親として②
「村に帰らないだって?」
大きな声が街に響いた。ジェルドの声はよく通る。寝起きの身体だと言うのに、寝覚めが良いのか、ジェルド声には覇気があった。その声のおかげか寝ぼけた頭もスッキリする。
「私の両親がこの街で暮らしているので、一緒にここに残ることにしました。すみません、何もお伝えせずに勝手に決めてしまって」
「そんな突然に言われても……」
突然のことで、ジェルドは驚いていた。だけど、もう決めたことだ。自分たちは街に残る。ジェルドがなんと言おうが、その決意が揺らぐことはない。
「もう少し考えてもいいんじゃないかな? 急にそんなことを決めなくても……」
シアーシャたちの目を見て、ジェルドは悟った。二人は本気だ。これ以上何を言っても意味がないと、すぐに予感した。
「まさか、こんな所でお別れになるなんてな」
「ごめんなさい……でも、もう決めたんです」
「ディナたちが寂しがるだろうな……」
最後くらいディナたちにもお別れを言いたかった。だけどこれは仕方のないこと。これ以上考えても意味はない。せめて、元気にいてくれることを祈ることしかできない。
「でも良かったじゃないか、ご両親がこの街に生き延びていたなら、心配する必要もないな」
両親が見つかったのは事実だが、安心できるわけではない。王国には敵ばかりで油断はできない。だけど、先生と一緒にいられるのなら、不安なんて何も感じない。
「それに、これは兄ちゃんたちが決めたことだ。これ以上、俺は何も言わねぇよ」
「せいぜい達者でな。たまには村に顔見せろよ」
「はい! ジェルドさんもお元気で!」
手を振りながら二人はジェルドを見送る。これで良かったんだ。後悔はない。ジェルドたちには長い間世話になった。まだお礼もしていないのに……せめて、最後くらいお礼のひとつくらあしておけば良かった。だけど、もう二度と会えない訳じゃないんだ。また、きっと会えると……二人は信じている。
二人はその後、昨夜の酒場へと向かった。
「シアーシャ……」
酒場には、先生がひとり座っていた。やつれた顔をしている。こんな顔を見るのは初めてだ。それほど昨日のことを思い悩んでくれていたのだろう。先生は何も悪くないのに……。
「先生……ごめんなさい」
先生が謝罪の言葉を吐くよりも先に、シアーシャが最初に言葉を出した。正直、まだ緊張している。また、否定されてしまえば、また感情の制御ができなくなるかもしれない。その関係がこの先ずっと続くなんて耐えられない。だからこそ、ここで言いたいことを言わなければいけないと思った。
「昨夜はあんなこと言って本当にすみません……先生の気持ちを少しも理解できていませんでした」
「良いんだよ。お前が気にする必要はない」
その言葉に、シアーシャはホッと肩を撫で下ろす。
「私こそ悪かった。お前は、立派に母親としてその子を守ってきたと言うのに、話すら聞こうとしなかった不出来な母を許してくれ」
思わず、シアーシャは先生の身体を抱きしめた。
「そんなこと言わないで……ずっと会いたかったんだよ……お母さん」
シアーシャの身体は震えていた。驚いた拍子に先生の身体が固まる。
「私も会いたかったよ……無事でいてくれてよかった」
先生は、身体を抱きしめ返す。大きくなったものだ。母親としても、ひとりの人間としても……彼女は昔の彼女じゃない。よくぞここまで大きくなってくれた……。だけど、それでも心配してしまう。これも親の性なのだと思う。娘をこのままひとりでいさせたくない。
「シアーシャお願いだ。私たちと一緒にいてくれ。婿殿も赤ん坊も私たちが面倒をみる。だから……側にいてくれないか」
「もう、お前を失いたくないんだ」
シアーシャの答えは決まっている。
「わかってます。もうどこにも行きませんよ」
やっと再開できたんだ。離れる理由なんてない。もうどこにも行かないから……ひとりにしないから。だから心配しないで。ずっと側にいるから。




