ひとりぼっち⑦
家の中は暖かく、暖炉が薄く空間を照らしていた。木製の古い家。所々埃っぽく、年季がありそうな古民家だ。
「狭い家だがゆっくりして行ってくれ。母さん、茶はどこだ?」
「棚に置いてるよ」
二人が準備をしている間、シアーシャとバアルは、机の前に腰掛けた。
「赤ちゃん?」
ミゲルとリーグが、興味ありげにクリフを覗き込む。好奇心で、頬を突いてみせる。
「ぁう」
その指をクリフは掴む。
「可愛い……!」
「可愛い! 可愛い!」
「こら、人様の赤ちゃんをベタベタ触るもんじゃないよ。遊んでないで、アンタたちもお客さんをもてなしな」
「えー……」
「えーじゃない。アンタたちもお兄ちゃんになったんだからしっかりしないと、ニーナに嫌われるよ」
「はーい……」
不服そうな表情を浮かべながら、ミゲルとリーグはクリフの手を解く。
「ほら、この子はアンタに返すよ。乳もいっぱい飲んで、お腹がいっぱいになったんじゃないかな」
「あの……ありがとうございます」
「いいよ、いいよ。気にしなさんな。うちの子も、たくさん乳を飲むけど私の母乳の量が多すぎて、持て余してた所だったんだよ。これも、子供を三人こしらえたおかげかね。ま、なんとかなって良かったよ」
軽い口調で女が言うと、その間にジェルドが割り込む。
「ほら、茶菓子と紅茶だ。遠慮しないで飲んでくれ」
「お菓子! お菓子!」
「こらこら、これはお客さんの分なんだからな。全部食べるなよ」
机には人数分のティーカップが並べられて、机を囲うように全員が座る。
「すみません。わざわざお茶までいただいて」
「いいさいいさ。このくらいの礼はさせてくれよ」
「そういえば家族の自己紹介がまだだったな。こっちはカミさんのディナだ。で、そこのちっちゃい二人がミゲルとリーグ。で、この子が俺たちの末娘、ニーナだ。可愛いだろ?」
「たぶん、兄ちゃんたちの子と同い年だ。騒がしい家族だろうが、仲良くしてやってくれ」
「さ、紅茶も冷めないうちに飲んでくれ。安物だから味は保証できんかもしれんが」
茶葉の香りつられて、バアルとシアーシャも一口、紅茶をすする。
「あ、美味しい……」
ホッと呼吸を下すようにシアーシャの口から言葉が溢れた。
「ぁーあー」
クリフはシアーシャのティーカップに手を伸ばす。まるで、おもちゃを欲しがる子供のように、好奇心に満ちた瞳をしながら。
「ダメだよ、クリフにはまだ紅茶は早いでしょ」
「シアーシャさん。砂糖をひとつもらっても?」
「あ、はい。どうぞ」
そんな光景を眺めていた、ジェルドは不思議そうに二人を見る。
「"さん"って……アンタら夫婦同士なのに、"さん"付けで呼び合ってるのか?」
「あ、いや……その……変……ですかね?」
勢いよく、ジェルドの頭をディナが叩く。
「変じゃないよ。今は夫婦の形も色々あるだろうし、この馬鹿、たまに無神経なことを言うから気にしなくていいからね」
ジェルドの頬をつねりながら、ディナはにこやかに接する。頬をつねられているジェルドは涙目になりながら必死に謝っていた。
「ねぇ! お兄ちゃんたちってどこから来たの!」
「来たの!」
父親が説教されていることを気にせずに、ミゲルとリーグがハツラツとした声色で尋ねる。
「遠いところ?」
「ところ?」
二人は眩い瞳でこちらを見上げ、問い続ける。
「俺は、狩猟の民の生まれだ。ここからだとちょっと遠いな」
「狩猟の民?」
「父ちゃん知ってる?」
「いや、知らないな。名前だけは聞いたことがあるが、それ以外のことはほとんど知られていないらしい。なんでも、他の一族と関わると純血が汚れるってんで、自分たち以外の連中とは交流をしないって噂だ」
「てことは、嬢ちゃんも狩猟の民なのかい?」
「いえ……私は生贄の民の生まれです」
「生贄の民……か。たしか、シルド王国の妃がその一族の女から選ばれるんだよな」
「最近も、一人の若い娘が王国に嫁いだって聞いてたけど、その道中、若い男が護送の最中に襲撃して、それに怒った王様が、村を襲ったって噂だぜ」
「村を……襲った……?」
「その話、本当ですか!?」
机を叩き、シアーシャは勢いよく立ち上がる。
「ああ……まぁ、ただの噂って言う話だけど……なぁ?」
ジェルドはディナに問いかける。
「私が知ってるはずないでしょ」
「そんな……」
シアーシャの脳裏に不安がよぎる。先生は……ジノやテムは無事だろうか。
「……けど、そしたら兄ちゃんたちは何のために旅をしているんだ? 同じ一族でもないのに」
「別に疑ってる訳じゃないんだが、この真冬に子供を連れて旅に出るほどの理由ってなんなんだ? もしかして、兄ちゃんたちは誰かに追われたりしてるのか?」
おそらくジェルドは、バアルたちを逃亡中の罪人か何かだと予想しているのだろう。ここまで怪しまれることはなかったのに……感が鋭いのか、嘘を見抜くのが得意なのか。しかし、今更本当のことを話しても余計に話がややこしくなるだけだ。
「逃げてきたんです」
バアルの言葉が沈黙を破る。
「俺の村はシルド王国の連中に襲われて……村人全員が死んで、生き延びたのは俺とシアーシャとクリフだけでした」
「誰もいない森の中、帰る家を失った俺たちはただ……逃げ延びることしかできなかった。せめてクリフだけでも助けようと、彼女の故郷に帰る方法を探していたんです」
「けど……真冬の森には助けてくれる人もいなくて、このまま死んでしまうかもしれなかった。お金もないし、食糧もない……せめて、家族を守れる場所だけでもあれば……冬を越せる場所さえあればそれで充分なんです」
「無理なお願いだとは承知しています……どうか、お願いします……せめて、一日だけでもここに住まわせてくれないでしょうか」
その言葉に、空気は重くよどんでいった。
せめて、冬が越せる場所が欲しい。これは本当のことだ。例えバアルがいても、シアーシャたちを守りきれる保証はない。居候をさせてくれと、普通に頼んでも受け入れてくれないだろう。またひとつ、バアルは嘘をついた。こうしなきゃいけないんだ。そうしなければ、みんな死んでしまう。自分には守らないといけない人たちがいる。守るべきものの為……例え嘘つきだと呼ばれても良い。守りたいものを守れるのなら悪魔にでもなってやる。
ジェルドとディナは顔を見合わせる。そして、ディナが小さくため息ついて、静かに頷いた。
「わかった。兄ちゃんたちのお願いだ。そんなこと言われちゃあ断れるはずなんてないさ」
「赤ん坊がいるのに、こんな真冬に旅なんてしたらいつ死ぬか分かったもんじゃない。なんといっても兄ちゃんは俺の命の恩人だからな。貸しを返すのが男ってもんだろ。兄ちゃんたちさえ良ければ、好きなだけいてくれれば良いさ」
「本当ですか……! ありがとうございます!」
「ただし、食費や生活費は自分たちでなんとかしてくれよ。もちろん家賃も払ってもらう。タダで住まわせる気はないからな」
「はい! これからお世話になります!」
良かった。本当に良かった。優しい人たちだ。嘘をついて罪悪感がないのかと言われれば何もいえなくなる。けれどこれは仕方のないこと……シアーシャももう何も言わない。こうするしかないんだ……こうするしか……。
人に言えぬことを隠しながら生きていく……それが、今の自分にできる唯一の生き方なんだとバアルはひとり思う。




