王国へ⑤
荷馬車に揺られて、シアーシャは、ボーっと暗闇を眺めていた。今はどこにいるのだろう。村まであとどのくらいだ。仮眠をとって目覚めてから数時間は経ったはずだ。目を擦り、ずっと座りっぱなしだった身体を伸ばす。バアルより後に仮眠をとったのに、バアルはまだ目を閉じている。このまま起こすのも可哀想だし、今は眠らせておこう。
「よーし。今日はもう日が暮れるから、ここいらで野営しようか」
時刻は夜中、周りに明かりはなく、暗闇ばかりが広がっている。
「あの……今、どのくらいまで来たんですか?」
「まだ半分も行ってないってところだ。シルド王国までは、少なくともあと数日はかかるな」
馬の足が止まり、ジェルドが馬車から降りる。
「火を起こすから、悪いが嬢ちゃんも手伝ってくれ」
「いや、俺が手伝います」
いつの間にか、バアルが目覚めていた。いつから起きていたのだろう。もしかして、ずっと寝ていたフリをしていたのか……。
「シアーシャさんは、クリフの面倒を見てください」
「わかりました」
バアルに言われて、シアーシャは素直に頷く。
火を中心に、シアーシャたちは囲うように地面に腰掛ける。地面は乾燥して硬いが、荷馬車に比べたら幾分かマシだ。
ずっと移動していたせいか、妙に腹が空く。夕食は干し肉と麦パン。質素で腹持ちが良い食事とは言えないが、文句は言えない。
「悪いなぁ、せっかく旅行に行かせてやるって言ったのに、王国に着くまでの数日はひもじい思いにさせちまうかもしれねぇ」
「いえ、俺は慣れてますから……」
自然と、視線はシアーシャの方に向く。彼女は、長旅に慣れていない。村を出ることもなかった生活から、急にこんな長旅に連れていかれて、生活も一転してしまったのだから、不満のひとつやふたつはあるはずだ。それでも、シアーシャはその気持ちを押し殺して耐えている。
「結構、楽しいですよ。こんな旅をするなんて、故郷にいた時は想像もしてませんでしたし」
その言葉に安心したように、ジェルドの表情が柔らかくなる。
「それなら良かった」
「それにしても、嬢ちゃんが暮らしてた村か……噂でしか聞いたことないから、どんな村なのか俺も詳しくは知らないんだよな。嬢ちゃんの故郷ってどんな所なんだ?」
「私たちの村は、ナムタと言う巨獣と共生しているんです。ナムタとは小さい頃から育って、村人ひとりには必ずナムタが一体、付き添うんです。村人同士で婚約した場合、ナムタたちも同じように結ばれて、子供を作るんです。そうして、生まれたナムタの子供を、人間の子供が受け継ぐならわしがあるんです」
「なるほどな。でも、確か、生贄の民は獣の言葉がわかるんだろ?」
「そうです。"普通"なら……ですけど」
「普通なら……か。まるで、自分は獣の言葉がわからないみたいな言い方だな」
「それは……」
「あ、す、すまん。嬢ちゃんを傷つけるつもりは無かったんだ」
「いえ……気にしてません」
「そうか……なら良いんだが。さ、さて、そろそろ寝るぞー。明日も朝が早いんだ。さっさと寝て体力を温存しておかないと」
ジェルドがその場に布団を敷き雑魚寝をする。
「二人も早く寝ろよ。寝坊しても起こしてやんねぇからな」
「なら、見張は俺がするので、シアーシャさんは気にせず休んでください」
「はい……」
「おやすみなさい……」
クリフを抱き寄せて、シアーシャは地面に横になる。気にしないで起こう。ジェルドもわざと言ったわけではないんだ。だけど、どうしても考えてしまう。自分だって、獣の言葉が理解できていたら……と、いつも考えている。だけど、こんな平凡な自分でも、大切な人と出会うことができた。これ以上何も望まない。今あるものを大切にして生きるしかないんだ。だって、今の自分はそれだけで充分幸せだから、もう何も望まない。この平凡で美しい生活は、何にも変えがたい宝なのだから。
もう寝てしまおう。これ以上考えるのはよそう。今はただ……この生活を噛み締めて生きよう。




