プロローグ⑤
「シアーシャ、さよなら!」
夕暮れ。ジノとテムは手を振る。家族と一緒に。母親と父親に連れられながら二人は帰る。それを一人で、シアーシャは見送っていた。
「さよなら」
羨ましい。家族のいる暮らしがどれほど幸せなものなのか、シアーシャには想像することしかできない。家族ってなんだろう。幸せってなんだろう。わかることと言えば、その言葉は、きっとシアーシャの為に作られた言葉ではないと言うことだ。自分は孤独で、ひとりぼっちだ。
「……さよなら」
消えかけた声音でシアーシャは呟く。
遠く離れていく二人を見て、シアーシャは悲しくなった。ジノとテムは幼馴染だ。小さな頃からいつも一緒にいて、仲が良い。二人はシアーシャにとっても大切な友達だ。でも、時々、自分には二人の隣にいる資格なんてないと思うことがある。二人にはシアーシャの前では見せない姿がある。帰り際に話す二人の姿は恋人のようで、幸せそうに見えた。ジノがテムのことを好きなのは小さな頃から知っている。隠そうとしても、表情を見ればなんとなくわかる。ジノは嘘をつくのが下手だ。そんな彼のことが、シアーシャは好きだった。テムもきっとジノのことが好きなのだと思う。そう思うと、途端に悲しくなった。
帰ろう。
家につくまで、シアーシャはぼんやりと考えていた。なぜ自分にはナムタの声が聞こえないのだろう。なぜ自分には家族がいないのだろう。幼い頃に病気で死んだと先生は言っていた。だけど、そんな記憶、シアーシャは忘れてしまっている。自分のナムタさえいない。自分には何も残されていない。毎日のように訓練しているのに、自分より小さい子たちにまで置いていかれる自分が情けなくてたまらない。もっと努力しなくては。
家につくとシアーシャはすぐに外の離れ小屋に向かった。
「ほら、リディ。ご飯だよー」
小屋には一匹の老いたナムタがいた。餌を放り投げながら、リディは器用に一口で餌をたいらげる。
「良い子だね……リディ」
餌が無くなったのを見て、リディは大きな顔をシアーシャの体に押し付ける。その姿はまるで、飼い主に甘える子猫のようだった。
「どうしたの? 今日はやけに甘えん坊さんだね」
ゴロゴロと、喉を鳴らしながらリディは構わず頭を擦り付ける。
例え、言葉がわからなくても、リディはこうやっていつも励ましてくれる。言葉が通じなくても、互いの心は繋がっている。偽物の家族だと言うことを忘れさせるほど、リディは暖かかった。
「リディは優しいね」
ふと、シアーシャの表情が曇る。リディはこんな自分をいつも理解しようとしてくれている。私にどんな過去があっても、家族だと言わんばかりにシアーシャを包み込んでくれる。言葉がわからなくても、ひとりじゃないと言ってくれているような気がした。
「あのね……リディ。リディは私の言葉なんてわからないと思うけど、私はリディのことが好きだよ。家族のいない私でも、家族と言えるような存在がいて、それが例え、言葉の通じない相手でも、私には本当の家族よりも大切な存在なの。でもね、時々考えちゃうんだ。先生やリディはきっと私のことを家族なんて思ってなくて……所詮は他人同士が家族ごっこしてるだけで……結局、いつか、また捨てられて……ひとりぼっちになっちゃうんじゃないかなって。だから……ね」
シアーシャの言葉が喉に引っかかる。悲しくないのに……涙が止まらない。
「わ、たし……わたし……」
「私……生まれてきて良かったのかな」
肩を震わせながら泣いた。世界中の誰にも気取られないよう、静かな声で。リディは、優しくシアーシャの体を包み込む。大丈夫。ひとりじゃないと、言っているような気さえした。暖かいリディの中でシアーシャはひとり、泣いていた。




