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遠ざかる心⑧

バアルたちは会話をすることなく、沈黙ばかりが続く。家の中は思ったよりも広く、暖炉の暖かな光が部屋を照らす。バアルと父は先程から全く会話をしていない。久しぶりの再会だと言うのに、喜ぶ素振りはない。


「粗茶だけど、良かったらどうぞ」


ニーナが、気を利かせてお茶を用意してくれたが、空気は穏やかではなかった。関係のないミゲルや、クリフにまで変な気を使わせてしまう。


「いやぁ、それにしても驚いたな。バアル兄ちゃんと師匠が親子だったとは、この出会いも運命ってやつなのかね」


空気を軽くしようと、なんとかしゃべってみるが、変化はない。ふたりは沈黙を破らない。気まずい空気はクリフたちにも伝わる。ふたりの間に何があるのか、クリフたちはわからない。だからこそ、何も言えない。


「えっと……良かったら、席を外そうか? ふたりで話したいこともあるだろうし……なにより、俺たちがいたら話しにくいだろ」


「ああ……そうしてくれ」


ただジッと時間が過ぎるのを待った。ふたりきりになっても何も変わらず、時だけが止まっていた。


「生きていたのか」


父が最初に喋った。


その言葉に続いて、昔みたいにまた小言を言う気なのだろうか。死んでいたと思った息子が突然、現れて嬉しがるような人じゃない。昔の自分ならそう思っていた。だけど……今の父は違う。


「良かった……」


「会いたかった……俺はずっと……ずっと……お前の無事を祈っていたんだ。また会えて、本当に良かった……生きていてくれてありがとう」


父の目には涙が浮かび、安堵の表情を見せた。その姿にバアルは驚いた。息子のことなんて微塵も心配したことのなかった父が、自分のために涙を流すなんて予想外だった。


「すまなかったな。母さんのことも……お前自身のことも……俺は、お前たちのために何もできなかった。寂しかったよな……辛かったよな」


今では、父の苦労もわかる気がする。父親になる勇気が父にはなかったんだと思う。愛する覚悟と言うのは、簡単なものではない。親は子供より先に死ぬ。大事な母も確実に父より先に死ぬ。その別れが怖かったんだろう。その恐怖に父は耐えられなかった。それだけのことだ。


「俺も寂しかったよ。だけど……そんなことを言われても、俺は父上を許す気にはなれません……母上と俺を見捨てたあなたの事を家族と呼びたくないんです。親不孝な息子でごめん。」


「そうか……」


「でも、父上を恨んでいるわけではありません。今は父上の気持ちも、ほんの少しだけわかる気がします」


「俺にも……大切な人ができたから……」


「一緒にいたあの子……お前の子か?」


「はい。俺の息子です」


「ひとりで育てたのか?」


「いえ……ニーナの親子さんに助けてもらって、数ヶ月はそこで居候をしていました。何から何までお世話になって……感謝してもしきれないくらい……」


「妻はいないのか?」


「妻も一緒でしたが、今は、シルド王国の連中に捕まって……無事かもわからないんです。今はとにかく、早くシルド王国に行かなくては……」


「……話は大体理解した。ここにいたいのなら自由にして構わない」


「だけど……頼むから、自分の女房を助けようとしないでくれ」


「俺はもう……お前を失いたくない」


「俺も諸国を回って、狩猟の民の生き残りを探してるんだ」


「お前も来い。長旅にはなるが、また、一緒に……みんなで暮らそう」


「いえ、それはできません」


「……なぜだ」


「父上と同じですよ。俺も……もう大切な人を失いたくないんです」


父は黙って、またすぐに口を開く。


「なら、もう何も言わん。俺が何を言っても、助けに行くんだろ?」


「止めようとしないんですね」


「意外か?」


「はい」


「俺も歳をとって、ようやくわかったんだよ。縛りつけるだけが教育じゃないってな」


「それに……お前はもう子供じゃない」


「自由に生きろ」


その言葉が嬉しかった。父に認めてもらえた。子供ではなく大人として、親として認められたような気がした。


「ただし、約束してくれ。必ず生きて帰ってくると……俺を置いてあの世に行くなよ」


「うん。約束するよ。ありがとう……父さん」


まだこれからのことはわからないけど、きっと今の父となら、うまくやっていけると思う。母を失った父にはもう自分しかいないのだ。守られるだけじゃない。自分だって父を守ってみせる。もう、どこにも行かないから……だから、心配しないで。ずっと側にいるから。

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