chapter.1 : ご案内
どうぞご鑑賞ください。
その日は、アンナがセント・マリア・クリスチャンスクールに入学した日だった。
名前がやたらと長い学校だな、とは思ったけれど、口には出さなかった。それが礼儀だと思ったからだ。
アンナは胸の高鳴りを押し隠し、堂々とした足取りで正門をくぐった。
ここから先は、両親と離れて生活することになる。たとえ三か月に一度は会えるとしても、幼い年齢で長いあいだ連絡も取れずに離れて暮らすのは、きっととても寂しいはずだ。
それでも、もう決まってしまったことを覆すには遅すぎた。
新しい学校で、心を許せる友だちを見つけること。
それが、今のアンナにできる唯一のことだった。
神聖さをまとった石膏像が整然と並ぶ道を歩きながら、アンナはこの学校では勉強も一生懸命頑張って、友だちもたくさん作ろうと心に誓った。
けれど、その決意はすぐに試されることになる。
この広い学校の中で、自分が行くべき場所がまったく分からなかったのだ。
周囲を見回しても、授業中なのか人影はひとつもない。アンナは少しだけ心細くなった。
それでも彼女は気を取り直し、先生を探すことにした。
新入生くらい、きっと親切に案内してくれるだろう。
そう信じることで、アンナは前に進むことができた。
歩き続けてたどり着いた建物は、どこか薄気味悪い雰囲気をまとっていた。
相変わらず、人の気配はない。
「なんて広い学校なの……」
そんな少し意地の悪い考えが浮かんだとき、床に割れたガラス瓶が落ちているのが目に入った。
どこか危険そうなそれは、ほとんど空に近く、わずかに緑色の液体が残っているだけだった。
緑色は、毒を連想させる色だ。
もっとよく見てみたい――
子ども特有の好奇心が、アンナを引き寄せた。
そっと近づき、瓶の中を覗き込もうとしたその瞬間、誰かの手が素早くそれを奪い取った。
いつ現れたのか、ガラス瓶に気を取られてまったく気づかなかった。
アンナは驚く間もなく、この建物に来た目的を思い出す。
――人だ。
この学校で出会う最初の人なのだから、良い印象を残したい。
アンナは思い切って声を上げた。
「すみません――!」
振り返った彼女は、低い位置でツインテールに髪を結んでいた。
一見するととてもシンプルだが、よく見ると十字架の模様が散りばめられた、可愛らしい服を着ている。
アンナは内心で「可愛い」と思った。
年齢は自分と同じくらいに見えるのに、その鋭い眼差しのせいで、正確な年齢が分からない。
――顔は幼いのに……。
そんな短い感想を胸にしまい、アンナは続けた。
「校長室は、どこですか?」
セント・マリア・クリスチャンスクールには、入学した生徒は必ず最初に校長に会わなければならない、という決まりがあった。
事前に知らされていたのはそれだけで、あとは校長に会えば分かるだろうと、アンナは楽観的に考えていた。
この先、うまくやっていけるのだろうか。
彼女は何も言わず、指でアンナの背後を指し示した。
振り返ると、低い建物の間からひときわ高くそびえる建物が見えた。
校長は、やはり良い建物を使うのだろうか。
そんなことを考えつつ、礼を言おうと振り向いた瞬間――彼女の姿は、もうどこにもなかった。
まるで、最初から誰にも会っていなかったかのように。
アンナは戸惑ったが、彼女は優先順位を考えられる賢い子だった。
見た目よりも、校長室まではずいぶん距離があった。
歩いても歩いても近づかないような、不思議な感覚。
けれど、それが幻でないなら、いつかは辿り着くはずだ。
校長室は濃い色の木材に囲まれ、重苦しい空気が漂っていた。
校長は学校で最も権力のある存在なのだから、この威圧感は当然だとアンナは思った。
校長は年配の男性だった。
普段なら退屈に感じる説教も、今は貴重な情報源だ。アンナは必死に耳を傾けた。
「君がアンナ君だね?」
「はい!」
「とても賢そうな目をしている。我が校をきっと輝かせてくれるだろう」
「えへへ、ありがとうございます」
「詳しい説明は、もうすぐ来る担任の先生がしてくれるよ」
「生徒は少ないんですか?」
「いや、ハロウミアに住む子どもは皆、この学校に通う」
「じゃあ……百人くらいですか?」
「ははは。正確には二百七十三人だ。君が入って、二百七十四人になった」
「思ったより多いですね。それに、学校がすごく大きいです!」
「生徒たちに良い環境で学んでほしくてね」
(……担任の先生、まだかな)
――ギィ……
扉が開き、担任の先生が入ってきた。
きっちりと結い上げた髪に、鋭い印象の眼鏡。アンナは「触ったら血が出そう」と思った。
「こんにちは」
「来たか」
「は、はじめまして!」
「アンナ、私は担任のマーガレットよ」
「よろしくお願いします!」
「では、教室へ案内しましょう。ちょうど授業が終わった頃です」
アンナの胸は期待でいっぱいだった。
新しい友だちはどんな子だろう。心を許せる相手は見つかるだろうか。
慌ただしい授業の時間が終わり、自由活動の時間になりました。
他の子どもたちは全員教室に戻って、自主学習をしているようです。
けれど私は、マーガレット先生に呼ばれて、学校の規則について説明を受けました。
意外にも、守るべきルールはそれほど多くありませんでした。
時間割も悪くありません。
座学は午前中ですべて終わり、そのあとは体育や芸術などの活動が中心です。
この時間が終われば、ついに食事!
それが今の私にとって、いちばんの楽しみでした。
一緒にご飯を食べる友だちがいなかった私は、サラと一緒に食べたいと思いました。
でも、サラの周りには、さっき見かけたあの子たちがいます。
どうやら仲の良い友だち同士のようです。
五歳で入学して、今までずっと一緒に授業を受けてきたなら、仲良くならないはずがありません。
最初は「親友がいても気にしない」と思っていたはずなのに、その自信はどこへ行ったのでしょう。
今の私は、ただうろたえているだけでした。
でも、サラじゃなくてもいいんです。
他に友だちを見つければいいだけ。
そう思って、周囲を見回しました。
――あ。
一人で食事をしている女の子がいます。
私はトレイを持って、思い切って彼女の前に座りました。
「えっと、こんにちは?」
「……?」
彼女はとても驚いた様子でしたが、私はそのまま話し続けます。
「私、今回転校してきたばかりなの。これから仲良くしない? 何歳?」
「あ、そうなんだ。私は十五歳だよ」
「えっ、私は十二歳だから……じゃあ、高等部?」
「そうだね」
「わあ、高等部ってどう? なんだか大変そう」
「中等部とあまり変わらないよ。ただ内容が少し難しくなるだけ。聖書の授業は、復習みたいな感じだし」
「私も早く高等部に行きたいなあ。まだ中等部にも慣れてないけど……」
「はは、来たばかりなんだから仕方ないよ」
「そうだ、名前は?」
「マリア。あなたは?」
「アンナ!」
「いい名前ね。学校はどう? 友だちはできた?」
「作ろうとはしてるんだけど……なかなかね、はは」
「転校してすぐだと難しいよ。それに新入生だと、どう声をかけていいか分からなくて、みんな遠慮するんだと思う」
「それならいいんだけど。あ、仲良くなりたい子はいるんだけど、その子の周りにちょっと怖い子がいて……」
「怖い子?」
「名前は知らないけど、ツインテールで、ちょっと猫みたいな感じ」
「ああ……仲良くなりたい子は?」
「サラっていうの。すごく綺麗な子」
「サラね。じゃあ、そのツインテールの子はレイチェルだと思う。いつも一緒にいるから」
「そうなんだ。確かに、行くたびに三人でいる気がする。他の一人は?」
「眼鏡をかけてる子でしょ? リディアよ。三人とも、本当はすごく優しいんだけど」
「えっ、本当? 私にはすごく冷たかったよ……レイチェルだけだけど」
「レイチェルは人見知りが激しいの。諦めずに話しかければ、きっと仲良くなれるよ」
「それなら安心! これからも頑張ってみる!」
「うん。ほら、まだ全然食べてないじゃない。食事の時間が終わる前に、ちゃんと食べなきゃ」
「あっ、私のことは待たなくていいよ。食べ終わったら先に行っても――」
「だめだよ。せっかくだし、学校のこと、もっと教えてあげようか?」
「ほんと? ありがとう! じゃあ、マリアのことも教えて!」
「私? うーん……」
マリアは、自分のことを「大した人じゃない」と言いました。
でも実際には、彼女はこの学校で最も優秀な生徒の一人で、若くして高等部のリーダーを務めているそうです。
彼女が教えてくれたのは、自分には年の離れた弟がいて、来月の九月にこの学校へ入学するということ。
きっと、とても可愛いに違いありません。
食事を終えた私たちは、一緒に校内を見て回ることにしました。
「この学校、広すぎてさ。最初、校長室も見つけられなかったんだ。正直、ちょっと不親切じゃない?」
「そういうところ、あるかもね……。私も最初は、何も分からないまま大人に言われるがまま動いてた気がする」
「マリアは、どれくらいここにいるの?」
「五歳で入学したから……もう十年かな」
「えっ、十年!? そんなに長くいて、飽きない?」
「飽きるっていうより、もう落ち着く場所かな。家より長くいたから」
「マリアって、すごいね」
マリアはとても人気者でした。
すれ違う生徒たちが、次々と挨拶をします。
やはり学校のリーダーだからでしょう。
そんな中、見覚えのある顔が目に入りました。
サラと、あの友だちたちです。
レイチェルは、相変わらず怖い表情をしていました。
彼女たちもまた、サラに向かって軽く頭を下げます。
先輩への礼儀なのか、それともあまり親しくないのか――よく分かりません。
それにしても、マリアはサラたちのことをどうして知っているのでしょう。
仲が良いのか、それとも彼女たちが有名なだけなのか。
おそらく前者でしょう。
彼女たちの間には、他の生徒たちとは共有されない、何か特別な信頼があるのです。
それが何なのか、気になりますか?
それなら――この先の物語を、どうか見届けてください。
ご覧いただきありがとうございます。




