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翼の折れた巨獣⑤

戸が開く音でシアーシャは目を覚ました。


「誰か! 誰かいないのかい!」


中年の女性が興奮したように家に飛び込む。表情や口ぶりから只事ではないことは理解できる。一体、何があったと言うのだろう。


「なんだい、朝っぱらから騒がしいね。何かあったのかい?」


落ち着いた様子で、ディナは問いかける。


「大変だよ! ナーヴェが……ナーヴェが昨夜の獣に殺されたって!」


家中に響き渡る声で女性が叫ぶ。


「なんだって……?」


ナーヴェが……殺された?。


「あの子、まさか本当にひとりであの獣に……」


「どうした? 一体何をそんなに慌ててるんだ?」


部屋の奥から、ジェルドが現れる。


「ナーヴェが……ナーヴェが死んだって……」


「――は?」


ディナは何を言っているんだ。ナーヴェが死んだ?。その事実を受け入れられないのか、ジェルドはかすれた笑い声をあげる。


「何言ってるんだよ……そんな……そんな訳」


「何かの冗談だろ? 悪い冗談はよしてくれよ。なぁ、冗談って言えよ……なんで黙ってるんだよ」


「嘘だ……なんで、あの子が……」


「とにかくアンタたちも来てくれないかい? 怪我がひどくて生きているのかもわからないんだ」


「わかった。私たちも手伝うよ」


「わ、私も行きます!」


二階の寝室から降りてきたシアーシャが二人を呼び止める。


「そうしたいのは山々だけど、チビたちをひとりにはさせられないよ。アンタは家に残ってな」


「でも……」


「ここは私たちに任せな。アンタは気にせず、旦那の側にいてやりなよ」


確かにディナの言う通りだ。怪我をしているバアルを置いていけないし、子供達をひとりにさせることもできない。今の自分にできることは家を守ること。それを理解して、シアーシャは小さく頷く。


「はい……わかりました……」


「それでいい……さ、行くよ」


「おう」


ジェルドとディナは、中年の女性に連れられて家を出る。


「母ちゃんたち出かけたの?」


シアーシャの後ろからミゲルの声がした。


「うん……村の人たちのお手伝いに行くんだって」


「夕方には帰ってくる?」


「帰ってくるよ……きっとね」


「さて、まずは家畜たちに餌をやって、朝ごはん作らなきゃ……ミゲルも手伝ってくれる?」


「うん」


ミゲルも感じ取っているのだろう。突然、母親と父親が家を空けるなんて不安になるのも仕方がない。彼らの代わりにできることをしなくては……。


家畜たちに餌をやっているうちに、バアルが目覚めるかもしれない。ならば、朝食は彼の分を作った方がいいだろうか。きっと彼もすぐに目覚めるだろう。一応、準備だけはしておこう。


家畜の餌やりを終えて、シアーシャは厨房に立つ。


「ミゲル。リーグを起こしてきてくれる?」


「わかった」


朝食が出来上がって、シアーシャは自分の分と子供たちの分をよそい、ついでにバアルの分まで作った。


「バアルさん起きてるかな」


そんな心配をしながら、寝室の扉を開ける。


「――え?」


人の姿が消えた寝室でシアーシャは立ち尽くす。寝室にはバアルの姿がない。もぬけの殻になった寝室にはシアーシャひとりだけ。バアルは、どこへ行った。先程まで横になっていたベッドはほんのりと暖かく、しわができている。


まだそこまで遠くには行っていないと言うことはわかるが、彼は一体どこに……。


家の外に飛び出して、辺りを見渡すが、バアルの姿はない。


「バアルさん! バアルさん!」


自分たちを置いて、どこかへ行ってしまったのか……置いて行かれたのか……不穏な予想ばかりが脳裏に浮かぶ。自分たちは捨てられたのだろうか……いや、彼はそんなことをする人ではない。でも、だとしたらどこへ……。


まさか……ナーヴェの仇を取りにナムタの元に行ったのだろうか。だとしたら、彼が生きているうちに見つけなければ……。彼が死んだら自分たちはどうなる。


このまま自分ひとりで探しに出たとして、子供たちをひとりにさせてしまう。どうすればいい……自分は何をすればいい。一体どうして……バアルは姿をくらましたのだろう。ディナたちに頼まれたんだ。家を空けることなんてできない。とりあえず村の人たちのところへ行こう。彼をなんとしてでも見つけなくてはいけないと言うのに、今の自分には彼を信じて待つことしかできない。彼が、このまま自分たちをひとりぼっちにさせることはない……はずだ。


例えそうであったとしても、それでも、シアーシャはバアルを信じている。彼の帰りをずっと待ち続ける。それが、今の自分にできる唯一の行動だから……。


信じてる。絶対に帰ってくると信じているから……お願い、無事で帰ってきて。

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