親として⑥
夜。街の広場では、祭りが始まっている時間だ。王宮の人たちは自由に動きまわれるのに妃であるテムは王宮を出ることを許されていない。まるで、鳥籠に囚われた鳥のようだ。自分はきっと大空を知らずに狭い籠の中で死んでいくんだ。
中庭には大勢のナムタがいる。テムはこの中庭が好きだ。村の花畑とよく似ている。ここにいると故郷を思い出す。村から連れてこられたナムタは狭い鎖に繋がれているだけで、狭い中庭に押し詰められている。数は少なくとも五十匹はいるだろう。
羨ましい。翼があるのなら、空へ飛んでいけるのに。自由ってどんな感じなの。テムにとっては、もう忘れてしまった感覚だ。
どうして逃げないの。あなたたちには立派な翼があるのに、檻に囚われて……死んでいくのが怖くないの?。
臆病者。
そうやって何もせず死んで行くのね。抗いもせず、自分の死を受け入れるのがそんなに高尚なの?。
弱虫。
「お母さま!」
幼い声が背後から聞こえた。
「リーフ……」
目の前には小さな少女がひとり、豪華なドレスを着飾り、テムに抱きつく。彼女を見ていると小さな頃の自分を思い出す。無邪気で怖いものなし……それが可愛らしくもあり、心配にもなる。怪我をしたり、友達と喧嘩をしないかいつも不安だ。
「聞いてお母さま! お父さまったら酷いのよ、お母さまと一緒にお祭りに行きたいと言っただけなのに、わがままを言う子はお祭りに行かせないって言うのよ」
「じゃあ結局、お祭りには行かなかったの?」
「ええ! お母さまが一緒じゃなきゃ嫌!」
「ねぇお母さま、今日は一緒にお茶会をしましょう。せっかく二人きりになるのだし、たまにはいいでしょう?」
「お嬢さま、テム様にあまりわがままを言ってはいけませんよ」
「いいの。気にしないで」
リーフに手を引かれて、テムは王宮の中に入る。リーフの部屋には、ティーセットとケーキスタンドが並んでいた。きっと従者に手伝ってもらったのだろう。それほど、テムと一緒に過ごしたかったのか、リーフの表情が柔らかい。
「あ、いけない茶葉を忘れたわ」
「お母さま、少し待ってて、茶葉を貰ってくるわ」
「ええ、待ってるわ」
小さかったあの子はもうどこにもいない。あの子は生贄の民の血を引いていて、獣たちとも会話ができる。もし、獣の言葉を話せなかったら、どんな仕打ちを受けていたのか想像もできない。不自由なく暮らせてよかった。子を持つ母親になって、子供の大切さがよくわかる。自分の母親もこんな気持ちだったんだろうな……もう一度、会いたいな。叶わない願いだけど、母を思うと心が落ち着く。大丈夫だよ……母さん。ちゃんと生きてるから。
「な、なんだ貴様ら――」
突然、外が騒がしくなった。何事だろう。
「クソっ。見つかった!」
「気にするな。テムを探せ!」
この声、聞いたことがある。昔、どこかで聞いた声……盗賊が忍び込んだ訳ではないようだ。
「テム! どこだ!」
勢いよく、扉が開かれる。そこには、フード被ったひとりの女がいた。
「テム!」
この声……まさか……。
「シアーシャ……?」
「そうだよ……テム……会いたかった」
「シアーシャ……! どうしてこんなところに?」
「助けに来たんだよ……さ、一緒に逃げよう」
シアーシャに手を引かれて、部屋の外に出る。そこには数体の亡骸が転がっており、テムは息を飲む。兵士を殺してまで……どうして自分を救いにきた。誰も助けてほしいなんて言っていないのに……どうしてここに来た。
「ごめん……シアーシャ」
「私……外には行けない」
「……え」
「ど、どうして?」
自分には、守るべきものができた。だから、行けない。自分に逃げる資格はない。家族ができたんだ、ひとりじゃない。居場所はここにある。娘をひとりぼっちにさせたくない。だから……行けない。
「お母さま!」
リーフの声に、テムは振り返る。
「来ちゃダメ!」
リーフの背後に人影が横切った。隠れていた仲間が、咄嗟に飛び出した。殺そうとした人間が子供だと言うことに気がつかずに剣を振り下ろす。その瞬間、リーフの身体を刃が貫いた。鋭い痛み、呼吸ができない。血が滴り、ボタリと赤い液体が流れ落ちる。
「リーフ!」
テムは、リーフの側にかけよる。
「嫌……嫌……お願い、死なないで」
「賊だ!」
「クソッ……リーフさまがやられた!」
「テム……」
「よくも……よくも、リーフを殺してくれたわね」
「どうして私を助けに来たの……私がいつ助けてほしいなんて言ったの……どうして、この子を殺したの……」
「それは……テムを助けるために……」
「勝手に正義を押し付けないでよ」
「消えて……もう二度と……私の前に現れないで」
「逃げるぞ!」
仲間の手に引かれて、シアーシャは闇へと消える。
どうして、大切なものばかり消えてしまうの。これは、自分への罰なの?。神さまは思っているよりお人好しじゃないのね。酷い……酷すぎる……こんなこと……あんまりだ。リーフは自分の全てだった。愛していたのに……どうして、自分から大切なものを奪っていくの。許さない……絶対に許したりしないから……。必ず……罪を償わせてやる……必ず。




