過去と運命⑤
森を散策して半刻ほど経った頃。未だに、行方不明者の痕跡は見つからない。
「クソ……雪粒のせいで足跡ひとつ残っちゃいねぇ」
吐き捨てるようにナーヴェが言う。
「この調子だと、死んでいても不思議ではないな」
村人がそんなことを口走る。
「いや、その判断は早すぎる。死体を見つけた訳でもないんだ。きっとどこかで生き延びているはずだ」
「けど……この季節だぞ。真冬の森で遭難なんてしたら、数日ももたないぞ」
「だったらこのまま帰るって言うのかよ。村には帰りを待っている家族がいるってのに死体も見つけられないまま死にましたなんて……そんなの残酷すぎるだろ」
ナーヴェの言葉に村人は黙り込む。
「このままだと埒があかない。手分けをして探そう」
「いや、それは危険だ」
バアルがナーヴェの発言を否定する。
「なんだよ。お前、俺の命令が聞けないのか?」
「手分けをして探したとしても、そこで襲われたらおしまいです。それに、ここには狩りの経験がない人たちばかりです。どんな敵が狙っているのかわからない状況で人員を分散するのはリスクが大きすぎる。獣に知恵はないが奴らは馬鹿じゃない。相手が獣だと油断してたら痛い目を見ますよ。慣れない森にこの雪粒だ、足跡が消えたり、道がわからなくなってこちらが遭難しては意味がない」
「お前……俺たちがそんなヘマをするような奴らだって言いたいのか?」
「別にそう言う意味で言ったわけじゃない。ただリスクを考えて、今できることを考えていただけです」
「おいおい……俺の言ったこと忘れたのか? お前は俺の命令に従ってればいいんだよ。いちいち俺のやり方に水を差すな」
「だとしても、もしそれで行方不明者が見つからなかったら責任は誰が取るんですか?」
「それは……」
反論できないのか、ナーヴェは黙り込む。
「貴方が村の人を助けたいのはよくわかります。だけど、冷静さを失ってしまえば、別の人が危険に晒されるだけです」
「無理に従えとは言いません。だけど、これ以上の被害を貴方も出したくないはずだ」
「せめて、今この場にいる人たちのことも考えてあげてください」
考えるようにナーヴェは口を閉ざす。ナーヴェは考えていた。確かに、今ここにいる村人は狩りの経験も森にすら入ったことのない人たちばかりだ。それなのに、自分の物差しで彼らを危険に晒してしまうのだけは避けたい。バアルの言う通りではあるが、認めたくなかった。悔しい。よそ者の人間のくせに、村人たちに気に入られて、自分より狩りの知恵があるバアルにナーヴェは嫉妬していたのだ。
「わかったよ……お前の言う通りにしてやる」
「ただしこれは、お前の言ったことに従ったわけじゃないからな。そこは勘違いするなよ」
「わかってますよ」
二人が睨み合い静寂が流れる。
「お、おい! 誰か来てくれ!」
すると、少し離れた場所で村人が声を上げた。
「どうした!」
声のした方に近寄るとそこには、鮮血を浴びた木の筋があった。乾いているが比較的新しい血の跡だ。
「……これは」
「血だ……ってことはこの近くにいるってことだよな!」
「全員、この周辺を捜索しろ! きっとまだ近くにいるはずだ!」
そうしてしばらく雪道を歩きながら、散策する。雪のせいで足跡はないが、引きずられた痕跡のようなものが雪道になぞられている。獣に捕まってそのまま食い殺されたのかもしれない。そんな最悪な状況を覚悟しながら跡を辿る。
周りの木々がさらに増えてきて、道が入り組んでいる。獣が身を隠すにはうってつけの場所だ。その時、視界の端で赤いシミを流す大きな影をバアルは見つける。
間違いない。人だ。
「いたぞ!」
その声に釣られて、一斉に村人たちが集まる。
「どこだ! どこで見つけた!」
「こっちだ!」
「これは……ひどいな……」
行方不明になっていた村人は木の上に突き刺さっており、所々、骨が折れ曲がり、皮膚を突き破って白い骨盤を覗かせる。
「下ろせるか?」
身体を支えながら、ナーヴェは遺体を引っ張り下す。
「ひでぇ……」
遺体は目も当てられないほど悲惨な状態だった。顔は青白く凍りつき、苦痛に歪んだ表情が一層、恐怖を増幅させる。
「せめて……家族の元に帰そう」
「俺が背負う」
「待ってください」
ナーヴェが遺体に触れようとした時、バアルが止める。
「その遺体は置いていきましょう」
「は……?」
「ここは恐らく獣の棲家です。きっとその遺体は餌か何かなんでしょう。獣は自分の餌をこうやって保存して、後で食べることがある。それを盗られたりでもしたら怒りに身を任せて、村まで襲ってくる可能性もあります」
「だからって……家族の元に帰すこともできずにこのまま諦めることなんてできないだろ」
「お前はこの村の人間じゃないからわからないんだよ。俺たちがどんな生活をしてきたのか……何も知らないくせに、余計な口出しするんじゃねぇ」
その言葉にバアルは何も言えなかった。
「忠告はしましたよ」
返答せずにナーヴェは遺体を背負う。その背中は、小さく、今にも消えてしまいそうだった。




