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怪我の功名

昔…正確に言うと16年前。ジロー・ヤマダという戦士がいたらしい。

その戦士は私の故郷である辺境の島、ハイエルダールにて現れた魔物を退治する為に足を運んだ。

普段は島に駐在している兵士に倒してもらうのだが、その時の魔物は普段より数倍強かったらしい。

彼は見事魔物を打ち取り、島民は彼の健闘を称えた。

当時、たまたま子供が産まれて間もなかった私の両親は、彼に名付け親になってくれるように頼んだ…頼んで、しまった。

魔物を倒したならさっさと帰れば良かったものを。

彼は快く両親の子…つまり私の名付け親となった。私のファーストネームは、………………………………………………ヒデオだ。



幼少期から珍奇ネームとして苦い思いをし続けた私は、一種の有名人だった。

私の苗字がアロティだと知っている人が、この島に何人いることだろうか?寧ろ苗字がヒデオだと思っている人すらいるのではないだろうか?

私は来年になったら都の学校を受験したいと思っている。

自己紹介でためらう程度の羞恥心しか最早残ってはいないが、都なら私の名前も目立つことはないのではないかという希望的観測である。

とにかく、この狭いコミュニティから脱出したかった。

そんなことを思っていた矢先だった、それが起こったのは。





帰宅途中のことだった。美味しそうな果物が実っていたので自転車の速度を緩めて手を放し、実を摑んだと思った瞬間、私は後ろにひっくり返った。

頭を割って死ぬのか、痛いの続かないと良いな、なんて思って目を閉じたのだが。


気付けば私はベッドに寝かされていた。

一体此処は何処なんだ。ヤバい、ものの一つ一つが高そう。厚手の毛布を半分剥がして、ベッドから身を下ろす。

下手に触っても弁償できる気がしないので調度品をぼうっと眺めていると、不意に扉が開いた。


「…これはこれは、お目覚めでしたか。」


若い…といっても私よりは年上の青年だった。白を基調とした青い線が入った服装から、神官だと推測できる。

辺境の島のガキ程度に、随分と仰々しい言葉遣いで話しかけるものだ。

彼は水が入ったグラスをベッドサイドに置き、黙っている私に向き直った。


「突然のことに驚きでしょうが、ようこそ我が国にお出でくださいました。」

「…あの、此処は何処ですか?」


彼がカーテンをざっと開けると、綺麗な海が広がっていた。

もろに私の国だった。


「失礼、行動で示した方が早いかと思いまして。」

「は?」

「綺麗な海でしょう?我ながらいつも惚れ惚れしているものです。…しかし、この海ももうすぐ見れなくなるかもしれないのです。」

「え、見れなくなる?」

「現在我が国は魔物の襲撃により、貧困にあえいでいます。 魔物が力を増せば、この海も美しさを失うでしょう。」


えっ苦しんでないよね?普通に倒してるよね?

私は黙って視線を落とした。ヤバい、こいつキチかもしれない。どうにか逃げる算段を立てないと。

いや、しかし。こいつは曲がりなりにも神官なのだ。他人の服を奪ったにしてはサイズがぴったりだし、板についている。


「この客間も勇者様の為に急ごしらえで作り上げたものなんですよ。」


彼は私の両手の上に手を置いた。


「私の…私たちの国を救って下さいませんか?」


えっ、特に困ってることなんてないよね、小市民には知らされていないだけ?

ますます困惑する私を余所に彼は白々しく言葉を続けた。


「他人任せなのは分かっています。しかし、王家に伝わる特別な石を用いることで、私たちはあなたの召喚に成功しました。」

「…召喚?」


魔法とか全く触れる機会ないから分からん、なんだそれ。


「別の世界からあなたをお呼びする為に用いた技術です。魔法をご存知ですか?」

「はぁ、まぁ存在は…。って別の世界!!?」

「この世界はあなたがいた世界ではないのです。貴方の世界と、海が異なりませんか?」


やっべーこいつやっぱマジキチだわ。






今回の召喚で来たのは、黒髪のなよなよしいガキだった。

体を魔方陣からどかしつつ顔を確認する。15くらいか。

筋肉量と服装、髪型から候補はかなり絞れた。幸先が良い。

ないとは思うが一番の危険を排除する為に、俺はガキの顔を軽くはたいた。


「おい。」

「んぁ?」

「名前は?」

「ひでお…」


ふむ、名前を他人に知られることに特別な意味がない、子音が重ならず三音節、この奇怪な名前となると…にぽんじぇーんの可能性が高いな。

一瞬開いた目も黒で、にぽんじぇーんの特徴として当てはまることだし…。


「おいエリアス!ちょっと来い。」

「はい?」


エリアスは湖底石を防魔加工の施された布に包む作業を止め、俺を見上げた。


「たまにはお前、やってみろ。」

「えええ俺ですか!?」

「そろそろ実践しても良いだろ。この筋肉量なら万が一暴れられてもお前なら倒せるだろうし…」

「でも俺、まだ一年目ですよ?無理ですって。」

「それに十中八九にぽんじぇーんだ。」

「やります」


即答かよ、現金な奴だな…。

にぽんじぇーんはちょろいことでおれ達の間で有名な世界だ。

基本勇者というとすぐに反応し、喜び勇んで何も疑わずに魔物を倒してくれる。用が済んだ後は後腐れなく帰せるし実に気分が良い。

しかも礼儀正しくて身綺麗、たまに新たな料理まで教えてくれるという、かなりの優良物件なのだ。

因みに勇者発信で新しく普及するものに関しての著作権は、最初の丸め込み担当者が得ることになっている。


「まだ決まった訳じゃないからな?」

「でもラルさんの読み、外れた試しないじゃないですか。」

「とにかく、”知らない天井だ”が来ないことには確実とは言えない。武器仕込んで神官の衣装で行け。」

「はーい。じゃあこれ、宜しくお願いしますね。俺モニター室行くんで。」


エリアスは俺に湖底石を渡し、受け取ったガキなんていないかのように飛んで行った。





俺がモニター室に着く頃には既にエリアスの姿はなかった。

俺が召喚室の鍵を自室に戻し、湖底石を棚にしまう間にガキは目覚めたらしい。

魔力にはかなりの期待が持てる。

魔方陣に刻まれた意識を混濁させる呪文が眠気を誘うので、目覚めが早いほど術耐性がある、という訳だ。


折角だからエリアスの仕事を評価してやろう。

ベッドサイドに水の入ったグラス。三点減点。

喉が渇いていると思ったのだろうが、勇者とファーストコンタクトという責任ある立場の奴が雑用をする訳がないだろうが。メイド役くらい連れて行け。

賓客ですアピールなら水じゃなくてせめてお茶にしろ。


いきなりカーテン開けんな、完全に置いてけぼりだろうが。一点減点。

相手はまだ警戒してるってのに…。あとキザったらしくて気に食わねぇ。


おいおいおい!!!貧困にあえいでるってその部屋で言う台詞じゃねぇだろ!!!このお坊ちゃんが!!

ほら下向いたし!あのガキ絶対今毛布の値段考えたよな?うわぁやっぱりまだ任せるんじゃなかった。


あ、今のボディタッチ五点減点。


…つか、なんか雲行きが怪しいな…。

エリアスの奴、本当にあいつがにぽんじぇーんか、ちゃんと確かめたのだろうか。

”知らない天井だ”は確認してから行ったのか??

話を始めてから”ドッキリですか”はあったのか???


「あの、私この国のものなんですが…」

「あれ、口の動きと声が同じ…」

「え?それって普通じゃ…?」

「まっ」

「ま?」

「マニュアルがないぃいいぃいぃいぃいいいぃぃい!!!!!!」


画面の中のエリアスは困り果てた顔で叫んだ。

よりに寄って自国民かよ…。

俺はエリアスがこれ以上ボロを出す前にと、ウスクナールを引っ掴んで羽織りモニター室を出た。







「ねぇ、さっきのは猫を被ってたの?」

「それが仕事なんだよ。」


彼…エリアスは苦々しく答えた。なんだか礼を尽くす気も失せたのでタメ口で話しかけたが、特に気に留めてはいないようだ。


「自国民と分かったからには殺せないし、お前も此処で働くことになるんだろうなぁ…。となると、俺の部下になるのか?」

「何で自国民は殺せないの?」

「召喚に国神様の力を借りてるんだよ。制約でこの件に関わるものはどんな方法であれ同族を殺せないんだ。」

「あのさ、それ言わずに殺すか協力するか選べって言えば、私無償で協力するしかなかったと思うんだけど。」

「はっ!!?」

「てかさ、今の状況って私が勇者と間違えて召喚されたって認識で良いんだよね?マニュアルがどうのって言っていたし、間違いなく他にも”勇者”はいるんだろうけど…あのー?」


エリアスは両手で頭を抑えていた。

涙目で辺りを見回す彼につられて私も部屋に目を走らせるが、誰もいない。


「時既に遅し、ってまさにこのことだな。」


ため息をつきながら出現したのは、中々の美丈夫だった。

最近の魔道具は進んでるなぁ…。遠い目になる私を傍目に、彼らは言い争いを始めた。


「酷いじゃないですかラルさん!」

「てめぇがアホ過ぎて一発なぐらなきゃ気が済まなかったんだよ!!!」

「ラルさんがにぽんじぇーんだって言ったんじゃないですか!」

「断定はしなかっただろうが!目先の欲に目ぇくらませてんじゃねぇ!!お前真面目に確かめなかっただろ!」

「そ、そんなこと…あります…。」

「それ見たことか!」


「…あの、エリアスの上司ですよね?」

「呼び捨て!?」

「…そうだ、見苦しいとこ見せて悪かったな。俺はラルフという。お前は?」

「アロティ・ハイエルダールです。」

「…ヒデオというのは?」

「………ファーストネームがヒデオです。何で知ってるんですか。」

「何故それを言わなかった。」

「だって聞き返されたら面倒じゃないですか。」

「それだけか?」


詰問するような彼の口調に、なんだかムカついて来た。それだけかってなんだよ大事だよ!言わないで済むなら一生自己紹介したくないよ!!

さっき全く気にしない的なこと言ったけど全然吹っ切れてなかったよ私!!!


「…逆に、あなたがヒデオって名前だったとして、名乗るのをためらわないんですか?」

「聞いているのは俺だ。」

「だってヒデオですよヒ・デ・オ!!!聞き返される苦しみが分かりますか?本名なのに偽名と思われる苦しみが分かりますか?聞き間違えたのかなって思われて謝られる申し訳なさがあなたに分かるんですか!なんだよヒデオって!まじジロー・ヤマダ許せん!!!!」

「……それか。」


彼は得心したように頷いた。

一拍空いたことで私も一人で白熱してしまったことに気付き、意識を改める。


「どういうことっすか?」

「お前は暫く黙ってろエリアス。アロティさん…と御呼びした方が良いか?」

「ぶっちゃけどっちも嫌いなのでどちらでも。」


私が吐き捨てるように言うと、彼は逡巡してから言った。


「ではヒデオ。単刀直入に言うが…ジロー・ヤマダは召喚人だ。」

「過去に今の私の状況になった人ってことでしょうか?」

「ああ、16年前ハイエルダール島に派遣した勇者だ。そしておれ達の仕事は召喚人を騙して煽てて問題を解決させ、用済みになったら帰すだけの簡単なお仕事さ。」

読了ありがとうございました。全国のヒデオさんごめんなさい。勿論漢字は英雄です。


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