気楽に生きましょうや
ちょっとした、休憩のつもりで書いたもので、連載は不定期になります。
まあ、つまらないでしょうが、一応コメディーのつもりで書きました
真夜中を少し過ぎた頃。街の中心部から少し離れた住宅街。静寂に合わせるように、遥か遠くから地球へお越しいただいた星の光も、雲によって遮られていた。見えるのは街灯の点滅している光だけだった。
静かな街のとあるマンションのベランダに、静にその短い生涯を終えようとしていた少女がいた。
容姿、体型、学業成績、運動センス全てにおいて、普通だった。生活も普通。起きて、ご飯食べて、学校行って、帰ってきて寝る。その繰り返しだ。ただ一点、虐めを受けている事意外は。
人生に疲れた少女、仏兎武離は最後に真暗な街をベランダから眺めていた。しかし、本当に真暗だったので、とくにこれと言った景観も無く、すぐに飽きてしまった。
(もう何もする事無いし、いいかな。ママもパパも私が死んでも何も思わないよね。それじゃあ……)
武離が手すりに乗ろうとした時、澄んだ、少し子供っぽい声が聞こえた。
「君の物語はそれで終わりかい?」
いきなり声がかかってきたものだから、ビックリして腰を手すりにぶつけてしまった。
「だ……誰かいるの? 私の物語? それって何よ」
暗くて全く姿が見えない相手に武離は、マシンガンの様に質問をぶつける。しかし、相手は返答を返してくれた。
「僕かい? そんなことはどうでもいいじゃないか。僕が関心があるのは、君が今自分の物語を、自分の人生を終えようとしていることだよ。どうしてなんだい?」
それは、武離の出した疑問に全く答えなかった。それどころか、疑問で返してきた。それに武離も答えるが、そこには怒りがこもっていた。
「死にたい理由なんてあんたには分からないでしょうね。そんな疑問を持つ奴には分かるわけないのよ!」
声は小さかったが、怒鳴っていた。
下を向く武離に尚も少年は話しかける。暗くて少女の表情が分からなかったことも関係しているのだが。
「うん。僕には全く分からない。僕はね、人生ってその人にしか作り出せない物語だと思ってるんだ。物語には事件が付き物だ。君は自分の物語に起こる様々な事件を見ないで、幕を下ろすのかい? そんな勿体無い事するのは僕には理解できないんだ」
持論ばっかり押し付けてくる少年に武離の怒りは積もるばかりだった。
笑顔の少年と怒る少女。ただし、暗くてお互いの表情は見えないので、少年は武離の怒りに全く気付いていなかった。
「もう起こってるのよ事件なんて! 四ヶ月前から……もうとっくに。とっくに人生最大の事件に遭ってるのよ。あんたなんかと違って」
「じゃあ、君の事件はまだ終わってないじゃないか。『人生最大の事件に遭ってるのよ』って君は言ったけど、本当に人生最大の事件はそれなのかい? そう言い切れるまで君は事件に遭ってないだろ。なら、君がそれを決めるのにはまだ早すぎるんじゃないかな。それを見極めるまでは生きてはどうだろう? もしかしたら、君の人生の最大の事件は幸福な事かもしれないじゃないか」
自分の人生を決め付ける武離に少年は説得を試みた。そこそこの効果はあったようだが、武離の自殺を止める程ではなかった。
「そんなこと言っても毎日、毎日『お前なんか死んじゃえ。生きてても意味ねえよ』とか『キモイ、から消えて。マジで』なんて言われてると、本当に自分の生きる意味が無いように思えて。実際そうだと知ると、生きる希望を失うのよ。あんたには分からないでしょうね」
武離の最後は質問ではなく、断定だった。ここまで言われても、少年は説得を諦めなかった。
「うん、分かるわけがないよそんなこと。悪口を受け入れる君も、悪口を言う奴らも。さっきも言ったが、君の人生はまだ短い。それで『生きる希望を失った』なんて、笑いしか込み上げてこないよ」
実際少年は声を出して笑っていた。
「君の人生の価値を決めることはまだ、できないよ。と言うより、人類に人生、生き物の一生の価値は決めれないよ。だってそれぞれ価値観が違うんだから。君への悪口も、そいつの価値観で言ってるだけで、君の価値観とは違うじゃないか。価値観の違う奴に言われた事なんて、気にするだけ無駄な事だよ」
そんな事を聞かされ、武離の怒りが爆発。今まで一番、誰かに聞きたくて、聞けなかったことを声に出した。もちろん、近所迷惑を考えて小声でだが。
「私って生きてる価値あるの? 誰の役にも立たない。何の役にも立たないこの私に。生きる価値ってあるの?」
「ある! お前が生きる価値だろ? そんなもんあるに決まってんだろ!」
武離の質問に少年は、間髪いれずにそう答えた。『ある』、それは武離が、最も聞きたい言葉の一つだった。武離の目に水滴が溜まる。
「生き物は生きる意味を持って生まれてきているんだ。生きる意味を持たずに生まれてくる者はいないんだよ。意味を持ってても、生きれなかったり生まれてこれない者もいるのに、ちゃんと生きてる者が死にたいと思うのはあまりに贅沢というものだよ」
雲が風で流され、満月が少しずつ顔を出し始める。そして、月光が二人を照らし出す。
少年は整った顔立ちをしてた。服装は武離の寝巻き姿と違い、今までランニングでもしてたかのようにジャージ姿だった。怒りの無くなった武離に少年は言う。
「ほら、さっき君が見ようとしなかった空を見てごらん。雲に隠れてた月が太陽の光を反射して綺麗に輝いている。今は綺麗に見えるけど、さっきまでは君が見ようともしなかった。君の人生はいま雲に隠れてる状態なんだ。いつか、雲が晴れて輝ける日が来るさ。ただしその時まで人間関係はちゃんとしないと駄目だよ。だって人は月と同じで、他人に照らされてその存在が輝くものだからね」
「そう言えば、あなたのなま……え」
武離が少年の名前を聞こうと目線を空から下ろすと、そこに少年の姿は無かった。武離が不思議に思ってると、マンションの中から声がした。振り返ると部屋の明かりが点けられていた。
「おいおい武離、こんな遅くまで起きてちゃいけないじゃないか。早く寝なさい」
それは、やはり寝巻き姿の父の声だった。
「うん、ごめんなさい。もう寝るわ」
父親と一緒にベランダを後にするが、ベランダの方が、あの謎の少年の事が気になってしまうのであった。こうして、武離は今日もベットで寝ることができるようになりましたとさ。
一方その頃隣のベランダでは、一人の少年が壁にもたれかかってた。
(ミスった。鍵忘れて走りにいったからしまちゃってて、ベランダから入ろうとするまではよかったんだよな。まさか間違って隣に入ってしまうとは。しかも母さんに声が似てたから、また芝居ごっこでもしてるのかと思って、ついつい乗っちゃったよ。本当にビックリしたな)
少年がそんな事を考えてると、母がベランダに出てきた。
「おお、シュバルツ! あなたはどうしてシュバルツなの?」
「母さん、人名間違えてるし、台詞間違えてるし……」
「あら、幣煩どうしたの? あんた今日はやけに乗り悪いじゃない」
息子を見ると芝居ごっこを始めた母親を見て幣煩は溜め息をついた。
「母さん、もう遅いし早く寝ようよ」
こうして、幣煩の夜は終わった。