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王国へ②

しばらく歩いて、シアーシャたちは草原に腰掛ける。ここからだと、村が一望できる。それに加えて、春の暖かな日差しが届いて気持ちがいい。ひと息つくにはちょうどいい場所だ。


「いい景色ですね」


ため息混じりにバアルが言う。


小さな村だが、人が行き交う良い村だ。その村がどんな村かは、村人の顔を見ればわかる。みんな屈託のない表情を浮かべて、幸せそうだ。今は朝方のせいか、農作業で忙しいのか、みんな、外に出て畑仕事をしたり、家畜の世話をしている。そんな村人たちをみていると、シアーシャは故郷でナムタの世話をしていた時のことを思い出す。


「ぅ……あ」


眠りから目覚めたクリフが、不機嫌そうに声を上げる。


「あ、起きちゃった。ほら、見てクリフ。いい景色だよ」


「ぁぅ……」


「どうしたの? 寝起きで機嫌が悪いのかな?」


お腹が空いた訳でも、おむつが濡れた訳でもない。クリフは滅多に泣くことはないのだが、たまに理由もなく泣き出してしまうことがある。こう言う時、どうすればいいのかわからない。せめてできることと言えば一生懸命、あやすことくらいだ。


「クリフも大きくなりましたよね」


「ジェルドさんの家に来た時とは比べものにならないくらい」


「このままだと、歩き出すのも時間の問題ですね」


「歩き出す……」


確かにクリフは大きくなった。出会ってから数ヶ月経つが、クリフの成長が目に見えてわかってきている。そろそろ、歩き出してもおかしくない頃だ。いや、もしかしたら……もう歩けるのかもしれない。


「なら、試しに歩かせてみたら?」


ミゲルの言う通り、試しに歩かせてみよう。シアーシャは、クリフの身体を支えて地面に立たせる。


「ほら、クリフ。歩いてごらん」


シアーシャに支えられながらクリフは足を地面に乗せる。春になってからクリフはみるみるうちに大きく成長してきている。寝返りもできるようになって、足腰も強くなっている。きっと、今のクリフなら数歩は歩けるはずだ。


「歩けるかな……」


心配そうにバアルたちが見守る。


ゆっくりと、シアーシャが手を離す。クリフはその場で立ち、不安定な身体を揺らす。


「ダメか……?」


クリフは体勢を崩し、その場に座り込む。


「惜しい……あともうちょっとだったのに」


「もう一回……もう一回だけ試してみましょう」


シアーシャの手でバランスを取り、クリフはもう一度立ち上がる。


「がんばれ!」


「クリフならできるぞ!」


ふらふらと体勢が揺れる。その時、右足が一歩前に歩き出す。それにつられて左足も前に動く。感覚を掴んだのか、シアーシャの支えなしで、また数歩歩き出す。


歩いた……クリフが歩けた。


「歩いた! すごい! すごいよクリフ!」


突然の沸いた声に驚いたのか、クリフは勢いよく尻餅をつく。泣きはしなかったが、クリフの表情は今にも泣き出しそうな歪んだ顔をしていた。頑張って歩く姿がこんなにも嬉しいなんて予想もしてなかった。


「すごい! すごい! クリフすごい!」


困惑して、クリフはジッとシアーシャを見つめる。


その笑顔に、クリフも同じように笑う。


シアーシャは思わず、クリフのおでこにキスをした。こんなに嬉しいこと、生まれて初めてだ。母親らしく、子供の成長を見守ることができる。それが幸せなことだと言うことを、改めて思い知った。


「アンタ、すっかり一人前のママになってきたねぇ。村に来た時とは大違いだ」


通りすがりの老婆にそう言われ、ミゲルたちが笑い出す。


「そりゃそうだ。こんな立派な母ちゃんどこにもいねぇや」


その言葉が嬉しくて、照れ臭くて、シアーシャは頬を赤く染める。


「私が……ママ……」


「こら! アンタたち!」


遠くから声がする。


「まずい、母ちゃんだ!」


「また、仕事をサボってたね! ほら、仕事はまだ山積みなんだ。さっさと帰るよ!」


「ごめんなさい!」


尻を叩かれ二人は、何度も謝罪をする。


「私……お母さんなんだ」


「ねぇクリフ……」


「私のこと、ママって呼んでみて」


「あー」


「マーマ。ママだよ」


「うー」


まだママと言うには早すぎるか……そう思った時だった。


「まぁ……ま」


その言葉にシアーシャの身体が凍りつく。


「今、なんて?」


「も、もう一回、もう一回言って!」


「きゃ! きゃっ!」


「今……たしかにママって……」


「お、俺も! パパって呼んでごらん。ほら、パパだよ。パパ」


「きゃふ!」


さっきの言葉。聞き間違いなんかじゃない。クリフが初めて喋った。シアーシャのことをママと呼んでくれた。クリフの親になって、ここまで嬉しいことなんてない。良かった……自分もちゃんと母親なんだ。ありがとう。こんな自分でも、母親でいさせてくれてありがとう。これからもずっと……そばにいるから。だから、偽物でも母親のままでいさせてね。

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