お嬢様のナイトは侍女!?
息抜きに思い付きで書いてしまいました。あまり深く考えず、気楽に読んでいただけると嬉しいです。
真っ白の壁紙に派手さはないが高級感溢れる家具が揃えられた部屋には、難しい顔をして椅子に座る女性と優雅にお茶を入れる侍女がいた。
「またなの?」
「またですね。」
「本当に飽きないわね。」
部屋に響く呆れた声を発したのは私の主であるエリシア・ヴァイレーン伯爵令嬢。エリシア様は長く美しい金髪に翠色の大きな瞳、透き通るような白い肌に頬と唇を桃色に染めた女神の様に儚く美しい容姿を持つ方で、頭もよく優しい私の自慢の主である。
ちなみに、私はルイーズと申します。亜麻色の髪をきっちり結い上げ、青い瞳に眼鏡をかけた至って普通の侍女でございます。
今、エリシア様が美しい顔を歪めている理由は、今朝の食事に睡眠薬が入れられていたから。もちろんエリシア様に害はない。内緒で雇った毒味役が部屋でぐぅぐぅいびきをかいているだけだ。
なぜこのような事になっているかというと、このベイレーン王国の第一王子ライセル・ベイレーン様のせいである。あの馬鹿…失礼、あの頭に花が咲いている王子は女好きで有名で、容姿は良いが、頭も剣もまあまあという、まぁ優秀な臣下に支えられて生きているような人だ。そして今回、色々な女性と噂をつくる第一王子を落ち着かせるため、婚約者候補が王城に集められたという訳だ。きっと駄々をこねられて『ならばたくさんの女性から王子が好きな女性を選んでいい』などと説得したのだろう。
そのせいで多くの女性が王城に招かれた。そう、色々な身分の女性がである。もちろんその中にはエリシア様も含まれていた。そのため侍女一人(私である)を連れて王城まで来たのだが、ここは女の戦場とかしている。
なんせ色々な身分の女性が20人も招かれたのだ。ライセル様に見初められれば、のちの王妃様である。燃えるあまり嫌がらせが多発する事など容易に予想がついた。そこで、エリシア様との話し合いの結果、触らぬ神に祟りなし、ライセル様と関わらずやり過ごそうと決めたのだ。
一週間は平和だった…のに、あいつ!ごほっごほっ…ライセル様が庭を散歩していたエリシア様を見つけ話しかけに来た。それからというもの、何度も何度もお茶に誘ってくるようになったのだ。そりゃ、嫌がらせの矛先がエリシア様に向くわけだわ。
「睡眠薬なんて入れて何をするつもりだったのかしらね。」
「どうせどこかの男にお金を払って、襲わせるつもりだったのでしょう。」
「それでわたくしを傷物にしようということね。」
「ご心配はいりません。そんな事はさせませんから。」
「えぇ、わかっているわ。ルイーズがいてくれれば怖いものなんてないもの。」
優しく微笑むエリシア様に頷き返す。エリシア様は私にとって一番大切な人。捨てられていた私を拾い、家族のように扱ってくれた。エリシア様だけではなく、ヴァイレーン伯爵家の皆が家族同然に育ててくれた。その優しさのおかげで私は生きながらえたのだ。だから何に代えても守り抜いてみせる。そのために私はいる。さぁ、誰が何を企んでいるのかしら。
部屋にいても退屈だと言うエリシア様の要望で、あまり人と会わない王城内の小さな庭へと散歩に出た。花とエリシア様…うん、なんて美しいんでしょう。エリシア様の一歩後ろを歩きながらうっとりしていると、後ろから人の気配がした。今度はそっちか…ため息を吐きそうになるのを必死に止め、振り返る。
そこには燃えるような赤髪と瞳を持つ、男らしく鋭い視線を向ける美しい男性と、対称的に落ち着いた青髪に黒の瞳、甘い顔立ちで笑顔を向ける男性がいた。
「エリシア様、アレク様がいらっしゃっています。」
私の声かけにエリシア様は振り向くと少し驚いた顔の後、小さく笑う。そんな顔を向けてやらなくていいと思いますよ、あの腹黒第二王子になんて。そう、赤髪の男は第二王子のアレク・ベイレーン様。横に立つのは近衛騎士のカイン・アルフレッド様、アルフレッド伯爵の嫡男である。
「こちらで散歩されていたのですか、エリシア嬢。」
「はい。こちらもとても美しい庭ですもの。アレク様はご公務の息抜きといったところでしょうか?」
「そうなのです。よろしければご一緒してもよろしいですか?」
「えぇ、もちろんです。」
あの冷たそうな鋭い目つきを持つ男だとは思えないほど、エリシア様に向けるアレク様の笑顔は柔らかい。こんな表情を見れば、どんな女性も頬を染めるだろう。ライセル様と違い何でも優秀に熟す彼だが、私はこの男の腹黒さを知っているから絶対に落ちない。エリシア様は知っていて受け入れているのだから器が大きいんだわ。さすがはエリシア様!!
エリシア様の素晴らしさに浸っていると横槍が入れられた。
「ルイーズ嬢、今日も可愛らしいですね。しかし、その眼鏡を外した方がもっと可愛らしいのに。」
「そんなカイン様ご冗談を。この眼鏡がなければ見えるものも見えませんわ。」
「それは残念だ。」
このニコニコ笑いながら話すカイン様が苦手だ。何を考えているのかわからないからである。近衛騎士として常にアレク様に付いている彼は、騎士団の中でもかなりの腕を持つ強者だ。そんな彼を苦手とする最大の理由は、私の裏の顔を知られたから。
私の裏の顔は諜報員であり、エリシア様の護衛である。諜報といってもエリシア様に関わる事しかしないのだが、婚約者候補の調査のため夜に動いていたところ、カイン様に見つかったというわけである。私の人生最大の失敗だ。そのままアレク様のもとまで連れて行かれ、調査した事全てをしゃべらされた。そして最後に一言…
「エリシア嬢の侍女だから今回は許してやろう。そのかわり、今後はヘマをするなよ。」
エリシア様に向ける柔らかな笑顔ではなく、ニヤリと笑ったあの顔は忘れない!あの腹黒がぁぁぁ!!
だが、止めろとは言われていないため嫌がらせなどがあれば、そのたびに調査しに忍び込んでいる。もちろん、エリシア様も知っており、ばれた事を話した時は私の身を案じてくれたが、そのまま続けさせてもらっている。だからエリシア様もアレク様の腹黒さは知っているはずなのだが、あのように仲睦まじい姿で歩いている。一応、第一王子の婚約者候補なんですよ、アレク様?
というこで、カイン様には私が諜報活動している際に出会ったため全てを知られてしまっているのである。もちろん眼鏡の事も、諜報中は外しているため触れてきたのだろう。眼鏡は見られた時にすぐに私だと気づかれないための大事な変装道具だ。そうやすやすと外す訳にはいかない。
「いやー、微笑ましい光景だね。」
「一応、エリシア様はライセル様の婚約者候補なのですが。」
「一応でしょ?その言い方だと、なる気はないと言っているようなものじゃないか。」
「うっ…」
まぁ、確かにそうなのだが。だからってアレク様とくっつくのも嫌なんだけどなぁ。だって私はエリシア様から離れる気がないんだもの。嫁いでしまったら、アレク様ともカイン様とも共に過ごさなければいけないじゃないか。そんなの面倒だ。でもまぁ、目の前を歩くお二人の姿を見ていると、エリシア様の幸せが一番なんだよなぁ、と複雑な思いを抱いてしまう。
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あの睡眠薬を入れられた日から三日がたった。飽きもせずライセル様のお誘いと候補者からの嫌がらせは続いている。まぁ、嫌がらせでエリシア様に害が及ぶような事はない。それが悔しくて毎日やっているのだろう…一人の侍女が阻止しているなんて思っていないのでしょうね。
私へもちょっかいをかけられるようになったが、私は素知らぬ顔でかわしている。転んだふりをして水をかけられそうになれば、驚いたふりをしてバケツごと飛ばし相手に水をかけたり。食事に虫を入れられれば、さりげなく皿を交換したりなど…え?かわしているとは言えない?そんなそんな、不可抗力ですもの。やり返すつもりはございません。もちろん、そんな事をした侍女の主人は調べさせてもらいましたよ。そして思わぬ事を知ったのです。
「エリシア様、本日ですが…本当によろしいんですか?」
「えぇ、大丈夫よ。ルイーズ、あなたを信じているわ。」
「かしこまりました。」
そう言うと、いつもよりも少し着飾ったエリシア様と共に散歩へと出かける。いつもの時間、いつもの小さなあの庭へ。
相変わらずの美しさをもつ花々を愛でながら、散歩をしていると、茂みが揺れる。茂みからは五人の男が姿をあらわした。影に隠れて数名の女性の気配もある。きっと婚約者候補なのだろう。それにしても、女性二人を傷つけるために五人も集めたのか。そうとうエリシア様が邪魔なようだ。
「エリシア様、お下がりください。」
「わかったわ。気をつけてルイーズ。」
「はい。」
エリシア様を庇いながら、スカートの中から細長い剣を抜き出し構える。男たちは侍女のスカートから短剣などではなく長い剣が出てきたことに驚いた表情をしていた。
そう、あの調査で判明したのはエリシア様襲撃計画だった。決行日が今日だったので、散歩を控えるようエリシア様に進言すると、否と答えが返ってきたのである。理由は、そろそろカタをつけたいとのことだった。そのため、本日は上下の分かれた侍女服を纏い、腰から剣を下げてスカートで隠していたのである。
一人の男が動き出す。エリシア様になど近づけはしない。勢いよく走ってきた男の懐に瞬時に入り込み、腹を思い切り剣の柄頭でど突き、動きが止まったところを斬る。私の動きに驚いている隙を逃すことなく、隣に立つ男に剣を振り下ろし、我に返って飛び込んでくる男を蹴り飛ばし、振り返りざまに後ろに迫る男を斬る。今動けるのは目の前でむせている男ともう一人…しまった!その男がエリシア様のほうへ走りこむ。それを援護しようとむせていた男が私に迫ってきた。
「エリシア様!」
キンッ!
その私の叫び声の後に響いたのは、高い金属が合わさる音だった。エリシア様の前にはカイン様が立っており、相手の男をいとも簡単に倒す。
「ルイーズ!前だ!!」
カイン様の声にハッとして、迫る男と対峙する。男と同じほどの速度で走り込み、男の剣先を弾き飛ばしそのまま剣を抜く。鍛えていない者にしてみれば、なにが起こっているのかわからない早技だった。
「いやー、凄いね。並みの騎士では君に勝てそうにないな。剣術もそれほどの腕とは…本当にただの侍女とは思えないね。」
「…来るのが遅いですよ、カイン様。」
「ごめんね、ルイーズ。ライセル様をつかまえるのに時間がかかってしまって。」
「呼び捨てはやめてください。」
「つれないなぁ。」
呑気に話しかけながらも、駆けつけてきた騎士達に捕まえるよう指示を出すカイン様をひと睨みする。後ろを見れば、アレク様がエリシア様の側にいた。少し離れたところには、呆気に取られた顔のライセル様と候補者達が立っている。
「こ、これはどういうことかな、アレク?」
「見ての通りですよ、兄上。兄上の婚約者候補がエリシア嬢を襲わせたのです。そこの後ろにいる方達がね。」
目線だけで候補者達をさすアレク様。いや、その目…怖いですよ。エリシア様も苦笑いしてるじゃないですか。怯えたのはもちろん候補者達。
「わ、わたくし達は関係ありませんわ!」
「そうです!関係ないですわ!」
他の令嬢もやいのやいの言っている。もう諦めた方がいいですよ?なんてったって…
「貴方達がやりとりした手紙や依頼書などの証拠は全てこちらにある。」
そうなんです。証拠は全て私がアレク様に渡しましたから。探れば探るだけ証拠が出てくる出てくる。悪い事を企む割に無防備すぎです。真っ青な顔の皆様には悪いんですが、あがいても無駄ですよ。
「それと兄上、あなたも彼女達に覚えがあるはずですよ?」
「な、なに?」
「彼女達はあなたが手を出した女性達ではないですか。婚約前に手を出すとは、わかっているのですか?」
「なっ…!」
「追って父上から沙汰があると思います。それまでは部屋で謹慎していてください。」
「ふ、ふざけるな!アレク、お前どういうつもりだ!!私をーー」
「連れて行け。」
有無を言わせず騎士へと指示を出すアレク様。それにしても、ライセル様…あんた本当に馬鹿なのね。喚きながら騎士に連れて行かれるライセル様を見送る。私もこの事実を知った時は、呆れて物も言えなかったわよ。アレク様に伝えたら、落胆するどころかニヤリと笑っていたけど、このためだったのね…さすが腹黒。
後ろで騎士達に連れて行かれる候補者の令嬢達は罵り合っている。きっと、自分だけが手を出されていると思っていたのだろう。「騙したのね!」と叫びあっているが、それぞれを見下しながら協力関係を結んでいたのだ。なんだか可哀想にも思えるが、エリシア様を狙ったからには同情はしない。道を踏み外したのは自分で選んだことだ。
こうして、エリシア様襲撃事件は幕を閉じた。結論から言うとライセル様は継承権を剥奪され、遠く離れた王族所有の領地へと飛ばされた。そして、第二王子アレク様が継承権第1位となったのだ。候補者達は、元はと言えば第一王子ライセル様が手を出した事が原因でもあり、エリシア様がお許しになったため、修道院に入るか、訳ありでも良いと言ってくれる貴族へと嫁ぐことになった。なにげにヴァイレーン伯爵は有力貴族に恩を売ることになったのだった。
ちなみに、この茶番劇(いや、エリシア様のお命がかかっているので、そうとも言えないが)は全ての計画を知ったエリシア様がアレク様に提案したことだ。ふふふ、頭が良くて素晴らしい主でしょ?私の自慢の主ですもの!
いつもより綺麗なドレスで散歩したのは大勢に見られるからというよりも、アレク様に会うからだと思うけど…そこも可愛らしいから良し!
後に候補者にエリシア様をなぜ狙ったのか聞くと、知性も美貌も権威も持ち合わせていたエリシア様が王妃になり、自分は側室になるのではないかと思ったかららしい。まさかここでエリシア様の素晴らしさが仇となるとは!
そんなエリシア様はといえば…
「エリシア嬢…いや、エリシア。どうか私の妻になって欲しい。」
「アレク様!……はい。わたくしでよろしければ、よろしくお願いいたします。」
「ああ、よかった。ありがとう、エリシア!」
あの事件のあった庭でアレク様とめでたく婚約されました。ここは隠れて会っていた二人にとっては思い出の場所。そこで幸せそうに抱きしめ合っている二人を陰に隠れて見ています。あぁ、あんな美しい笑顔を向けて…これがエリシア様の幸せなら、私は受け止めます。あの腹黒王子を気に入らないことはあるけれど、エリシア様を大切にしてくれるのは確かだし、認めてあげましょう。
「お二人とも幸せそうでよかったな。」
「…そうですね。」
私のしんみり浸る時間を妨害してきたのは、やはりカイン様。本当に邪魔ばかりね。
「よかったら俺達も…」
「結構です。」
「ちょっ…最後まで言ってない!」
「結構です。」
「な、なら!騎士団の訓練所に一緒に行こう。そして、剣を交じり合わせれば何かがきっと…」
「変わりません。というか、私は大っぴらに剣はふるいませんから。」
女性を訓練に誘うなんて!顔や剣の腕は良いくせに、女性の扱いはまだまだね。そんな人に付き合ってなんてやりません!
抱擁を緩め見つめ合う二人のもとへと向かう。空気が読めていない?いえ、婚約できたからってこれ以上ベタベタすることは許しません。それにほら!嬉しそうな笑顔でエリシア様が私の胸に飛び込んで来たじゃありませんか。隣で悔しそうに私を睨むアレク様にニヤリと笑う。まだまだ私達の絆には勝てないということですよ。
少しへこみ気味のカイン様がアレク様の近くに寄ると、すぐさまアレク様が詰め寄った。
「おいカイン!もう少しルイーズを抑えておけなかったのか!?」
「バッサリ振られました。」
「カイン……なんかすまんな。」
「…はい。」
そんな事だろうと思っていましたよ。私からエリシア様を奪い取るなど100年早いわ!あははははははー!
「ルイーズ、わたくしとても幸せよ。ありがとう。」
「エリシア様の幸せが私の幸せです。こちらこそありがとうございます。」
微笑みあう二人の女を、なんだかんだ温かく見守る二人の男。この小さな庭には大きな幸せが溢れていた。