開始:「ふざけるな」
僕はごく普通の中学生だ。
当然、僕のまわりも普通でなくてはならない。
家族の誰かが魔女とか宇宙人とか超能力者とか伝説の英雄とか実は死んでいたりとか、あるいは町中、学校、世界を僕と同じように歩く人間が、サイボーグとか吸血鬼とかに化けているとか、そんなすごいなにかは存在しない。
科学でなにかを証明できる時代に生きてきたからこそ、僕は言おう。
魔法だのSFだの、僕はこれっぽちも信じない。
ないことをあることになんてできない。誰かの妄想が本当になったりなんてしない。夢を見るだけ無駄なんだ。それを期待するだけ、悲しくなるだけだ。
なにもとりえや見込みがないやつに、あえて名指しするならこの僕に、ぞくに言う神様が才能を与えるのはありえない。
だってどこかの超有名私立学園に通っていないし、不思議な伝説がある地方都市でもないし、大都会はもちろんのこと、すごい田舎町へ引っ越す予定もない。もしかすると、そんな感じの話にめぐりあうかもしれない設定なんてもってのほか。
だから、僕にはヒーローを背負う資格がない。
それはそれで退屈だとは思わない。むしろ、望んでいない使命を押しつけられる人生はごめんだ。僕は世界を助けたいとか、平和を守りたいとか、見返りのない役目をなにより嫌う。僕はなにかをなしとげる際、なにかを貰わないのは耐えられない。
人間、なにかを交換条件としないとなにもやらないんだよ。偽善者なんてどこにもいないんだよ。むくわれないものを本気でやるわけないじゃないか。
そもそも、そんな大きい規模を救う力は当たり前のようにないわけだし、生まれて十四年の子供に自分達の命運を託す漫画の中の大人というのはどうしたものか。あんたらそれでいいのかよ、子供がしくじったら全部パアだぞ。
現実的に考えてみれば、僕のいる世界はいたって健康体だ。というのは、怪獣が襲ってきたとか、大きい災害があったとか、今のところ大事件は未発生。小さな異常はあるのだろう。でも、世界は何人かの勇気を必要としていないのは確かである。
つまり、僕一人がもし、とんでもないハンドパワーを手に入れたって、世界は動かないのだ。
才能は、その力が活躍するところでないと、輝けない。
全ては平常運転だ。
だったら、僕に才能があろうがなかろうがなにも変わらない。
言ってしまえば、普通に暮らしたい。このまま受験勉強、卒業、高校生活、大学、就職と、誰もがそうしてきた人生のレールを歩いていたい。避けられない面倒くささではあるけれど、僕としてはそれなりに恵まれた幸せだと信じている。それが凡人がやるべき枷でもあるし、命のありがたみを適度に知って極楽浄土へGOする時に一番未練が残らない生き方でもある。
個性のない町で、ごく普通の中学校に通い、一家団らんをすごす中学三年生――それが僕、新月真白。ちょっとひねくれてるだけの普通の中学生。それ以外の何者でもない。それ以外の何者にはなれない、ただの無力な子供。
それがいい。
それでいい。
それを――。
「ただいまをもちまして、世界の全てが『魔導』に目覚めました。ファンタジーが現実世界に踊り出た瞬間です。世界は旧文明を思い出したのです。全ての民、魔導に幸あれ、アーメン」
――それを。
今まで保たれてきて、これからもそうなっていくと信じたであろう、かけがえのない日常を。
十年前。
どこかの国の大統領サマサマがためらいもなく、全て粉々に砕きまくる。魔導? なんじゃそりゃ、妄想でいう魔法ってこと? どういうことですか、答えて下さい総理! 教えて総理先生☆ だけどただの記者会見で机上の空論をぶちかました大先生は無言を保つ。袋叩きを繰り返すマスゴミの山、楽しい楽しい論争のファンタジー。なるほど、これが魔導ですか! ふとニュースキャスターが笑う。
テレビに映ったキャスターが空を飛ぶ。
非科学的で魑魅魍魎な摩訶不思議スパイラルのはじまり。
これが不可抗力というものだとしたら、僕はそう決めた全ての人類にこう告げようと思う。
「ふざけるな」