ひとりぼっち④
河川敷に六つの人影が見える。どうやら、野盗が馬車の積荷を狙っているらしく、そのすぐ側には野盗の亡骸が三つ、無造作に転がっている。
野盗たちに囲まれている老いた中年の男がやったのだろう。年の功というやつだろうか。野盗たちは、攻めるにも攻めれない状況らしく、こちらには気づいていない。
「ほらほら、どうした! 俺の積荷が欲しかったら殺してみろ! そんなへっぴり腰で俺が殺せると思ってんのか?」
「チッ……ただの年寄りと思っていたが、中々良い腕してやがる」
「兄貴、このまま数で押し切りましょう。コイツも腕が立つとは言えこの歳だ。数で攻めれば勝てますよ」
「ほう……俺に勝てるもんなら勝ってみな! 相手してやるぜ!」
男の声に釣られているその隙を狙って、バアルは、林から奇襲する。
まずひとり、背後から背中を突き刺す。
「――は?」
状況を理解するよりも前に、もうひとり、身体を切り伏せる。
「なんだこいつ!」
野盗の一人がバアルに向けて剣を振りかざす。が、勢いがあまり過ぎている。それでは、胸がガラ空きだ。隙を逃さず、またひとり薙ぎ払う。
「このガキぃ!」
背後を狙っての一撃。力強い一撃だが、速度はない。攻撃を防ぐのは容易だった。
「うぉぉぉぉぉ!」
中年の男が野盗に向かって突撃する。
血飛沫が舞い、皮膚に飛沫する。
「誰だか知らんが……助かった」
「礼は後でいい。まずはここを切り抜けましょう」
「おうよ!」
中年の男が走るのと同時に、バアルも走る。同時の攻撃、相手からすれば、どちらが誰を狙っているのか分からず混乱するだろう。それを狙って、男とバアルは二人同時に、ひとりの野盗を狙う。予期していたとは言え、同時の斬撃、躱すことも受けることもできない。
残るは最後のひとり。だが、最後のひとりは怖気付いたのか、途端に逃げ出した。
「なんだ……戦わないのか。骨のない腰抜けめ」
「もう二度と俺の荷馬車を襲うんじゃねぇぞー」
逃げ惑う野盗に向かって男はそう言葉を残した。
「追いますか?」
「いいさ。ほっといてもどうせ何もできないだろう」
剣を鞘に納めると、男は力強くバアルの背中を叩いた。
「いやーそれにしても助かったぜ。兄ちゃんが来てくれなかったら死んでたかもしれねぇ……ま、あの程度の連中は俺一人でもやれたが……いや、死ぬ気は最初から無かったんだぜ?」
「しかし、よくもまぁ素性のわからない俺を助けてくれるなんて……兄ちゃんは優しいな。その男気、気に入った! ぜひ恩返しさせてくれ!」
「なら、ちょうど良い、この近くにどこか人のいる集落はありませんか?」
「集落か……なら、俺たちの住む村に来るか?。馬車で行けば昼頃には着くと思うんだが」
「本当ですか! ぜひ、お願いします!」
「よっしゃ、決まりだな!」
男はそう言うと、バアルの手を硬く握った。その手はゴツゴツとしているが大きく包み込むような優しい手のひらだった。
「バアルさん! バアルさん!」
森の中から、声がした。
「良かった……無事だったんですね。急に走り出しちゃったから……何かあったのかと思って――」
そう言葉にするよりも前に、浅い呼吸が喉の奥に引き返した。
「――ひ!」
目の前の光景が鮮明に映ると、シアーシャは小さく息を飲み込んだ。そこには人の死体が並び、生ぬるい血の匂いが辺りを包んでいた。
「これは……何が……」
「シアーシャさん……? シアーシャさん!」
固まったシアーシャの身体をバアルが揺らす。
「あ……」
「す、すみません……人の死体を見るの……慣れてなくて」
「あの……一体何が」
「野盗だよ」
男が後ろから言う。
「この所、大人しくしてると思ったが、最近また姿を現せるようになりやがった。ったく、迷惑極まりない連中だぜ」
「と、そんなことより、助けてくれた兄ちゃんには礼をしなきゃだな。俺の馬車に乗りなよ。村まで案内するぜ」
「そっちのお嬢ちゃんは、嫁さんかい?」
「あ、あの……私たちは」
シアーシャとバアルは、顔を見合わせた。
今の状況で本当のことを言うのは気が引ける。互いにそこは理解していた。今の自分たちが、本当のことを言えば、確実に怪しまれる。出会って間もない他人同士がこうして赤ん坊と共に旅をしているなんて、野盗ではないにしろ、人攫いにでも思われてしまうだろう。二人は無言だったが、表情を読んで、頷く。
「ええそうなんです。妻と一緒に旅をしている最中でして、人里を探していた所だったんです」
二人は嘘をついた。だが、ここで本当のことを話して怪しまれるのは避けたい。せっかく人里に行けるチャンスを逃したくない。この近辺には、旅人のふりをして、善良な人を騙す輩が多い。夫婦と演じている野盗もいるほどだ。だが、どうやら怪しまれている様子はない。赤ん坊がいるせいだろうか、そのおかげで夫婦だと言うことに信憑性が出て、男に怪しまれることもないのだろう。夫婦と言う関係であれば、要らぬ心配もない。
「それなら話が早い。さ、乗りな」
男はその嘘を信じていた。そちらの方がこちらも助かる。
シアーシャとバアルは、馬車に乗る。
「飛ばすぞ」
車体に揺られながら、二人は静かに景色を眺めていた。変わることのない鬱蒼として森の中をただ……ひたすらに。




