過去と運命⑧
明かりのない暗闇。丘の上にナーヴェは立ち尽くしていた。この場所に来ると父と母を失った時を思い出す。死んだのはナーヴェが六歳のころ。母親はナーヴェを産んですぐに病気で死に、父親も後を追って他界した。まだ幼い自分には死というものがどんなものなのかわからなかった。寂しくなかったし、悲しくもなかった。ただ深い眠りについただけのような気がして現実味がなかった。
父との最後の約束のせいかもしれない。父は死ぬ直前、『強くなれ』とナーヴェに言った。その言葉に従って、ナーヴェはこれまで生きてきた。辛いこともたくさんあった……だけど強くならなければいけなかった。我慢するしかなかったのだ。たくさんの人を助けるには強くあらなければいけないんだ。
それが例え……人を悲しませる結果になろうとも……。
「見つけた」
その声に振り返らずとも誰が来たのか予想がついた。
「何しにきた」
「心配で追いかけてきたんですよ。ひとりで夜道を歩くのは危ないから」
「余計なお世話だ」
そう突き返すナーヴェの隣にバアルは立った。
「我慢するのは身体に毒ですよ」
自分でも気が付かないうちに、ナーヴェの頬には涙が溢れていた。それを必死に堪えようと目に力を入れる。
「うるせぇよ……」
声を震わせながら、ナーヴェは自分の心に問いかける。なぜ泣いているのか。きっとそれは、後悔しているからだと思う。
「俺は……何もできなかった。ギルを助けることも……家族に生きて帰すこともできなかった」
「悔しいんだよ……俺は、俺が思っている以上に……馬鹿で……マヌケで……人好きのしない最低な人間だ」
「助けようとした人間も救えず、何もできない無力な自分が嫌になる」
寂しげな肩をバアルは優しくなでる。
「ナーヴェさん……戻りましょう。誰も貴方を責めたりしませんよ。貴方は何も悪くないんですから」
「同情ならやめてくれ。俺は、誰よりも人を助けなきゃいけない……そうしなけりゃ俺は生きている価値なんてないんだ」
「アンタは良いよな……嫁さんもいて子供もいて……欲しいもの全部手にして……自慢でもしたいのか? 幸せを見せつけて、俺のことを馬鹿にしてんのか?」
「いや……そんなつもりは」
「そうやって、嘘をつかなくてもわかるんだよ! お前は、俺を見下してるんだ! 心の中で笑ってんだろ? 家族のいない俺のことを憐れんで、馬鹿真面目に頑張っても誰にも認められない俺を馬鹿にしてるんだ!」
「アンタにはわからないだろうさ……家族のいるアンタにはひとりぼっちで生きる俺の気持ちなんて、理解できるはずないだろ!」
その言葉に、バアルは怒りを覚えた。自分もひとりぼっちだった過去がある。父親からは見捨てられ、故郷の人間には忌み嫌われていた。だけど、そんな自分でも側にいて欲しいと言ってくれる人がいた。だから、自分は今、こうやって生きている。それを侮辱されているようで、感情を抑えきれずバアルは声を荒げた。
「甘ったれるな! 自分だけが辛いと思ってるのかよ……その言葉は、死んだ家族を見送って、それでも前に進もうとしている人たちを侮辱する言葉だ!」
バアルはナーヴェの胸ぐらを掴む。
「家族がいるからなんだよ……家族がいないから何をしても良いのかよ? 違うだろ」
「辛いのは貴方だけじゃないんだよ……みんな辛いことを経験して、それでも生きていかなきゃいけないんだ……苦しいことも、幸せなことも、全て受け入れなきゃ前に進めないんだ……それが、生きるってことなんだよ!」
「じゃあ放っておいてくれよ! ひとりにさせてくれよ……俺はもう……辛い思いはしたくないんだ」
「前を向け! 俯くな! 俯けば涙が溢れるだけだ! 貴方を残して死んでいった人たちのために生きろ!」
「貴方はひとりじゃない……村の人たちは貴方を待っている。貴方を孤独にさせているのは自分自身だ。神は乗り越えられる試練しか与えない。立ち向かえ……勇気を持て、諦めるな、貴方ならできるはずだ」
「うぅ……」
ナーヴェは声を漏らして泣いていた。初めてだ。ここまで自分のことを考えてくれる人は初めてだった……今更、変わることなんてできるのだろうか……変わることを自分は許されているのだろうか。わからない。けれど、このままの自分ではいたくない。変わりたい。みんなを守れるような人間になりたい……。
前を向いて、ナーヴェは涙を拭った。
「俺は……ずっとひとりぼっちだと思ってた……ごめん……こんなこと言っても許してくれないかもしれないけど……どうか、嫌いにならないでくれ」
「もう……ひとりぼっちは嫌だ」
「……嫌ったりしませんよ。貴方はそのままでいい。生きてください。誰のためでもない自分のために……」
バアルに肩を支えられながら、ナーヴェは身体を震わせていた。もう後悔しないように……これからは自分自身の為に生きるんだ。心の中でナーヴェはそう誓った。




