさい」

 突然、ジャックは片膝をついて、リタの手をとり、その甲へ口づけを……

「って、あんたは、なにやってんのよ。調子に乗って、もう!」

 後頭部を叩くマヤがいた。



「ええ~ ヤダヤダ! 絶対、帰んない! ヤダヤダー!」

「駄々をこねないの。もう十六にもなったのだし、子供じゃないのだから、恥ずかしい真似はしないの!」

「ああ、俺の天使がつれされていくぅ~」

「待て待て、お前の天使じゃねぇから」

 結局、リタはマヤに襟首をつかまれ、引きずられていくのだった。

「ダミアン。このじゃじゃ馬娘が逃げ出さないようにそこに縛って転がしておきなさい」

 マヤが連れ去った先は、なぜかジェミンが雇ったという傭兵の前。その傭兵は、リタを受け取ると、言われた通りに縛り上げようとロープを手にする。

「って、ちょっと。私は大司祭なのよ。国の祭祀一切をつかさどる奇跡の力をもつ神のしもべなのよ。私を縛ったりなんかしたら、ただじゃ済まさないわよ。神罰が下るわよ。七代呪われちゃうのよ。って、聞いてるの? 黙ってないで、何とか言いな…… ちょ、ちょっと、ウソ。本気? い、いや! やめて! し、神官長、こいつに何とか言って。こいつ本気で私を縛ろうと。ちょ、ちょっとやめてよ」

「うるさいから、猿ぐつわもはめなさい」

「はっ」

「もぐぐ、もぐぐぐ……」

 っていうか、その傭兵、マヤの知り合いかよ。というか、家来?

「ねぇ、あの男の人って、あの人じゃない。ほら、チェッレの町でモリルさんから賄賂もらってた」

「あっ!」

 マリーの一言で思い出した。確かにチェッレの町に入るとき、門役人と一緒にいた男だ。そして、モリルさんから、なにかの包みを受け取っていて。

 ……っ!

 ってことは、もしかして、モリルさんも!

「モリル? あら、じゃあ、あなたもモリルに会ったことがあるのね?」

 マヤがマリーの言葉を聞きつけて、親しげに尋ねてくる。モリルさんのことをマヤも知っているのか?

「ええ、ちょっとね」

「そう。きっとチェッレの町でね。あのあたりは元々お父様(ザイン大公)の領地で、家来たちの家が今でも何軒か残っているのよね」

 なるほど、そういうつながりか。って、じゃあ、モリルさんもマヤの?

 そういや、今、マリーに『あなたも』って聞かなかったか? 『あなたも』ってことは、他にもモリルさんとここにいる誰かが会ったことがあることをマヤが知っているってことに。

 じゃあ、それは一体だれのこと……?



「あ、そうそう、そこに伸びてる子をこっちへ運んできて頂戴」

 マヤが指示するのは、俺たちの足元にだらしなく転がっているジェミンのことだ。ロムスと二人で抱えてマヤが指定する床の上に横たえると、さっきの腕輪を外して、ジェミンの額の上に置く。それから、かがみこむようにして、呪文のような言葉を唱えると、続いて『魔龍の塔』とか、『古代の森』だとか、いくつかの単語をささやく。途端にジェミンの額の上の腕輪が光を帯びてくる。

「これって……」

 驚き、息を飲んで眺めていると、やがて、その光はゆっくりと消えていった。

「な、なに、今の? 魔法っぽかったけど?」

「うふ。ちょっとこの子から記憶をね」

 じっと俺の眼を見てくる。次第に俺の顔から血の気が引いて行くのを感じた。

記憶という単語をマヤが言うってことは……

「……」

「もう、そんな怖い目をしないでよ。だって、あのとき、私が廊下でモリルからオリューエの街にあるはずの日記の捜索について報告を受けていたら、君が角で立ち聞きしていたのだもの。あれは、悪いのは、絶対、君の方だよね」

「……」

「立ち聞きなんていけないことでしょ。でも、君はそうしてたの。だから、てっきり君はどこかの国のスパイかなにかだと思い込んじゃって。そこのバカ娘が失踪しているなんて知られるわけにもいかないし…… てへっ」

 可愛く舌を出す。そんな顔を見ていたら、許さざるを得ない気分になってしまうぞ。

 って、ち、違うんだよ。全然、そんな。俺とマヤの会話に全員の注目が集まっていて、だれも見ていないのをいいことに、ダミアンとかいうマヤの家来が、俺の視線の先でマリーの背後で剣を構えるような仕草をしていたからとか、許すって言わないと、マリーの命が危なかったとか、そんなせいなんかじゃなくて……

 ただ、純粋に、マヤの可愛い仕草に魅了されて、全部許す気になったってだけで。

 ほ、ほんとだよ。本当に、それだけだよ。

「分かったよ。そういうことでいいよ。もう怒ってないから」

「本当? 私のしたこと許してくれる? わぁ、うれしいな。これだから、エドって大好き」

「あははは……」

 うん、マリーより、断然、胸にあたる弾力感がちがうな。うん。うん。ううっ……


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