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ドライベルモット  作者: 升田陽路
3/8

ランキング10

 「お母さん おはよう。」


 「おはようじゃないでしょ。いくら一時入りだからって寝すぎよ。学校行く日だったら完全に遅刻じゃない、生活が乱れるようなら番組辞めてもらうわよ」


 「すみません多木ディレクター、 だって昨夜遅くまで歌覚えてたんだもん。」


 「今日は誰のダミーやるの?」


 「KYOHKOの新曲。」


 「今週の注目曲か、ランキングにも入ってないのにリハーサル来ないなんてさすが大物は違うわね。番組をナメてんのかね。」


 「嫌いなの? KYOHKO」


 「そういう訳じゃないけど、裏方の仕事を軽く見てるようなゲストは苦手よ」


 「なるほど」


 「それじゃ私は先に行ってるわよ。あとでスタジオでね。入り時間遅れないようにね。」


 「はーい、いってらっしゃーい」


 月曜日はいつもこんな感じに九時に出かける母を私が見送る。そのあと午前中いっぱいは念入りにその日歌う曲を繰り返し練習する。遅めの朝食、もしくは早めの昼食を適当に済ませ出かける。イヤホンで曲を聴きながら坂を下りる。今日も坂の上からの眺めは最高だ。 電車を乗り継ぎテレビ局へ向かう、スタジオへ続く入り口では追っかけたちがお目当ての歌手の入り待ちをしている。私は支給されているスタッフパスを警備員に提示して中に入る。 スタジオではすでに母の怒号が響くなか大道具さんや照明さんや音声さんたちが忙しそうに働いている。


 「おはようございます」


 昼でも夜でも統一されているこの業界の挨拶をスタッフの方たちに済ませると用意された大部屋の控室で出番までまた反復練習。これも一年間繰り返されてきた月曜日のおなじみの光景。おそらく今日のこの時点でKYOHKOの新曲を聞いた回数、歌った回数はKYOHKO本人をも凌いで私が一番だと思う。 二時間後、


 「KYHKOのダミー、出番だよ」


 「はーい」


 いつもかわいそうなくらい母に怒られているADの安部さんが、これまたいつものように迎えにきた。 セットの立ち位置につくと母が見覚えのある人と立ち話をしているのが見えた。


 「プロデューサーに挨拶に言ったんですが、うちのフロアーはディレクターの多木さんに任せてあるって言われたもので、私、KYOHKOのマネージャーの布施です。今日はどうしてもスケジュールの都合が合わずリハーサルに間に合わずにご迷惑をお掛けします。代わりに私がリハーサルを拝見して内容を確認いたしますので宜しくお願いします。」


 「いえ、KYOHKOさん程の歌手ですとマネージャーもスケジュールの調整が大変ですよね、実は私若い頃、布施さんの大ファンだったんですよ(笑) 今日のリハーサルはダミーの子に歌わせますんでよく見ておいてください。」


 「僕のファンだったとは嬉しいですね。 今ではすっかり恐妻家ですが(笑) ぜひKYOHKOのことも御贔屓にお願いします。」


 「じゃあカメリハいきまーす!」


 本番と同じセット、同じ音響、イントロが流れ照明が明日葉を照らす。


 「あれ、あのリハシンの子・・・」


 「どうかしました?」


 「いえ、昨夜駅で歌ってた子じゃないかなって・・・」


 「青野台?」


 「はい、やはりあの子ですか。」


 「布施さんは疲れたサラリーマンじゃないから、かっこいいおじ様ですね(笑)」


 「はい?」


 「何でもありません(笑) あの子なら金、土、日と駅で歌ってますよ。」


 「そうなんですか、やっぱりいい声してるな、若いのに表現力もある、難しいKYOHKOの歌を自分のモノにしている。もうどこかの事務所に入ってるんですかね?」


 「いや、まだ素人です。そんなにいいですかあの子?」


 「ええ、ぜひオリジナルも聞いてみたい。」


 「まだオリジナルは無いですよ」


 「え?ずいぶん詳しいんですね」


 「あ、いや一年も一緒に仕事やってますからね、もう可愛い妹のような存在ですよ」


 「い、妹ですか・・・」


 「何か?」


 「いえ(笑)」


 リハーサルを終えると本番までの間に裏方たちはスタッフ専用に用意された弁当で食事を済ます。3パターンのメニューを毎週ローテーションで回す安い弁当だ。もちろん司会者の大物タレントやゲストは別メニューである。 


 リハシンの出番さえ終わってしまえば後の本番は私にとって贅沢な勉強の場、売れっ子の歌手たちのパフォーマンスを目の前で見れる。ただし決して邪魔にならないように常に気を張っていなければならない。MC席にカメラが向いている間やCM中はスタジオ内が戦場と化すからだ。ボケっと突っ立っていようものなら容赦なく怒鳴られはね飛ばされる。毎回本番の一時間はあっという間に過ぎる。本番が終わるとスタジオを出て行くゲストや司会者を見送る。


 「お疲れ様でしたあ」


 目の前を通っていく芸能人はみな眩しいほどに輝き自信に満ちている。 放送が終了しても大声でテキパキと指示を出している母を見て一瞬立ち止まったのは、ゲストの中で最後に帰っていくKYOHKOだ。


 「まさかね・・・」


 と呟きスタジオを後にした。


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