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翼の折れた巨獣⑥

ナムタは、森の奥深くに子供たちと暮らしていた。元々は別の場所に住んでいたが、棲家から逃げ出し、行き着いたのがこの森だ。自分たちには頼れる仲間も、守ってくれる雄もいない。だからこそ、母親がひとりで子供たちを育てなければいけない。


だが、この辺りには食べ物も、安全な棲家もない。偶然、近くに人間の住む集落があるが、そんな危険なところに行けば、いつ死んでもおかしくない。だから、時折、この森に迷い込む人間を襲って、なんとか飢えをしのいでいる。


普通なら人を襲ったりしないが、彼らは自分たちの言葉を理解できるような人間ではない。生贄の民ではない人間であれば、情けをかける必要もない。これは子供たちを守るためにしたこと……仕方のないことなんだ。


「GRU……?」


突然、子供たちが顔を上げる。何かに反応したのか、雪原の一点を見つめている。子供たちは耳が良い、もし、敵が襲って来たとしても、すぐに気がつけるほどに。


獣の勘か……その視線の先から、とてつもない殺気が感じ取れる。ナムタはすぐに戦闘体制に入った。子供たちは木の影に隠れる。


殺気は感じる……だけど敵の場所がわからない。片目を失ったせいか、視界が狭い。唯一の眼球でキョロキョロと見渡すが、敵の気配がない。


昨夜の人間とはまるで比べものにならない、ドス黒い殺気。本気で自分を殺そうとしているのか……。どこから攻撃を仕掛けてくる……視力を失った右目の方向から攻めてくるか……。


そう思考しながら、身を構えていた時、唯一残っていた視界が突然と黒く染まった。眼球が潰されたのだと理解して、反射的に尻尾を薙ぎ払う。視力を失って、敵の動きを予測できなくなり、ナムタは全身を使って暴れ始める。まずは、近寄らせないように牽制しなければ。


だが、その行動は無意味だった。


昨夜負った足の傷のせいで、バランスが取れない。


敵は視界が失った隙を見て、距離を詰める。長剣が眼球に突き刺さり、血が流れる。


「GRAAAAAA!」


ナムタの絶叫が木々を揺らす。


頭を振り回しても、その苦痛がやわらぐことはない。


痛い。


視界はもう役に立たない。耳をすまして敵の居場所を特定しようとする。だが、それも意味をなさない。


「GU……!」


遠方から矢が飛んできて、鱗を貫通して肌に突き刺さる。昨夜の狩人と比べて威力が段違いだ。攻撃の手は止まない。いきつく暇もなく、次は腹部に激痛が走る。長剣を突き刺し、腹を切り裂く苦痛に耐えきれず、ナムタはその場に倒れ込む。


抵抗しようにも傷が痛くて動けたものじゃない。腹を切り裂かれ、足の腱を切断される。素早い動きで的確にこちらを仕留めようとしてきている。只者ではない。


もう立ち上がる気力もない。


ダメだ……ここで倒れたら子供たちはどうなる。まだだ……まだ諦めてはいけない……。


身体を引きずりながら、起きあがろうとしてみるが、力が入らない。


立て……起きろ。


足音が聞こえる。その足音は顔の目の前で止まる。弱々しい呼吸の音と混ざるように子供たちの泣き声が聞こえる。


……死ぬのか。


そう予感した瞬間、意識が途絶えた。ナムタの脳天からは、紅い液体が流れる。


「GRU?」


ナムタの赤ん坊は、目の前で母を殺した人間に近寄る。まだ幼くて死という概念を理解していないのか、ナムタの赤ん坊は、バアルに甘えてくる。


目の前の人間は、容赦なくナムタの赤ん坊に長剣を突き立てた。慈悲もなく、斬り殺した。


これで良かったんだ……。


仇は取った。これで村人も襲われることもなくなる。けど、これで良かったのだろうか。


……帰ろう。


ナムタたちの亡骸に背を向け、歩き出す。なぜだろう。ただ獣を殺しただけなのに……心がくすぶる。あのナムタはただ子供を守るためにナーヴェを殺したんだ。その行動は間違っていない。答えが煮え切らない。全てが終わったのにスッキリしない。誰も悪いことをしていないのに……なぜ死ななきゃいけなかったんだ。何かできたはずなのに、何もできなかった。


一体……どうすれば良かったんだ。


答えのわからない問いを頭に浮かべる。


いや……考えるのはよそう……もう終わったことだ。


何もかも、これで終わったんだ。


「……ルさん……!」


「バアル! どこだー!」


「バアルさん!」


村人たちの声がする。まさか、自分を探しに来たのか。大勢の人がいる。その中でひとり、見覚えのある女性の姿が見えた。


「シアーシャさん」


バアルの声に、シアーシャは振り返る。


「バアルさん!」


まるで幽霊でも見たように、シアーシャの表情が凍る。


シアーシャは走り出し、バアルの身体を抱きしめる。


「シ、シアーシャさん。一体、どうしたんですか」


「良かった……無事で……本当に良かった」


身体に抱きついたまま、シアーシャは安堵の涙を流す。シアーシャも心配だったのだろう。黙って外に出たのは悪いことだったかもしれないが、そうしないとシアーシャはバアルを止めただろう。いらぬ心配をかけたくなかったからこその行動だったが、余計に心配をかけてしまったらしい。


「お願い……もうどこにも行かないで」


「ひとりぼっちにしないで……」


バアルは、優しくシアーシャの身体を抱き寄せる。


彼女も色々と考えてしまったのだろう。優しい人だから、こうして自分を探しに来てくれたんだ。彼女の涙を見て、もう何も言わずにひとりぼっちにさせないとバアルは、心の中でそう誓った。

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