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第11話「虚ろな夜、埋まらない席」
夜というのは、残酷だ。
日中は忙しさという名の言い訳で誤魔化せる想いが、静けさに暴かれてしまう。
彼とよく通ったバーの前で立ち止まった。看板の光が滲んで見えるのは、夜霧のせいか涙のせいか分からない。店に入る気はなかった。思い出の亡霊たちと向き合う勇気は、まだ手元に足りていない。
あの席。
角の、暗がりの奥。
彼が「ここが落ち着く」と笑っていた場所。
一緒にいた時は当たり前だった距離感が、今は息苦しいほど遠い。
「なんで、いなくなったの」
問いは風に消える。
答えのない質問ほど、刃物みたいに鋭い。
スマホを握る指先が震える。連絡先は残したまま。削除する踏ん切りがつかない。「最終的にどうするか」の判断を、未来の自分に押し付けている。
嫌いになれたら楽なのに。
憎めたら前に進めるのに。
でも、どう足掻いても心が拒む。
あのぬくもりを否定したくない。
なかったことにしたくない。
未練という名の椅子は、空いたまま。
そこに誰を座らせても、彼の影が重なってしまう。
夜が深まるほど、寂しさは増幅される。
だけど、それもいつか和らぐのだろうと信じてみたい。
消えない痛みは、生きていた証。
愛した証。
その痛みすら抱えて、私はまた歩く。




