王国へ①
冬が終わり春が来た。暖かい風に抱かれて葉桜が音もなく舞う。春は好きだ。のどかな陽の光に、川のせせらぎ、森から出てきた獣たちを見るのが好きだ。春になっても、日課であるクリフとの朝の散歩をやめることはない。冬と違って草木が生い茂り、景色が色づいている。穏やかで気持ちがいい。
「いいんですか? 俺までついて行っちゃって」
「いいじゃないですか。たまにはこうやって一緒にいる時間があっても」
今日は珍しく、バアルも一緒だった。いつもなら、村に降りてきた獣の駆除やジェルドたちの手伝いで忙しいのだが、今日は特別だ。
「今日も、散歩に行くの?」
物陰からミゲルが姿を見せる。シアーシャが来るのを待っていたのだろうか。
「そうだよ。ミゲルも一緒に行く?」
「……いいの?」
「もちろん」
「し、仕方ないな。シアーシャは女の子だから、俺が守ってあげなきゃだもんな」
ミゲルは心の中で歓喜の声を上げた。シアーシャと一緒に、散歩できるなんて……ミゲルが喜ばないはずがない。バアルがいることもあってか、その気持ちを口には出せなかったが。
「僕も行くー!」
どこからか、お呼びじゃない声がした。
「げ、リーグ……」
「ねぇ僕もついて行っていい?」
「待てよリーグ。お前、まだ家畜たちの餌やり終わってないだろ」
「それを言うなら兄ちゃんだって、朝の仕事まだ残ってるでしょ」
「お、俺は……散歩から帰ってきてすぐに終わらせるから良いんだよ」
「それ、答えになってないよ」
「うるさい!」
「シアーシャは僕と散歩するのは嫌?」
「そんなことないよ。リーグも一緒においで」
「やったぁ!」
せっかくシアーシャと散歩できるはずだったのに……邪魔をされたミゲルは不機嫌そうにため息を吐いた。そんなことに気が付かず、シアーシャとリーグは楽しそうに会話をしている。羨ましい。リーグとバアルさえいなければ、楽しく散歩ができたのに……憂鬱だ。
「ねぇ、お姉ちゃんって生贄の民なんだよね」
唐突にリーグが言う。
「うん。そうだよ」
「じゃあお姉ちゃんは動物とお話できるの?」
「――え」
「生贄の民は、獣の言葉がわかるって父ちゃんが言ってたよ。どんな感じなの、獣と話す時って」
「……私には……」
「私には……獣の声が聞こえないの」
「なんで?」
「おい、リーグ」
リーグの失言にミゲルがひじでつっつく。
「あ、ごめんなさい……」
「いいよ、気にしないで。リーグは悪くないよ。でも、突然どうしたの?」
「別に、深い理由じゃないんだけど……その……僕も、獣と話してみたいなって思ったんだ」
「獣と? どうして話したいの?」
「なんとなく……かな。僕、獣が好きだから、少しだけでもお話できないかなって」
「こいつ、将来、学者になっていろんないろんな獣を見つけたいんだよ。本の文字も読めないくせに夢だけは大きいんだよな」
「そんなこと言わないでよ! 僕だって努力してるんだから!」
「別に馬鹿にした訳じゃないって」
「嘘だ! 絶対、馬鹿にしてた!」
「こらこら、喧嘩しちゃダメだよ。二人は兄弟なんだから、お互いを大事にしなきゃ」
喧嘩するほど仲が良いとはよく聞くが、二人の関係はその言葉通り、仲がとても深そうだ。兄弟と言うものがどんなものなのか、シアーシャにはわからない。だけど、兄弟と言う関係はとても大切なものだ。友達とも、恋人とも違う。唯一無二の存在関係だと、シアーシャは思う。互いに愛しているからこそ、喧嘩をすることもあるのだろう。それが微笑ましくて、シアーシャは自然と頬がつり上がる。
「わかった……悪かったよ。ごめんリーグ」
「いや、こっちこそ……」
「仲直りできてえらいね」
シアーシャが二人の頭を撫でる。
照れ臭くて、二人は頬を染める。
二人の鼓動が自然に高鳴った。年上の女性とは言え、幼い少年からしたらそれだけでも、恋愛感情に似た思いを持ってしまう。一目惚れ、とは少し違う。この気持ちがなんなのか、二人は知らない。今は、知らなくて良いことだ……きっと、歳を重ねるうちに自然と理解できるのだと、二人は思った。




