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第8話「彼がいない夜は苦い」
彼のいない夜は静かすぎて
心臓の音がうるさい。
スマホを見つめる。
通知は来ない。
画面の黒に映る自分が、惨めだ。
好きな音楽を流しても
全部BGMにしかならない。
主役はいつも彼だけ。
深夜2時。
彼は今、誰の隣で笑っているのだろう。
誰のグラスにキスをさせているのだろう。
想像するだけで
胃の奥がキリキリと痛む。
「会いたい」
その四文字すら怖くて
送れない。
重いと思われるのが嫌。
都合のいい女を失うのが怖い。
どちらも同じくらい苦しい。
冷蔵庫を開けて
飲みかけの缶チューハイを手に取る。
味はとうに抜けて
ただの苦味が舌に残る。
彼に会えば甘くなる夜も
会えないときは欠乏症。
禁断症状は涙に溶ける。
煙草に火をつけて
深く吸い込む。
空気が焦げて肺に染みる。
その一瞬だけ
彼に触れている気がした。
「またすぐ会えるよな…?」
声に出した言葉は
夜の闇に飲まれて消えた。
しびれるほど好きなのに
しびれるほど不安で
眠れないまま朝を迎える。
コーヒーの苦さと共に
わたしは今日も
彼という薬を求めてしまう。




