灰となるまで
雨柚の「吸血鬼サマの餌」に触発されて書きました。
ちなみに、世界観はまったく違いますよ!
―――――ずいぶんと…マズそうな女だ。
◇◇◇
その女を初めて見た時、ルートガーは実のところかなり腹が減っていた。
ここ数日、まともに血を口にしていないこともあり、喉の渇きは限界に近かった。しかし、そんな状態であっても、美食家な彼は女を見た瞬間に食欲が失せてしまっていた。
彼女は、病人特有のマズそうな血の匂いがしており、顔色は悪く、身体はやせ細っている。
………何だ、あの女は。チッ、あんなもの口を付ける気にもならんな。
餌にならないと分かると、ルートガーは視界に入れることさえ拒否するように、顔を背けて女の横を通り過ぎようとした。
「…きゃっ!?」
「………っ!?」
偶然なのか、あるいは女がふらついたのか、ルートガーは彼女とすれ違いざまにぶつかってしまった。
普段の彼であれば、ただの人間にぶつかられるようなことはなかっただろうが、今は体調が良くなかった。極度の空腹のため彼もまた、自分で気付かぬうちに少しふらついていたのだ。
そして、空腹で苛立っていた彼は、その怒りを女にぶつけようと彼女の方を振り向いた。
「おいっ、貴様どこに目を付けている……」
「……………」
ルートガーが振り向いた先には、意識を無くし道にぐったりと倒れる女がいた。
それがルートガーと彼女――ベルタとの出会いだった。
◇◇◇
ルートガーは人間ではない。彼は、気高き夜の住人――吸血鬼である。それもただの吸血鬼ではなく、純血種と呼ばれる、吸血鬼の中でも一際強い力を持つ者であった。
吸血鬼は“狩る者”であるためか、美しい容貌のものが多い。
ルートガー自身もその例に漏れず、月の光を集めたような金の髪と透き通ったアイスブルーの瞳を持つ美青年であった。
彼は、吸血鬼である己に誇りを持っており、プライドが高く傲慢な性格の男だった。すでに200年以上の時を生きてきた彼にとっては、人間など取るに足らない矮小な存在にしか思えなかったのだ。
だから、そんな彼が倒れたベルタを近くの療養所まで運んだのは、珍しい気まぐれに過ぎなかった。
………まだ、この時は。
◇◇◇
たっぷりと食事を取り、喉の渇きを癒したルートガーの機嫌はすこぶる良かった。
だからだろうか、常ならば思い出すこともないはずの人物が頭を過ぎった。
数日前に道でぶつかり、気まぐれにも世話を焼いた女。
…マズそうな上に死臭のする、幸の薄そうな女だったな。
倒れたベルタを運んだのは、何も親切心からではない。ただ、道の真ん中であったこともあり、人目を集めてしまっていたため放置して置くのは問題だと判断したからであった。
この私が自ら運んでやったんだ、少しはマシな血となっていれば良いがな。
助けた礼に血を多少奪おうと、文句を言われることはないだろう。
あくまで人間を餌としてしか見ていないルートガーにとっては、それが最も重要なことであった。
そんな自分勝手な思いから、彼はベルタのいる療養所へと足を向けた。
その2度目の気まぐれが、彼の運命を大きく変えることになるとは知らずに。
古びた教会を利用して造られている、その療養所は街の外れにあった。
主な利用者が貧しい町民達であるためか、修繕の跡が目立つ小さな建物。
その場所にまったくそぐわない、貴族のような出立ちをしたルートガーは人々の視線を集めていた。
…鬱陶しい奴らだ。やはり、このような所に来るのではなかったか。
来てそうそうに後悔し始めたルートガーは、どこまでも自分勝手な男であった。
彼は、来た目的であるベルタに会うにはどうすれば良いのか分からず、ただその場に立ち尽くしている。
そして、苛立たしげに佇む姿すら美しい彼に、周りの人々は見入ったように動けずにいた。
そんな異様な膠着状態を解いたのは、騒がしい外の様子に気づいて療養所から出て来たベルタの一言であった。
「あれ?…あなた、ひょっとしてあの時の」
ベルタはルートガーの特徴的な容姿を見て、自分を運んでくれた男だと思い声を掛けたのだが。
「…っ!?貴様っ、なぜマズそうなままなんだ!?」
後ろから掛けられた声に振り返ったルートガーは、思わず状況も忘れて怒鳴っていた。
「この間は、わざわざ運んでくれてありがとう。…ところで、“マズそう”って何のこと?」
ベルタに案内された、療養所の一室。ルートガーにとっては地面に座るのと大差ない古びた椅子を勧めながら、彼女はそう言って話掛けてきた。
「何でもない。おい、女。なぜ…」
「ベルタよ」
「おい!話を遮るな。…何だ一体」
自らが運んでやったというのに、数日前と変わらず顔色の悪い彼女に文句を言おうとしたルートガーの言葉はあっさり遮られた。
その行為に怒るよりも戸惑いを感じてしまうルートガーは、基本的に育ちが良い。
「“女”じゃなくて、ベルタ。さっき自己紹介したでしょ」
確かに彼女から自己紹介はされていた。突然怒鳴ったルートガーに動じることなく、簡単な挨拶と礼も一緒に。
「貴様の名など、どうでも良い」
「あっそ。で、何なの“ルー”?」
「そのふざけた呼び名はやめろっ!」
ベルタの問いかけに、彼はまたもや怒鳴ってしまった。
家族にすら、そんな愛称で呼ばれたことはない。
「あなたの名前なんて、どうでも良いわよ」
先程、自分が言った言葉をそのまま返されたルートガーはぐうの音も出なかった。
彼女は大人しそうな外見に似合わず、なかなかイイ性格をしているようだ。
「………性格の悪い女だな」
精一杯の不満を小さな呟きとして吐き出したが、彼女にはまったく相手にされなかった。
「おい、おん…ベルタ、貴様はなぜ治っていない」
「治る?」
唐突とも言える質問にベルタは首を傾げる。
ルートガーは自分の言葉がなかなか通じないことに苛立ちながら、彼女にとっては理不尽極まりない文句を続けた。
「病のことだ。この私が世話をしてやったというのに」
世話と言っても療養所に運んだだけのことであり、ベルタが倒れてしまった原因に近いルートガーのセリフではないのだが、彼の中ではずいぶんと大きな恩を売ったことになっているようだ。
そんなルートガーの尊大な言葉にも動じずにベルタはアッサリと重い現実を口にする。
「この病気は治ることはないから」
「…何?どういうことだ」
普通ならば、ベルタのセリフから何かしらの事情や重い雰囲気を察するところだが、ルートガーにとっては人間の考えなど知ったことではなかった。
彼はこの時、ベルタの病気が治らないのならば、折角助けてやったこの餌はマズいままなのかと鬼畜なことを考えていた。
しかし、彼女はやはり何でもないことのように言う。
「所謂不治の病ってやつなのよ。ああ、他人に感染したりはしないから安心して」
「……………………」
ここに至って、漸く拙いことを聞いてしまったらしいと気付いたルートガーは、柄にもなくフォローを入れようとした。
「ふんっ、脆弱な人間などと一緒にするな。そのようなつまらぬ病になど、この私が罹るはずがないだろう」
「……………………」
彼には人を気遣うスキルが壊滅的に足りなかった。
自分でもかなり問題のある発言だったと感じたルートガーは、ベルタが泣くのではないかと窺うように彼女の方を見る。
「っ、あはははっ!!そ、そんなふうに気遣われたのは初めてだわ!あなた、人を慰めるのが下手ねぇ」
「…っ!?」
この時、生まれて初めて人から大爆笑された彼は、楽しげに笑うベルタにただ見惚れていた。
◇◇◇
ベルタと知り合ってから、すでに3か月が過ぎようとしていたある日。
ルートガーはとある決意を胸に、いつものように彼女のいる街外れの療養所を訪れてた。
「喜べ、貴様を私の眷属へと迎えてやろう」
「はあ?ルー、何トンチンカンなこと言ってるの。私は忙しいから後にしてくれる」
彼の決意はベルタの一言によって呆気なく崩れ去った。
「…っ!?ベルタっ、私は真剣な話をしようとして……」
「ああ、はいはい。だから後でね。
ほら、ルーの好きなプディング作り置きしておいてあげたから、食べながら待ってて」
「………早くしろ」
好物を目の前に出され、大人しく引き下がるルートガー。彼の性格は、この3か月で確実にベルタに把握されてしまっていた。
ルートガーにとって、ベルタは初めて興味を抱いた“他人”であった。
純血種である彼は傅かれるのが当然であり、周りにいる誰もが下にも置かぬ扱いをする。
そんな環境の中で育ったルートガーは、家族以外と対等と呼べる付き合いをしたことがなかった。その家族にしても、それぞれが好きなことをして過ごしているため、共に生活することなどない。
しかし、ベルタは彼を恐れることなく、ありのままに接してくれる人間だった。
彼女はルートガーが吸血鬼であることを知っても“へぇー”の一言で済ます強者であり、彼に箒を持たせて掃除までさせようとする女だった。
そんな扱いを受けたことのない彼にとっては、ベルタの言葉や行動の一つ一つがとても新鮮だった。
普段の、人間を餌としか思っていないルートガーならば、ベルタの態度に怒って彼女を殺してしまうのだが、なぜか彼はそうしようとは思わなかった。
それは、ベルタがいつだって彼に微笑み掛けてくれるからなのか、あるいは彼女の作るプディングが気に入ってしまったからなのかは分からない。
ただ、はっきりと分かっているのは彼女の傍を心地よいと感じていることだけだった。
「で、何の話だったっけ?」
ようやく用事が終わったのか、ベルタが話し掛けてきた。
ちなみに、ルートガーの前にあった4つのプディングはすでに彼の胃の中へと納まっていた。
「眷属の話だ。貴様を誇り高き私の眷属へと迎えてやろうと言うのだ、泣いて感謝するが良い」
どこまでも偉そうに胸を張るルートガーを呆れた目で見ながら、ベルタは彼の提案を一蹴した。
「ヤダ」
「…………………」
彼女の言葉を聞いて、ルートガーのこめかみに青筋が浮かぶ。
しかし、彼は以前のように怒鳴ることはせず、ベルタを見据えながら静かに問うた。
「なぜだ?…夜の一族となれば、もう死を恐れることはない。永遠を私と共に生きろ」
彼の告白とも取れるセリフにベルタの瞳が微かに揺らぐが、彼女はすぐにその動揺を隠し、先程と同じ拒絶の言葉を口にした。
「……嫌よ。私は人間だわ。吸血鬼にはならない。それに………もう“死”は受け入れているもの」
「嘘をつくな。震える程に恐ろしいくせに、何を言っている」
ルートガーは彼女の小さく震える手を見ながら、腹立たしげにそう言った。
「…っ!?」
彼女は少し驚いた顔をしたが、次の瞬間には震えを止めて微笑んで見せた。
「私は…あなたと“永遠”は生きられない」
「……っ、もう良いっ!!貴様は愚かだ!」
ベルタの瞳に強い拒絶を感じ、彼は部屋を出て行った。
「ごめんなさい………ルー」
その小さな呟きは、彼の耳には届かなかった。
◇◇◇
コツ、コツ、コツ、コツ。
豪奢な邸に似つかわしくない苛立たしげな足音が響き渡る。
ベルタと喧嘩別れのようになってしまったあの日から、ルートガーは一度も彼女のもとを訪れてはいなかった。
彼女の身体は病魔に蝕まれており、彼の見立てでは余命数ヶ月と言うところだった。
そして、そのことはベルタ自身が誰よりも分かっているはずなのだ。しかし、彼女はルートガーの申し出を断り、あくまで人間として生きると言った。
それは“彼女と自分は相容れない生き物なのだ”と言われたように、ルートガーには思えた。
だから、彼はベルタに会いに行くことをやめた。
もう一度会った時に、彼女から拒絶の言葉を聞きたくなかった。
くそっ、くそっ、くそっ!
ベルタの愚か者がっ!この私の好意をなんだと思っているっ。
ベルタに会えない苛立ちを抱え、ルートガーはひたすら邸の中をイライラと歩き回っていた。
「いい加減にしなさい。鬱陶しいわね」
そんなルートガーに辛辣な声を掛けたのは、彼の姉であるローザだった。
「………姉上こそ。どうして、ここにいらっしゃるんですか」
「あら、自分の邸にいるのは当たり前じゃない。…それとも、何か文句でもあるの?」
姉からの鋭い視線にルートガーは黙った。この姉に口で勝てたためしがない。
ローザの傍若無人さは幼い頃から身に染みて知っている。
逆らうだけ時間の無駄だった。
「…文句などありませんよ」
「なら良いのよ。ところで、一体どうしたの?今日はまた一段と落ち着きがないじゃない」
ローザの質問は聞こえなかったふりをした。
もちろん、付き合いの長い姉はそんなことでは誤魔化されてはくれないが。
「お姉さまを無視するとは、イイ度胸ね……」
しかし、今回は天が彼に味方したようだ。
ローザの言葉を遮るように使用人が声を掛けてきた。
「失礼します。ルートガー様に人間のお客様がいらっしゃていますが、お通ししてよろしいですか?」
ローザの追求を躱せることに安堵していたルートガーは、使用人の言葉を聞いて思わず立ち上がっていた。
「…っ!?人間の!?」
ベルタだ!
フッ、ようやく謝りに来たのか。まあ、自分から来たことに免じて許してやらんこともない。
そんなことを思いながら、ルートガーは玄関へと走って行った。
彼の予想に反して、玄関にベルタの姿はなかった。
そのかわり、どことなく見覚えのある男が1人立っていた。
「…何だ、貴様は」
ルートガーの高圧的な物言いに怯みながらも、男は1通の手紙を差し出してきた。
「こ、これ。ベルタからアンタに」
その言葉を聞いた瞬間に、彼は男の持つ手紙を引っ手繰るように奪っていた。
「あ、あの…」
急いで手紙に視線を走らせるルートガーに怯えながらも、男は意を決したように話し掛けてきた。
「煩い、黙れ」
ルートガーの怒気を孕んだ声に男は黙ってしまう。
しかし、恐怖を耐えるように拳を握り、涙目になりながらも叫んだ。
「………っ、べ、ベルタが大変なんだっ」
ルートガーの心を掻き乱すことのできる、ただ1人の名前を………。
◇◇◇
親愛なるルートガーへ
まずは、この間のことを謝っておきます。
私のために言ってくれたのに、あんな断り方をしてしまってごめんなさい。
あなたの提案を受け入れることはできないけれど、一緒に生きようと言ってもらえてとても嬉しかったです。本当にありがとう。
今更こんなことを言うのはズルいかもしれないけど、少しだけ言い訳させてください。
私の罹っている病気は、今の医術では治すことはできないと言われています。
改めて説明したことはなかったけど、吸血鬼であるあなたは気付いていたかもしれませんね。
私は“血液”の病気だそうです。
詳しいことは分かりませんが、お医者様からは“血液に悪いものが溶け込んで、それが全身に回っている”のだと教えてもらいました。
私は、あなたに血を吸われることが怖かった。
この毒の血が、ルーの身体に入ってしまうことが何よりも怖かった。
そして、こんな血を持つ私は、決してルーの眷属にはなれません。
できることなら、ルーと共に“永遠”を生きたかった。
きっと、あなたがこの手紙を読んでいる頃には、私はお墓の下でしょうね。
こんな遺書みたいな手紙を渡されて怒っているルーの姿が目に浮かびます。
でも、さすがに会ってお別れを言う勇気はなかったので、これで許してもらえたら嬉しいな。
ルーに会えて良かった。………さようなら。
◇◇◇
ルートガーは走っていた。
何度も通った療養所へと急ぐ。大して遠い距離ではないはずなのに、今は何百キロも離れた場所にあるようにすら感じた。
頭の中では、ベルタの手紙の文章がぐるぐると回っている。
手紙には、彼女が決して見せなかった弱さが綴られていた。
くそっ、愚かなのは私だっ。
頼む、間に合ってくれ!!
手紙を持って来た男は、ベルタのいる療養所からの使いだった。
見覚えがあったのは、療養所で何度か目にしていたからだろう。
男は手紙を読んで顔色を変えたルートガーに、まだベルタは生きていると伝えた。
ベルタからは自分が死んだら渡すように頼まれていたが、死の淵にいる彼女を見てルートガーに知らせるべきだと思い、持って来たのだと。
そして、ルートガーは走っている。
ただ彼女に会うために。
療養所の扉を壁ごと叩き壊す勢いで開いた。
見慣れたベルタの部屋の中、ルートガーからすると粗末過ぎる寝台の上に彼女はいた。
なぜか部屋の中には、彼女以外誰もいないようだった。
間に合わなかったのか…?
ルートガーは入って来た時の勢いを無くし、ゆっくりとその寝台へと近づいて行く。
顔の見える位置まで近づいても彼女はピクリとも動かなかった。
「ベルタ…」
小さく声を掛ける。
「………ルー?」
ベルタは苦しげに、しかし、しっかりと彼の名前を呼んだ。
彼女の顔がルートガーの方を見る。
視線が合うと、驚いたように目を見開いた。
「…っ!?ベルタっ!!」
思わず寝台に駆け寄っていた。
「…っ、何で、ルーがここにいるの……」
「手紙を読んだ……」
「最悪………私が死んでから渡してって言ったのに」
「死んでから渡されても意味がないだろうがっ」
怒る彼を見つめながら、ベルタは淡く微笑んだ。
「怒ると思った。……ごめんね、ルー」
「そんな心の籠っていない謝罪などいらん。………悪いと思っているなら、私と生きろ」
その言葉に、彼女はゆっくり首を振った。
「ダメよ。…手紙読んだんでしょ。私には毒の血が流れてるの」
「ハッ、くだらん。人間の病如きに誇り高き夜の血が負ける訳がないだろう」
「でもっ、もしルーまで病気になっちゃったらっ!」
不安を湛えた彼女の顔を見ながら、ルートガーは優しく微笑んだ。
「その時は………共に逝けば良い」
「…っ、バカじゃないのっ。永遠を生きたいんじゃなかったの…っ」
「はぁ、バカは貴様だ。………ベルタがいるから、永遠を生きたいのだろうが」
ベルタは、呆然と彼を見つめることしかできなかった。
「さっさと素直になれば、傍にいてやるぞ?
あまり時間もない。ベルタ、貴様の望みは何だ?」
「………叶えてくれるの?」
ベルタの問いかけに、ルートガーはいつもの傲慢な笑みを浮かべて見せた。
「私は、貴様の望むがままだ。………願いを言え、ベルタ」
「…っ、い、一緒に生きたいっ。私にルートガーとの永遠をちょうだいっ」
ベルタの答えを聞き、ルートガーは彼女の首筋へと牙を立てた。
「貴様の望み通り、永遠の時を生きよう。共に―――――灰となるまで」
◇◇◇
「おいっ、ベルタ!貴様、私のプディングを食べただろうっ」
「………“私の”って、作ったのはルーじゃないでしょうが。そんなに好きなら、いい加減作り方覚えたら?」
子どものような文句を言ってくる男に、ベルタは呆れた視線を向ける。
「ハッ、なぜ私がそんなことをしなければならない」
半ば予想通りの答えに溜め息が漏れた。
「はぁ…。ちょうど、プディングの材料切らしちゃってるから、また明日作ってあげるわ」
「私は今、腹が減っているんだ」
「……………。知らないわよ、そんなこと」
あまりのワガママっぷりにイラっとしてしまった。
最近、ルートガーは今まで以上に甘えてくるようになった気がする。
初めは、彼を置いて逝こうとした罪悪感から優しくしていたのだが、どうも少し調子に乗ってきたようだ。
「ルー、いい加減にしなさいよ」
「………喉が渇いた」
「話を聞けっ!…だいたい、私の血は“マズそう”なんでしょ。他を当たれば?」
ベルタは相手をするのが面倒臭くなり、ルートガーに背を向けて部屋を出て行こうとした。
しかし、後ろから伸びてきた腕に抱き寄せられ、捕獲されてしまう。
「貴様の血がマズイなどと誰が言ったんだ」
「ルーでしょ。初めて会った時に言ったじゃない、マズそうだって」
「…………………」
ルートガーは、彼女を抱く腕の力を強めながら小さく呟いた。
「マズそうだと思ったが………美味かった」
*作中に出てくる病気は架空のものです。また、作者は病気の人に対して偏見や悪意は持っていません。
意外と吸血鬼モノは書くのが楽しかったので、あと何作か短編であげたいと思います!