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翼の折れた巨獣③

雪には血の跡が残り、ナーヴェはそれを追う。腰にカンテラをつけて、獣の気配を辿る。


「どこだ……どこにいる」


あの巨体だ。入り組んだ森の中で姿を隠すのは難しいだろう。少しの物音も聞き逃さないように耳を澄ませる。


風の吹き抜ける声がした。その声は低く、冷たい音色だった。自分が今、どこにいるのかわからない。歩いて来た道はわかるが、見慣れない景色が続いて、ただ道なき道を彷徨っているだけ。遭難しているように見える。だが、これは計画のうちだ。


獲物を狙うとしたら、今が絶好の機会だ。襲ってこい。殺してみろ。


「GRUUUUUU……」


風の隙間から、異質な声がした。


巨大な影が、ナーヴェに襲いかかる。


飛び跳ねて、身を縮める。間一髪、避けることができた。すぐに立ち直り、剣を構えてナムタに狙いを定める。


最初に動いたのはナーヴェだった。ナムタは巨体で狭い森の中では自由に動くことができない。その隙を狙って、足元を切りつける。


剣刃が深く沈み、引き抜くとナムタの足から血が流れ落ちた。


動揺して足をばたつかせながら、地面を揺らす。ナムタとの距離をとって、弓で仕留めたい所だが、カンテラの火を消すわけにもいかない。このまま接近戦で戦うしかない。弓なら多少の腕はあるが、剣をほとんど使ってこなかったナーヴェにとってこの状況は不利だ。


だからと言って負ける気はない。


もう一度、ナーヴェが距離を詰める。飛び上がって、ナムタの身体をよじ登り今度は脳天に一撃を叩き込む。だが、鱗の防壁に阻まれてうまく刺さらない。


ナムタが身体を揺らし、ナーヴェを振り落とす。


「うおっ……!」


地面に転がったら反動で、剣を落とす。


森の木々を壁にしながら、弓を構える。場所はバレているが、ナムタは目が片方潰れている。その死角を狙う。


場所を気取られないよう位置を変えながら矢を放つ。的が大きいおかげか、矢を外すことはない。けれど、鱗が硬いせいか、傷を負っている様子がない。鱗の薄い腹部を狙うが、ナムタもそれを理解して、腹を隠し、地面に伏せながら這い寄ってくる。


なんとか傷を負わせているものの、とどめの一撃が中々決まらない。こんな泥試合のままでは、殺すことができない。


どうすれば良い……何か致命傷を与えられるものは……。考えて……考え抜いたが、結論は何もでなかった。やっぱり自分は、何もできないのか。いや、そんなことはない。このまま負けてたまるか。


「うぉぉぉぉぉぉ!」


ナムタの方に走り出し、落とした剣を拾う。


狙うのは、矢の突き刺さった左目。


勢いのまま、構えることもなく、剣を突き刺そうとした。


「GAAAAAA!」


ナムタはこの時、初めてナーヴェを獲物としてではなく、自分を殺そうとする敵として認識していた。敵にかける情けなどない。


ナムタの首が鞭のようにしなり、ナーヴェの身体に叩きつけられる。避けることができない速度で、木林を薙ぎ倒しながら、強烈な一撃を喰らわせる。


剣先が折れ、身体は宙に吹き飛ばされる。数メートルほど弾き飛ばされてもなお、意識はなんとか保っていた。身体が爆発したように痛い。肋骨が折れて、内臓を突き刺しているのがわかる。


「かはッ……!」


喉に溜まった血溜まりが、吐き出される。


「クソ……ここで終わりかよ……」


敵に慈悲などない。


「……また、何もできなかった」


ナムタはナーヴェに狙いを定めて、口の中で紅蓮の炎を灯す。


「嫌だ……死にたくねぇ……死にたくねぇよ」


「頼む……殺さないでくれ……」


炎が揺れ、口の中で火の粉が弾ける。


「……もうこれで終わりなのか」


「死ぬのか……俺」


赤い閃光が走る。


初めて誰かの為に戦おうとした。今までの自分なら到底理解できない行動だ。嫌われ者で、馬鹿で、無知で、無力な自分が嫌いだった。けど、今は違う。こんな自分でも、生きていていいんだと教えてくれた人がいた。役立たずな自分に、それでも、生きろと言ってくれたバアルの為に戦えたんだ……後悔はない。


暗闇にひとつの光が灯る。その炎が肉を焼き、絶え間ない豪熱に抱かれて、ナーヴェは力を失った。しかし、焼け焦げた身体でも、ナーヴェの息は尽きなかった。熱い。苦しい。このままだとナーヴェは死んでしまう。それを理解しているのか、ナムタは深追いをせず、闇夜に消え去った。ナーヴェは雪道を這いながら、村を目指す。


生きて帰るんだ。


焼けた肌に雪が覆い被さり激痛が走る。まだだ……まだ死んではいけない。仇をとると誓ったのに。何もできないまま死にたくない。森の入り口まで這うとナーヴェは動きを止めた。息はない。ナーヴェは死んだ。見届ける人間はひとりもいない。このまま死ぬのか……孤独にうちひしがれて、死んでいく。それが……ナーヴェと言う男の最後だった。

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