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母親と父親②

「はぁ……」


シアーシャは外でため息を吐く。


「私……このままでいいのかな……」


外に出ると色々なことを考えてしまう。クリフの母親としてできることならなんでもやりたい。例え偽物でも、家族でありたい。バアルはこんな自分を妻だと嘘をついて迷惑をかけていないだろうか。まだ若いと言うのに自分のために身を粉にして支えてくれている彼の存在は、大切なものだ。隠し事をせずに接することのできる唯一の人。


恋心とは違うが、シアーシャはバアルのことが好きだ。


クリフと自分を守ってくれて、自分たちのために偽物の家族を演じてくれる彼の存在がなければ、ここまでの生活はできなかっただろう。だからこそ、自分の無力さに腹が立つ。もっとバアルやクリフの役に立ちたい……なのに、自分には何もできない。このまま甘え続けるのは嫌だ。


せめて、彼の手伝いでもできないだろうか。自分にできることなら、恩を返したい。せめて家庭を支えるくらいは稼がなくては意味がない。


でも、それが難しい。


何度、考えても別の問題が現れて、頭を悩ませる。自分の悪い癖だ。自分ひとりで考えすぎるのも良くないとディナに言われたばかりだし、少し空気を吸って落ち着こう。


「だぁだぁ」


そうやって思い悩んでいると、どこからか、赤ん坊の声がした。クリフの声だ。


「どうしたんだクリフ。ご機嫌ななめになっちゃったのかな」


ジェルドたちに変わって、家畜小屋で仕事をしているバアルの声がした。


「ほーら、怖くないよー」


優しくクリフの身体を抱いて、ジェルドは慣れた手つきであやす。


「ふゎぁ、ふゎぁ」


「こらこら。そんなに大声で泣いちゃダメだぞー」


赤ん坊と言う生き物を熟知しているのか、バアルの動きには無駄がない。支え方も背中の叩き方もシアーシャより、手つきが洗練されている。


「……ゃぁ」


「ふゃぁふゃ」


そのままバアルの姿を視界に留めていると、その視線に気がついたのかバアルはこちらに向き直る。彼も伊達に狩人を名乗っている訳ではない。人の視線には敏感なのだろう。


「あれ、シアーシャさんじゃないですか。これから朝の散歩ですか?」


「い、いえ……私は別に……たまたま通りかかっただけです」


「そうですか。ならいいんですけど……」


「ふゎぁ」


「おっと、すみません。さっきからクリフが泣き止まなくて。ごめんなさい、うるさかったですよね」


「そんなことありませんよ、気にしないでください」


「ほら、クリフ……泣かないで……大丈夫だから」


バアルの腕に抱かれたクリフにシアーシャは言葉をかける。


「怖くないよ……怖くない」


シアーシャがクリフをあやす姿を見て、ジェルドは不覚にも笑みをこぼした。


「シアーシャさんは子供をあやすのが上手ですね」


「え?」


「俺も伊達に父親を演じてるわけじゃないですから。子供のあやしかたの良し悪しはなんとなくわかりますよ」


「そんな……私なんて、母親とも呼べないのに」


「そうですか? 俺から見ればシアーシャさんも立派な母親だと思いますよ」


「そう……なんですかね……」


「……何か悩みごとですか?」


勘がいいのか、バアルは会話だけで、シアーシャの悩みを察した。その言葉にシアーシャは咄嗟に表情を固くする。


「俺でよければ、愚痴のひとつくらい聞きますよ」


「子供を育てるのは親の役割ですけど、親を育てるのは俺たち周りの人間です。少しくらい頼ってくれてもバチは当たりませんよ」


確かにその通りだ。自分だけで考えずに、他の人の意見を聞かなければ、今の環境は変わらない。思いきってシアーシャは閉ざされた口を開く。


「わからないんです」


「母親がどう言うものなのか、クリフをどうやって育てればいいのか、わからないことだらけで、私は母親としてバアルさんやクリフの役に立ててるのか、不安なんです」


「……私には……その……母親がいないから」


初めて自分の悩みをバアルに伝えた。不思議と抵抗はなかった。自分の不安を打ち明けると言うのは意外と度胸がいるものだ。他人を信頼するのは、時間がかかる。バアルを信頼していない訳ではない。偽物の家族を演じているうちに、いつの間にか信頼関係が築かれているからなのか、彼になら話しても良いと思えた。


「俺も子供を育てたことがないから、あれこれ言える立場じゃないですけど、母親ってものすごく特別な存在なんじゃないかなって思うんですよね」


「太陽が無ければ全ての生命は死に絶えます。だけど太陽は見返りを求めず世界を灯し続ける。それと同じように、母親は見返りを求めず愛情を与える太陽のようなものだと思うんです。母親がいなければ全ての生命は誕生しません。なら、なんのために母親は存在しているのか、それは命を育むためだと俺は思います。母親が子供を育てるのは神という存在が与えた尊い使命なんじゃないかなって……そう思うんです」


「尊い……使命」


そんなことを言われたのは初めてだ。そんな使命、自分に背負えるだろうか。いや、使命はとうに背負っている。今更、なにを不安がっているのだろう。クリフは自分が育てるんだ。そう決めたではないか。


「例え偽物でも、俺たちは家族です。シアーシャさんはひとりじゃありません。だから、ひとりで悩まないでください」


バアルの言葉に、心がふるい立つ。そうだ。自分はもうひとりじゃない。支えてみせる。バアルもクリフも自分自身も、守らなくてはいけないんだ。


「おーい。バアルー」


どこからか声がした。若い男の声。声のした方へ視線を向けると、そこには片手に弓を持った青年が立っていた。バアルの知り合いだろうか。


「訓練に行くぞー。早く支度しろー」


「あ、今行きます!」


「すみません。シアーシャさん、クリフのこと頼みます」


「は、はい!」


シアーシャはクリフを抱き抱えて、バアルを見送った。狩りの練習に行くのだろうか。いつの間にこの村で友人を作ったのだろう。


「私も仕事の準備しなきゃ……」


シアーシャはそう言って、泣き声をあげるクリフを見つめる。守りたい。この子を守るためなら、命だって賭けてみせる。だからこそ、自分がしっかりしなくちゃいけない。守る……守ってみせる……。だから、もう泣かないで。必ずアナタを守るから……。

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