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ひとりぼっち①

ウスウスと目を開いた時、そこには何もなかった。森の中、川の流れに抵抗しながら動くひとつの人影があった。


シアーシャは、重い身体を引きずりながら陸地に這い上がる。衣服は水に濡れ、冬の寒さが彼女の体温を奪っていく。


先生……。


テム……。


ジノ……。


また、ひとりぼっちになってしまった。


ここがどこなのか、なぜ自分がここにいるのか、記憶を探ってみても答えはどこにもなかった。


身体を震わせながら、シアーシャは森を歩く。素足が雪に触れ、指先が赤く染まる。死んでしまいそうな冷風の中、彼女は歩き続ける。


こんな所で死にたくない。


彼女の体力はもうすでに限界だった。いつ死んでもおかしくない。足は力を失い、やがて動かなくなった。ならば地面を這ってでも進もうと、腕を動かしながら降り積もる雪を掻き分ける。自分の身体に雪が積もっていく感覚すら感じない。


静寂の中、耳を澄ましてみる。それしかできない。残っているのは聴覚だけ、シアーシャは人の気配を探し続けた。


川の音。風の音。雪の音。違う。この音じゃない。どこかに、人の気配は無いか。せめて、足音だけでも……。


そうして、耳を澄まし続けた。


「………………」


「――ん?」


何か……聞こえた。身体を起こして辺りを見渡してみせる。だが、辺りには何もない。聞き間違いか……。


「………………」


いや、確かに聞こえる。この声は……いや、声じゃない泣き声だ。赤ん坊の泣き声が聞こえる。どこだ。どこから聞こえてくるんだ。


身体を引きずりながら、たった数センチしか進まないまま、シアーシャは音のする方へ進んで行く。


一刻が永遠に感じられるような時の中、雪の中に紛れながらシアーシャは前を見据えていた。


ぼんやりとした視界の中、雪に埋もれた馬車の残骸が見える。傭兵か、あるいは隊商のものかわからないが、ボロボロな馬車の残骸がひらけた森の中に並んでいる。


おそらく野盗にでも襲われたのだろう。人の屍が山になって転がっている。怖い。死体を見るのに慣れていないせいか、薄い悲鳴が喉から吐き出された。周りに生きている人の気配はない。泣き声が段々と大きくなっていく。きっと怖いんだ。自分と似ている。ひとりぼっちで……悲しくて……泣いているんだ。あの子は守ってくれる人がいない。このまま放っておけば、確実に死ぬ。見捨てることなんてできない。私が行かなきゃ。


どこにいるの。


もう身体の感覚がない。雪に押しつぶされながら地面を這ってどれくらい時間が過ぎたのだろう。もう何も感じない。


「………………」


泣き声は近い。


どこ……。


また、泣き声が上がった。ふと、東の方に振り返る。テントの残骸の中、凍った視界に、母親の亡骸だろうか、女の身体に抱かれた一人の赤ん坊を見つけた。


力尽きそうになるが、なんとか持ち堪える。


もう声も音も聞こえない。次第に、意識も遠のいて行く。


あと……少しなのに。


赤ん坊に手を伸ばす。


届いて……。


あと……少し……。


届け。


指先を赤ん坊が小さく握った。


シアーシャの手は、赤ん坊の布切れを力強く握りしめた。


布の巻かれた赤ん坊を抱き寄せながら、シアーシャは目を瞑る。


「大丈夫だよ……ひとりぼっちじゃないからね」


「大丈夫……大丈夫……怖くないよ……」


「……ぃ。ぉぃ……!」


遠のいて行く意識の中、こちらに語りかける影が見えた。誰だろう。優しそうな顔をしている。こんな人、どこかで会ったことがあっただろうか。


わからない。もう、どうでも良いことだ。きっと自分は……このまま死んでしまうのだろう。せめて、この子だけでも……守ってあげたかった。


消えかかる意識の中、シアーシャは小さく祈った。言葉にならない小さな願いを胸に秘めて。

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