ひとりぼっち②
炎の音がする。
パチッパチッと、軽い音が聞こえる。
「目が覚めましたか」
目の前には、意識が途切れる前に見た青年が木の陰に腰掛けていた。
「あな……たは?」
身体を起こそうと腕に力を入れる。
「まだ、無理をしないで……身体が冷えているから今は安静にしててください」
身体……そういえば、先程まで感じていた寒さを今は感じない。ふと、自分の身体に視線を移すと、そこには裸の身体に毛皮が数枚、重ねられていた。服は焚き火の前で乾かされている。不思議と恥ずかしさはなかった。裸を見られてもそれは、命を救うために彼がしてくれたことだ。
「あなたが助けてくれたんですか……?」
「ええ……まあ」
「……ありがとうございます。わざわざ助けてくださって」
「お礼を言われるほど大したことはしてませんよ。命が助かって……本当に良かった」
ふと見ると、青年の身体は傷だらけだった。所々、矢傷や切傷が見え血が滲んでいる。大きな弓を持っているようだが、矢は無い。腰には剣を携えているが、傭兵……のようには見えないし、野盗にも見えない。旅人だろうか。青年のことも気になるが、それよりも、あの赤ん坊はどこに……。
「ぁうー」
赤ん坊の声がして、シアーシャの胸が跳ねた。
「どうした? お母さんのところに行きたいのか?」
青年は、赤ん坊を抱き上げて、シアーシャに手渡す。
「ほら、お母さんだよ」
「ぅー」
赤ん坊の顔を見て、シアーシャは安堵の笑みが溢れた。赤ん坊を抱き上げると、赤ん坊はシアーシャの長い髪を手に取りながら静かにもみほぐす。
良かった……本当に良かった……生きていてくれた。
「ぁば」
大粒の涙が、目尻に溜まった。
「んま」
「どうしたの? 心配してくれてるのかな?」
「大丈夫だよ……私は大丈夫だから……」
静かに、囁くようにシアーシャは言う。
「その子は、あなたの子供ですか?」
その言葉にシアーシャは首を横に振る。
「似てないなとは思ってたけど……そうか」
一目でわかるほど赤ん坊とシアーシャは似ていない。生贄の民は白髪に赤眼で雪のように肌が透き通っているが、赤ん坊は黒髪で瑠璃色の瞳をしている。
「で、その子をどうする気なんですか」
「……わかりません」
「………………」
長い沈黙が二人の間に流れる。
「だ」
赤ん坊はシアーシャから離れると慣れていない手つきで、ほふくしてきた。
「おい、こらこら……あんまり俺の身体に触るな……傷が広がるだろ」
「あーう」
赤ん坊はお構いなく青年の身体をよじ登る。不思議な子供だ。おそらくこの近辺の一族の血筋ではないだろう。異国の子か、それとも混血の生まれか。
「私が育てます」
シアーシャが口を開いた。
「私がこの子を育てます……だから……」
「……覚悟はあるんですか?」
「あります……この子の為ならなんだってします」
「私は今年で十八です。子供を育てるには若過ぎると言うことも、子育てが大変なことも充分知ってます……けど、この子をひとりにさせたくないんです」
「家は?」
「私は生贄の民の出身です……故郷に戻れば、安全な家も、家族もいます」
「その道中は?」
「ここがどこなのかわからないし、お金も何も持ってないけど……諸国をまわって旅費を稼ぎます」
「………………」
再び、二人に沈黙が流れる。
「本気……なんですね」
「はい」
「そうか……ここまで言われたら、俺も何も言えないな」
「あなたが本気なのはわかりました……けど、この近くには街なんてないですよ。近くても丸三日はかかる。それでもやるんですか?」
「はい」
「そこで、あの……ひとつ……お願いがあります」
「お願い?」
「……あなたを雇わせてくれませんか?」
「雇う?」
「確かに、道中は危険がたくさんあります。あなたの腕がどれほど立つ方なのかは存じ上げませんが、金銭は必ず払います。死ぬ気で働いて……なんとかお渡しします。だから……私とこの子を守っていただけないでしょうか」
青年はふと、考える。金は欲しい。どうせ自分には帰る家もない。このまま断って、道半ばで二人とも死なれては寝覚めも悪い。この話、悪い話ではない。
「だぁぶ」
それに、赤ん坊の顔を見ていると断るにも断れない。自分もずいぶんと子供には甘いものだな。
「わかりました……その依頼、受けましょう」
「あ、ありがとうございま……」
「ただし」
「報酬は言い値で構いませんね」
「い、言い値ですか……わかりました。言い値でお支払いします」
「報酬は……金貨五十枚……でどうです」
「ご、五十枚!?」
この国の通貨は金貨、銀貨、銅貨に区分される。金貨一枚で一カ月は遊んで暮らせる値段だ。無理難題かもしれないが、彼女は断れないはずだ。女ひとりでこの森を抜けることはまず不可能。知識もない人間が森を歩くとすぐに迷って遭難してしまうだろう。彼女にはバアルを雇う以外の選択肢が無い。その方がこちらとしても助かる。付き合う時間が長ければ長いほど、赤ん坊を任せるに値するか見極めができやすい。もし、この先、この子を守ることができないと判断した時、この子は青年が引き取る。そう言う考えもあってのこの値段だ。
「わ、わかりました……必ずお支払いします」
「なら、俺はもう何も言いませんよ」
バッと、青年がシアーシャに手を伸ばす。
「俺はバアル。これからよろしくお願いします」
「私はシアーシャと言います。よろしくお願いします」
二人は互いに手を握り合う。固く、そして強く。二人の体温は温もりの中に消えて行くのだった。




