入学式
4月、入学式の朝。
「たっちゃん、置いてくなんて酷いー!」
新しい制服に身を包み、今まで通ってきた道とは違う道を少し駆け足で進む。
「梓の準備は遅すぎ」という言葉を残して先に行ってしまった、幼馴染みの達也を追いかけていた。
「たっちゃんのバカー!」
"薄情者っ!気持ちの薄さと比例して、髪も薄くなっちゃえばいいんだーっ!"
思っていたことを口に出していたらしい。
赤信号が点灯している横断歩道で立ち止まったあたしの隣に立つ人が、盛大に吹き出して笑っていた。
「言い過ぎじゃない?"たっちゃん"が可哀想だよ?」
ふわふわとした柔らかい声で、知らない相手を庇う彼を見る。
同じように、ふわふわとした優しい笑顔をしていた。
(わたあめ、みたい…)
初対面の知らない相手をわたあめに例えるなんて失礼だ。
そう思うけれど、そう思わずにはいられないほど、ふわふわとした雰囲気を持っていた。
ふと、自分の発言を思いだし、顔が熱くなる。
(思ってることを口に出すなんて。しかも知らない相手に聞かれちゃうし。最悪だよぉ…。これもたっちゃんのせいだ!)
「あははっ、百面相になってる(笑)」
そんな言葉と笑い声を残し、青になった信号を渡っていく。
(恥ずかしすぎる…。同じ制服ってことは同じ学校だよね?同じ方向……行けない……)
その場から動けず、ただ彼の後ろ姿を眺めていた。
「たっちゃんのバカー!」
「顔見るなり、バカはないんじゃね?」
校門付近でやっと達也に追い付き、第一声に「バカ!」と叫んでしまった。
(仕方ないじゃん!たっちゃんのせいで恥ずかしい思いしたんだもん)
入学式が行われる体育館の外には、クラス分けの紙が貼り出されている。
その場所まで、達也とあーだこーだ言いながら歩いた。
家も隣同士ということで、達也とは家族ぐるみの付き合い。
産まれたときから何をするにも、どこに行くにも、ずっと一緒だった。
「木村…木村………あ、あった!3組だ!たっちゃんは?」
「俺も3組。期待を裏切ることなく、また同じクラスだな」
そう。クラスも離れたことがない。
互いに「今年もよろしくお願いします」と頭を下げ笑い合った。
入学式を終え、教室へと向かう。
上級生たちが使い古した教室や机だから、傷や汚れもあるものの、何故か新鮮さを感じられる。
教室内にいる新入生のキラキラとしたオーラがそう見せているのかもしれない。
既に着席している生徒もいれば、廊下でお喋りしている生徒もいた。
私は、自分の席を確認して座る。
「…まあ、これもいつものことか」
前の席に座る達也が呟く。
加藤 達也、木村 梓。
前後になることもお馴染みなのだ。
ふと隣の席から小さく驚く声が聞こえた。
「え、うそ…」
「同じクラスだねー」
今朝の"わたあめ男子"が、隣の席に腰かけていた。
「まさか同じクラスになるなんて」
彼はにこにこと笑いながら、私と達也を見る。
(やっぱり、わたあめみたい…)
「で?この人が"薄情者のたっちゃん"?」
ふわふわとした優しい笑顔で、今朝の私の失言を口にする彼は…
(この人、意地悪だ…!!!)
達也は、説明しろよって顔で私を見る。
この場から逃げ出したい、その気持ちでいっぱいになる。
「今朝、学校に来る途中で会ったんだよ。で、この子が"たっちゃんの薄情者!髪の毛も…"」
「わぁーっ!!!たっちゃん、先生来たよ!前向こ?」
急に遮った私に、二人は目を丸くしたが、先生の「ホームルーム始めるぞー」という声に、教壇のほうに身体を向けた。
隣からはクスクスと笑う声が聞こえる。
それから1人1人自己紹介をし、隣の席のわたあめ男子は、筒井 蒼太 という名前だということがわかった。
それと、わかったことは、もうひとつ。
女子からの人気が高いということ。
自己紹介をするため席を立つと、小さく黄色い歓声があがった。最後にあのふわふわとした優しい笑顔を見せ、さらに歓声があがった。
確かに、背が高く、顔は少し童顔だが、それを武器にしたような人当たりの良い笑顔。人懐っこい印象を受ける。
それでも、私の中では"意地悪な人"というレッテルを貼り付けている。
"みんな、顔に騙されちゃダメだよっ"
心の中で、みんなに叫んでいた。
…と思ったら、口に出していたらしい。
クラス全員の視線が、私に突き刺さる。
達也は"アホだ"と言わんばかりの残念な顔をしていた。
一方、隣の席のわたあめ男子は、声に出すまいと、口元を懸命に抑えて笑いを堪えていた。
私の高校初日、挫いてる気がしてならなかった。