過去と運命①
朝日が昇る中、バアルは剣の手入れをしていた。野盗との戦いでずいぶんと血を吸ってしまったせいか、中々汚れが落ちない。
「おーい兄ちゃん」
声がして、バアルは振り向く。
「ジェルドさん」
「よっ。朝っぱらから剣の手入れかい?」
「えぇ、血を浴びたままだと錆びてしまうので、こうして水で洗っていたところなんです」
「良い剣だな。ちゃんと手入れもされて、刀身も歪んでない。どこで手に入れたんだい?」
その言葉に、バアルは剣を磨く手を止めた。
「その剣、兄ちゃんの剣じゃないだろ?」
「よくわかりましたね……」
「俺も元傭兵だからな、剣のことなら多少の知識はある。兄ちゃんの剣はシルド王国が特注で作ってる長剣だろ?。鞘の装飾を見ればわかる」
「鋭いですね。伊達に元傭兵を名乗ってるだけはありますね」
「そいつはどうも」
「で、俺に声をかけたのはそれを言うためだけに来たんですか?」
「いや、俺が声をかけたのは、別の要件だ」
「実は、兄ちゃんにひとつ頼みたいことがあるんだよ」
「頼みたいこと?」
「兄ちゃんは狩人だろ?。実は最近、獣に襲われて行方不明になった若い連中がいるんだ。ひとりは獣に襲われたのか下半身を食い破られていて、見つけた時はもうすでに手遅れだったが、もうひとりは、森の中で今も遭難して、生きているかもしれないんだ。そいつの捜索隊に兄ちゃんも参加してくれないかと思ってな」
「俺が?」
「ああ。俺は仕事で参加できないけど、この村には、獣に詳しい狩人がひとりしかいない。だから、頼みたいんだ」
「これは俺のわがままだ。報酬はでないし、行方不明になった奴が生きているのかもわからない」
「だけど、村の連中をこのまま見捨てたくない」
「……頼む」
バアルは考える素振りも見せず答える。
「残念ですけど、俺には人探しの才能はありませんよ。捜索隊の人員が欲しいのなら他の人を頼ってください」
冷淡にバアルは言う。バアルが捜索隊に参加しないのは、もう結果が分かりきっているからだ。この季節で森で遭難すれば常人なら数日で死ぬだろう。獣に襲われていなくとも、冬の寒さは人命すら脅かす。探すだけ無駄なことだ。しかし、それでも、ジェルドは引き下がらなかった。
「そう言わずに……頼む……この通りだ!」
「無理なものは無理です。俺以外にも優秀な狩人はいるはずです。俺なんかに時間を使うより、他の人をあたった方がいいですよ」
「家族がいるんだ!」
ジェルドが叫んで、バアルはその覇気に押される。
「死んだのか死んでないのかもわからない状況で、無事を祈る家族が待ってるんだ!」
「金が欲しいのなら俺が払う。家に住まわせてやった恩だとは言わない。だからどうか……どうか!」
正直、時間の無駄とさえ思う。生きているのかわからないのに、そこまで探す理由はなんだ。バアルも少し考えてみた。正直、生きている保証はゼロに近い。それを理由に断ることは簡単だ。それを理解してでも、ジェルドはバアルに頼もうとしている。血もつながらない他人の為に……。自分と重ねてみて、その言葉の意味がわかった気がする。
「わかりました」
重い口をバアルは開く。
「その人は俺が見つけます」
「ただし……生きている確率は絶望的ですよ。死んでいたとしても、状況によっては遺体をそのまま森に、放置する可能性もあります。損傷が激しく、遺体とも呼べない状態で持ち帰れば、家族もいたたまれないでしょうし。もちろん、遺体が見つからない場合だってある」
「それでも良いのなら参加します」
「ああ……それで充分だ」
バアルの手を硬く握り、ジェルドは何度も礼の言葉を言った。バアルはただジッと、謝礼を言い続けるジェルドの姿を視界に捉えていた。




