さよなら④
「出ろ」
低い声で、シアーシャは目を覚ました。
意識の覚醒と共にその言葉の意味がわかった。
ついに、自分の番が来たのか。不思議と恐怖はない。なぜだろう。逃げ場のない死から、何か感じるかと思ったが、何も感じない。きっと、自分の死を受け入れてしまっているからなのか、それとも、自分の罪を受け入れているのかはわからないが、とにかく自分の死に対して恐ろしく無頓着だった。
「無様な顔ね」
牢を出た先でテムがシアーシャを侮辱する。
「最後くらい、慈悲を乞うてみたらどうなの」
「今なら、アナタの懺悔を聞いてあげても良いわよ。私に自分の罪を嘆いてごらん」
「いえ……必要ないわ」
「薄情な女ね。リーフを殺したことをなんとも思わないなんて。アナタにも大切な人ができたんでしょう? その人たちをおいて先に死ぬのが怖くないの?」
「確かに、怖いよ。だけど、もういいの……私はひとりじゃないから……クリフも、バアルさんもいてくれた……だから、私は私でいられたの。もう後悔はしないわ」
「いつまで我慢しているのよ……」
「本当にそう言うところが大嫌い……」
「嫌いなのよ……アナタのそう言うところが! いつも平気なふりをして、自分だけが傷つけば、みんなに迷惑をかけないとでも思ってるの? ふざけないで!」
「どうして、アナタは他人を恨まないの……これじゃあ、私が悪者みたいじゃない……」
「でも、これでアナタと会うのは最後になるわね」
「さようならシアーシャ、来世ではもう少しマシな人生を――」
「――な、なんだ貴様ら!」
突然、声が上がった。
「シアーシャさん!」
この声……聞き覚えがある。
「バアルさん……?」
長剣を片手に、兵士を薙ぎ倒すふたつの影。まさか、隣にいるのはクリフだろうか……。助けに来てくれたのか……。
バアルに手を引かれて、シアーシャは走る。
「捕まえて!」
城中の兵士が、バアルたちを追う。逃げ場はない。城の造りを把握していないバアルからすれば、この城は迷路だ。廊下を走り抜けながら、扉を開ける。最終的に行き着いたのは、ナムタたちが寄せ集められた。中庭だった。
行き止まり。追い込まれた。
「観念しなさい。シアーシャ」
囲まれた。
このままバアルたちと一緒に殺されるのか……嫌だ。自分だけならいつでも死んでいいが、バアルやクリフには死んでほしくない。こんなところで死んでいい人たちじゃないんだ。せめて、彼らだけでも助けて……お願い……誰か、助けて。
そう心の中で叫んだ時、ナムタたちがみじろぎをし始めた。鎖に繋がれていながら、精一杯、何かに反応するように鎖を断ち切ろうとする。
「殺せ!」
その言葉と同時に、矢が放たれる。
シアーシャに向けて放たれた矢は、確かに肉肌を貫いた。だが、その矢はシアーシャには当たらず、庇うように前に躍り出たバアルに突き刺さる。
「父さん!」
「バアルさん!」
その瞬間、鎖に繋がれたナムタたちが羽ばたいた。鎖を切り、五十ほどのナムタたちが、兵士たちを喰らい尽くす。
「ナムタたちが……クソ……!」
その混乱に乗じて、クリフは一体のナムタにまたがる。
「母さん、飛んで!」
その声に、シアーシャは反応する。このままバアルを置いて行けるわけがない。だけど、バアルを連れて逃げる方法を探しても答えはでない。
「行って……早く……」
「バアルさん……」
「生きろ……」
シアーシャは立ち尽くすバアルに背を向けて、飛んだ。
「逃すな! 矢を放て!」
「む、無理です! この数を相手にするには人数が足りません!」
空を飛んで、久しぶりの風を感じられた気がした。涙が風に乗って流れていく。
「泣かないで……母さん」
クリフの目にも水滴が溜まる。ふたりは声を殺して泣いた。誰にも気取られないよう、静かに涙を流すのだった。さようなら。自分の愛した人たち。自分の罪も、愛したアナタたちのことは、絶対に忘れないから……だから、どうかこの罪を許してはくれないだろうか。




