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王国へ⑦

村によってから数刻経ち、だんだんと人の賑わう街道に近づいてきたらしい。さっきまでの風景とは大違いだ。人の群れ、旅人、商人、傭兵、たくさんの人が行き交っている。


「そろそろ王国に着くぞー」


その言葉にシアーシャは心を跳ねさせる。見たことのない街並み、見たことのない屋台、見たことのない群衆。目に映るもの全てが新鮮だった。


「すごい……」


バアルとシアーシャは自分たちの故郷から出たことがない。だからこそ、この風景に驚かされる。


「そんな反応されると、こっちも嬉しくなるな」


街の隅にジェルドは馬車を止める。


「さて、俺は仕事をするから、二人は気ままに観光でもしてきてくれ。今日は(ハト)の巣って言う宿に泊まるから、そこで合流しよう。せいぜい遊びすぎないよう気をつけろよ」


「はい! 行ってきます!」


見れば見るほど、この街は美しい。レンガで作られた家々や、でこぼことした通路、美しい噴水。どうすればあの彫刻から水が出てくるのだろう。魔法か何かを使っているのか。驚きと興奮が入り混じり、二人は目を輝かせる。


この街の日常を知らない身からすれば、この人混みだけで酔ってしまいそうだ。普段からこんなに人が多いのだろうか……ジェルドたちの暮らす村とは比べものにならないな。


「そこのお嬢ちゃん、串焼きはいかがかな」


「え、あ、わ、私ですか?」


「嬢ちゃんは美人さんだから、安くするよ。どうだい?」


「じゃあ……お言葉に甘えて」


こう言う時、断ることができない。シアーシャは押しには弱い。人に何かを頼まれたり、声をかけられたりすると放っておけないのだ。自分の悪い癖だ。


「こんなに人がいるなんて……今日は祭りでもあるんですかね」


何気なくバアルがそう呟く。


「アンタら知らないのかい? 今日は、罪人の処刑が広場であるから、人混みが激しいんだよ」


バアルの言葉を聞いた屋台の主人が親切に答えてくれた。


「処刑?」


途端にシアーシャの思考が止まる。突然のことで何も考えられなかった。


「なんでも、その罪人は生贄の民の生まれらしくて、物珍しさから、大勢の人が集まってるらしい。迷惑なもんだよな。おかげさまでこの人混みだ。罪人なんてさっさと殺しちまえばいいのに」


「生贄の民の……罪人?」


悪い予感がする。


「あの! その処刑される広場ってどこですか?」


「奥行って左だけど……」


「ありがとうございます!」


「ちょ、ちょっとシアーシャさん! 待って!」


人混みを押し分けて、シアーシャは突き進む。


遠くに、木製の処刑台が見える。ちょうど罪人が処刑台に上がる途中だったらしく、観衆の罵詈雑言が混じり合う。


遠い……だが、あの姿を忘れる訳がない。大好きだった、あの人の影。処刑台の上にはジノの姿があった。


ジノは、虚な目で広場を見下ろす。あの時、テムを助けようとしなければこうはならなかったはずだ。あの時、助けられていれば、自分が死ぬことはなかった。結局、大切な人も守れなかった。自分の身も、テムの身も……自分は無力で、そして愚かだ。


最後くらい好きだった人を……思って死にたい。


「跪け」


ジノは抵抗せずに跪いた。最後くらい足掻くだろうと予感していた執行官は、ジノの態度に少し驚いた。普通なら自分の犯した罪を懺悔する人間や、最後まで無実だと叫ぶ人間がいるのに、ジノは自身の死を受け入れているかのように何も言わない。怖くはないのか……。いや、きっと彼は恐怖を受け入れているんだ。後悔と恐怖を知っているから、何も失わないのだと思う。せめて、来世ではマトモな死に様をおくれるように祈るばかりだ。


ジノはその場に座り込み、斬首台に首を乗せる。観衆の声が、混ざってどよめいている。


これで良かったんだ。


「刑、執行」


兵士のその掛け声により、斬首台の刃が落ちる。痛みなんて感じる暇もなく、ジノ首が跳ね、どろりと赤い液体が流れる。


歓喜の声を観衆は叫ぶ。


「ジノ……」


ジノの処刑にシアーシャは喉を詰まらせる。呼吸ができない。苦しい。胸が痛い。悲しい……悲しいのに、涙が出てこない。あれが死なのか……人が死ぬ瞬間を初めて見た。どうして……どうして、彼が死ななきゃいけなかったの。苦しい……苦しい。


群衆に揉まれて、ひとりの観衆の肩がシアーシャにぶつかる。そのまま力なくシアーシャはよろけ、転ぶ。


その人影は足を止めて、シアーシャの顔を覗き込む。


「おっと、すまないよく見ていなかった。怪我はないかい?」


この声……聞き覚えがある。


声のした方に、反射的に振り返る。


黒いフード被ったひとりの女がいた。


その姿に、シアーシャは傍観する。


「先……生?」


先生はハッとして、身体の動きが止まる。


「まさか……お前、シアーシャか?」


「……先生!」


間違いない先生だ。声も姿も変わっていない。やっぱり生きていたんだ。良かった……本当に良かった。死んでしまったのかと思っていた。でも、そうじゃなかった。


二人は互いに抱きしめあう。


「良かった……生きていたんだね」


「先生も……無事だったんですね」


「もう会えないかと思ったよ……」


シアーシャと先生は、静かに囁いた。まるで、この感情を誰にも気取られないかのように、静かで……悲哀に満ちた声だった。


「シアーシャさん!」


人混みからバアルが現れる。


「誰だ?」


「彼は……私の……」


「私の、夫です」


「夫?」


気まずい沈黙が流れるが、先生はそれを気にする様子もなく話を続ける。


「まぁいい。とにかく今は、場所を変えよう。ここだと人目がつきすぎる」


先生の手に引かれてシアーシャたちは人混みに消える。人に気取られないように、静かに……慎重に人混みに紛れ込む。みんなが無事なのか、生き残っている人がどれだけいるのか……聞きたいことは山ほどある。だけど、今はこの再会を喜ぼう。良かった……生きていてくれて……ありがとう。

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