母親と父親③
村から少し離れた丘の上に、バアルとナーヴェがいた。
木を的にしてナーヴェが矢を放つ。
「どうだ?」
矢は木の幹に食い込んでいるが浅い。
「さっきよりは狙いが正確になってます。けど、まだまだですね。威力も低いし、中央からズレすぎている。これじゃあ当たったとしても一撃で獣は仕留められませんね」
「クソッ……いい感じに刺さったと思ったのに……」
「大丈夫。慣れればすぐに上達しますよ。ナーヴェさんは歳のわりに弓の使い方が上手ですから、自信を持ってください」
「そ、そうか。褒めてくれるのは嬉しいが……その……そこまで素直に言われると照れくさいな」
そう言ってナーヴェは頬を染める。気がつくと時刻は夜中。ナーヴェは地面に腰掛ける。昼からずっと集中していたせいか、疲れてきた。ナーヴェはひと息吐いて、村を見渡した。ここから見る景色がナーヴェは好きだった。両親が生きていた頃、良くここでピクニックをしたものだ。今はいないけど、ここにいると両親のことを思い出す。
「なぁバアル……父親になるってどう言う感じなんだ?」
突然、ナーヴェがそう口走る。
「どうって言われても……特別なにかを感じたことはありませんね。家族を守らなきゃいけないこと以外、特に気にしたこともないですし」
「俺の親父もそうだったのかな……」
バアルに聞こえない声音でナーヴェは呟いたが、その声はバアルの耳に届いている。長年、狩りをしているせいか、バアルは耳が良い。ナーヴェの言葉が聞こえたが、その言葉を言及するつもりはなかった。
「嫁さんとは仲が良いのか?」
「まぁ普通ですね。特に喧嘩をしたこともありませんし。仲が良いと言えば良いのかもしれません」
「子供は可愛いか?」
「えぇ。まだ赤ん坊なので色々と面倒をみないとなので、大変ですけど、それほど苦じゃありませんね」
「そうか……」
ナーヴェの背中は寂しげで、小さかった。その背中を見てバアルは察した。ナーヴェは今、両親のことを思い出して、その思い出にひたっている。昔から勘は鋭い方だったせいか、口に出さずとも、他人の考えを理解することができた。
「ナーヴェさんのご両親はどんな方だったんですか?」
ナーヴェの隣に座って、バアルは言う。普通なら、空気を読んで、家族の話なんてしないように気を使うはずだろうが、バアルはそうしなかった。今のナーヴェはそれを咎めようとしない。
「俺の親父は、狩人だったんだ」
「小さい頃から、弓の使い方を教えてくれて、母親の代わりに家事も一通り教えてくれて……優しくて、強い人だった」
「村の人間とも仲が良くて……俺はいつか親父みたいな人間になりたいっていつも思ってた」
「だけど、ある日、おふくろが死んだ病と同じ病を患って、親父は死んだんだ」
「気がつけば俺はひとりぼっちになってた。家族がいなくてロクに働けない俺は、いつからか盗みを働くようになって、村の人間から厄病神扱いされた」
「だけど、そんな自分を変えたくて……俺は狩人になったんだ。そうして、たくさんの人を助けて、過去の自分の行いを正そうとしたんだ。つまらない話だろ」
「俺は結局、他人の望む人間を演じるしか能のない道化師なんだよ」
「でも、お前と出会って気がつけたんだ」
「例え、道化師だとしても、それが自分と言う人間なんだってな。変わる必要なんてない……俺は俺なんだ」
「だから……こう見えて結構、感謝してるんだぜ」
「ありがとう……バアル……こんな俺を受け入れてくれて――」
――ナーヴェが発言しようとして、一瞬、呼吸を止める。
その理由は、突然と鳴り響く爆音と、木々の悲鳴に遮られたからだ。ミシミシと押しつぶされるような重い音が森から聞こえてくる。
「なんだ……?」
暗闇でよく見えないが、巨大な影が村まで走っている。
「あれは……なんだ? 獣……なのか?」
「にしては……大きすぎる。まさか……獲物を取り返しに来たのか……」
ハッとして、ナーヴェは叫ぶ。
「まずい……村が!」
「急ぎましょう!」
二人は雪道を掻き分け村まで走った。月明かりが照らし出す、その光に導かれながら二人は暗闇を駆け抜けるのだった。




