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オロチノモノガタリ chapt 2


 *トロワとハリネズミ*



 街の片隅の商店の前にその男はいた。痩せ型だが大きい、180センチくらいはあろうか。深緑のマントに同色のフードを目深に被っている。目つきは鋭くその瞳の色も緑?それに類した色だ。その男は少し辺りを見渡す。昼過ぎのこの時間人通りはほとんどなかった。男は妙にぎこちない動きで店の中に入っていく。店の中の店主がすぐ来客に気づいた。五十絡みの海千山千といった感じの口髭を蓄えた店主だ。彼を見た瞬間渋い表情になった…が、すぐ満面の笑みになり、緑の男に向かって話しかける。


『これはこれはジェダ様、よくお越しくださいました』


店主は両手を上げて大仰に男を迎えた。しかし店主の笑みには明らかに強欲の相が出ていた。商店主としては余り優秀ではないようだ。しかし緑の男はその様な店主の表情の変化や機微を気にせず、と言うよりはまるで関心がない様子で話し出す。 


『タノんでいたものはニュウカしている…のか?』


緑の男は動きだけではなく喋る方もぎこちなかった。店主はニヤッっと笑うと店の奥から化粧箱を一つ持ってきた。そのまま店主が箱を開くと緑色の翡翠の粒が十個入っていた。


『ルース(裸石)の状態で十個、一つ3カラットあります。このウィタリでは翡翠は手に入りにくいので今回はこれが精一杯でした。それでもこれらはBランクはあると思いますよ。全部でエウロ金貨50枚ほどでいかがでしょう?』


(ふふふ、二つ三つB級の翡翠はあるが全部でせいぜいエウロ金貨20枚ってとこだろう。…しかし相変わらず不気味で得体が知れない男だ。本来ならもっと吹っ掛けたいところなのだが……)


店主は自分の中で欲と警戒心とを戦わせている様である。そんな店主の様子を気にもとめず緑の男は差し出された翡翠に目をやる。一瞬男の緑色の目が光った様な…


『…ヒンシツよくナイな…』


男が相変わらずぎこちない喋り方で話す。店主は一瞬ギクっとしたが緑の男はそのまま翡翠を見ながら右手を懐に入れる。


じゃらじゃらじゃらじゃら…


男は懐の中で音をさせ直ぐに一握り取り出すと店主の前の机に無造作に置いた。店主の前に積まれた金貨は音を立てて小さな山を作る。店主はそれを手慣れた仕草で数えた。


(…まただ。懐にはまだ大分金貨が入っていそうだが50枚ぴったりだ。5枚10枚なら話も分かるが一瞬で50枚一枚も間違えずに取り出すなんて…)


店主が緑の男を不気味と思っている事の一つだ。こんな事海千山千の商人でも出来るものではない。それにこの男の緑色の目。どうしても人間として見られているような気がしない。…そう、物か何か、小動物、実験動物でも見るような、蔑んだ目ともまた違う…観察されている様な感じがしてならなかった。


『ガーネットならばもっと品質の良いものを取り揃えられるのですが…』


店主はまだたくさん残っているであろう金貨を求めて緑の男に提案する。しかし


『ヒスイだけ、でイイ。ホカはヒツヨウなイ』


男の対応はけんもほろろだ。そのまま化粧箱を懐にしまい込むと挨拶もなく店を出て行く。その男の背中に


『また翡翠の方も探しておきますので是非お寄り下さい』


店主はそう言葉を投げかけた。十分に利益は上げられたはずなのだが手放しで喜ぶ気にはなれない、そんな顔をして店主は緑の男を見送った。


 緑の男は店を出た後そのまま街の裏路地の方に入っていく。心なしか男の動きのぎこちなさがさらに増している様に見える。歩く度に懐の金貨が音を立てる。


じゃら、じゃら


不用心この上ないが男は気を止める様子もない。背は高いが男が一人で裏路地を金貨の音をさせながら歩く…不用心と言うよりは何かを誘っている様にも思える。やがて


『おっさん!そこで止まれ!!』


男が四人、物陰から姿を現した。強盗、と言うよりは街のギャングといった風情だ。まだ四人とも若い。二十歳過ぎくらいだろうか。声をかけた男は腰に長剣を刺している。他の三人はすでに短剣を抜いてこれ見よがしに緑の男に見せつけながら近寄ってくる。


『随分良い音させて裏路地を歩いてるじゃねぇか、よっぽど寄付するのが好きみたいだな。俺達の今晩の飲み代にひとつ、カンパしてくれねぇか?』


冗談を交えて脅しにきているが、まだ経験が浅いのか様になっていない。それでも男が四人刃物を持って迫ってくるのは相手に強烈な恐怖心を与える。…が、緑の男は気に留めるふうでもなくボソッと


『やはりこのオトを、サセているト、エモノがヨッてくるナ…』


そう言って少し目を細めたが、立ち止まっただけで動かない。


『何!?何だって!』


声を掛けたリーダーっぽい若い男は、自分の言葉が自分の期待通りに相手を恐怖させることが出来なかった事に腹を立てた。すぐにカッとなって長剣を抜く。しかし、自分の前にいる三人が


『痛っ!?何だ?』


何かを踏んでしまってびっくりした、と言った動きで足をあげながら一歩退がる。そのあげた足からは細い、とても細い蜘蛛の糸のようなものが何本もぶら下がっていた。リーダーの若い男が不審に思った時には彼の両足からも


『痛っ!』


何か細い針が刺さった様な痛みが走った。激痛と言う程ではないがどうにも不快な痛みが両足から走る。若い男が足元を見ると自分の両足から細い糸が何本も生えていた。そう見えた。その糸は良く見ると薄い緑色をしていて地面にまで届いている。その先は緑の男の方に向かって伸びていた。他の三人の仲間も同様で彼等の足から出ている糸も緑の男の足元まで届いている。


『ぎぃやぁぁぁぁ〜〜〜!!』


最初リーダーの若い男は自分の口から絶叫が放たれた事に気付かなかった。それだけの猛烈な痛みが彼の頭を支配した。足元から神経節を何かが、抉り、絡めながら昇って来る。あまりの激痛に思考する事が出来ない。生理的な反射で両手で足を庇うように体を屈める、…が、足が自分の意思で動かせない。その猛烈な痛みはやがて下半身を超えて胴体の中を昇ってくる。若い男は自分が涙、鼻水、ヨダレだけでなく失禁しているのにも気付けない、それだけ暴力的な痛みだった。

 緑の男はその四人の様子を無表情に見つめていたが


『ヒスイまだまだタりヌ。ザイりょうもタりヌ。しかシごライリンのトキはチかい。ごマンぞくイタダける…か…このママで…』


緑の男は初めて考え込む様な素振りを見せた。表情は変わらないが明らかに懸案事項があると言う仕草だ。

 いつの間にか緑の男の後ろに男が四人並んでいる。四人共表情がなくその目は虚…と言うよりどこにも焦点が合っていない。しかしよろける風もなく整然と緑の男の後ろに並んでいる。表情と相まってその様は余計不気味に感じる。


『このクニでおこッタダイキボまリョクもキニなるシナ……テモたりなイ。ミラはまダこなイノか?』


緑の男が初めて苛立ちのような仕草を見せた。しかし直ぐ思い直したかのように足早に裏路地を歩いて行った。…男四人を従えて。


         *


 ドゥーエは不機嫌だった。機嫌を悪くする原因は数多くあるがまずは目の前にいるミツキと呼ばれているハリネズミ。さっきまでは大忙しでわちゃわちゃ動いていたが、今はご満悦中である。トロワと呼ばれている女子の胸の谷間で。胸の谷間をソファー代わりにして仰向けになって後ろ足を交差させ、腕も組んでいる。まるでカウチに寝そべっているおっさんだ。心なしか顔が赤くなっているような…感じのご満悦である。そうだ、このハリネズミはセクハラネズミと呼ぼう。ドゥーエは心に決めた。

 そのセクハラネズミに話しかけているのは町長のアリゴさん。五十を超えているおじ様だがいつもドゥーエに気遣いしてくれる良いおじ様だ。…が、セクハラネズミの方を見るとき明らかに顔が赤くなる。トロワの胸の谷間に影響されているのは言うまでもない。イラッ。町長のアリゴさんも最初はハリネズミが喋るなんて…と話を信じようとしなかったがドゥーエの様にお尻に雷撃を打たれて飛び上がる羽目に。どうもこのハリネズミ、自身の存在を認めさせるのにこのお尻雷撃(?)を常套手段として使っているらしい。アリゴさんがちょっと可哀想だったが今のだらしない顔を見るとそんな憐憫の感情も吹っ飛んでしまった。

 アリゴさんの横に腰掛けているのがガーディアンの隊長、ロベルト。ブルネット色の癖っ毛を短髪にしているが、後ろ髪だけ長くして束ねている。カッコいい。綺麗に切り揃えられた口髭。カッコいい。太くて意思の強そうな眉毛を寄せて考え込んでいる仕草がカッコいい。まだ二十代の前半でガーディアンの隊長に選ばれた天才剣士だ。ドゥーエと少し歳は離れているが、前から憧れていた。


(…素敵……♡)


ドゥーエは思わず赤くなってテーブルに顔を突っ伏してもごもごする。…が、ロベルトの横にさも当然とばかりに座ったカティと呼ばれた少女が目に入った。座る時にさりげなく服の上のボタンを一つ外したのをドゥーエは見逃さなかった。彼女もトロワ程ではないが魅力的なトランジスタグラマーだ。話にも積極的に加わり、ことあるごとにロベルトの腕に触ったり腕を組んで胸を押し付けたりしている。イライラッ。そもそもまだウィタリでは寒さが残っているのに何でこの二人はこんなに薄着なのだ?フランクから来た冒険者パーティだと言うことだがフランクの人間は露出狂なのか?

 そう言えばもう一人ソフィーと呼ばれた少女がトロワの横に座ったが彼女はロングのスカートにハーフサイズのマント、ドゥーエと同じ魔女らしく円錐形の帽子をかぶっている。魔法を使った後で疲労しているのかうとうと、うつらうつら、している。ソフィー、彼女は露出も少ないし同じ魔女で好感が持てた。やがて彼女はコテン、と机に突っ伏して寝落ちしてしまった。…?、何か姿勢が……胸の、上に身体が乗ってる?巨乳?…爆乳??


ソフィー >> トロワ > カティ >> ドゥーエ ≒ 0


と言う意味はわからないが猛烈に腹が立つ呪文がドゥーエの頭の中に浮かんだ。しかもソフィーの体勢が変わったせいで座っている足の方でもスカートがハラリとずれてホットパンツと綺麗な足が現れた。フロントにスリットが入ったパレオの様なロングスカートだったらしい。


(ソフィー、お前もか〜〜〜〜!!)


ドゥーエは心の中で猛烈に突っ込んだ。…男達がソフィーの巨乳と美脚に気づいていないのが唯一の救いか。


『…ところでその、ハリネズミがドライアゴレムを一体倒したって言うのは…確かにドライアゴレムの残骸は三つあったとの報告もここに居るガーディアンの隊長ロベルトからも聞いたがホントに…その…』


ミツキの雷撃をお尻に受けてからこのハリネズミの扱いを測りかねている町長のアリゴさんが探り探り喋っている。ロベルトの顔を見ながら、言葉を選びながらと話し辛そうだ。その視線で助け舟を求めてると察したのであろう、ロベルトが難しい顔をしたまま話し出す。


『…確かに、ドライアゴレムの残骸は三体あった。この目で見ていなければ信じられないところだ。俺達ガーディアンが三十人掛でやっとドライアゴレム一体倒せるかどうかなのに…それだってこちらは何人やられるか……それが一体は爆散、もう二体は真っ二つに切断されていた。…どんな剣を使えばあんな切り口になるんだか……想像もつかない。それにあの黒髪に黒衣の…少年?このウィタリどころかエウロペ中探したってあんな格好をする奴なんかいない。禁忌中の禁忌だからな。…ジパン帝国を連想させる黒衣は。領主に報告しなければならないし、王宮にも…』


ロベルトはこれまでの人生で経験したことのない混乱の中、苦悩しながら言葉を絞り出す。そのロベルトの仕草をテーブルに顔を伏せながらも横目で見ていたドゥーエは


(…カッコいい)


小さくため息を吐いたが、ロベルトを気遣う風のカティがさらに腕を組みながら胸を押しつけていくのが目に入り、さらに機嫌を悪くしてしまった。


 それまで複雑な顔をしていたトロワがロベルトの言葉を受けるように話し出した。


『アタシ達はフランクでも南部のマルセールの出身なんだ。フランクはここ百年ずっとスカンジナからやってくるドライアゴレムの侵攻を受けていて、首都のパリス防衛のために徴兵がすごくてね。この二人の父親もアタシの兄貴もみんな引っ張られちまって働き盛りの男がほとんどいないんだ。漁業も農業も女達が無理しながらやっている。…なのに突然マルセールで黒死病が大流行しちまって何万人って死者が出ちまった。……もう生まれ故郷のマルセールを捨てるしかなかったんだよ。アタシ達三人は子供の頃から自衛のために戦い方を教えてもらっていたけど今ほどじゃなくてね、野生の猪一頭でも生きるか死ぬかだったのさ。冒険者なんて口ばっかりで実際はその日暮らしで精一杯だったんだ。……そんな時このハリネズミ、ミツキと出会ったんだ…』


         *


『そっち行ったよ!カティ頼むね!』


『待って待って!う〜〜ん、えいっ!あぁ、また外れた!』


『エスピリ エスピリ ァ ノウ ……後何だっけ?』


ダダダッ


『あぁ!また逃げられた〜〜!』


トロワは疲労困憊と言った体で倒れ込む。息を荒く吐きながら目を瞑って額に手を当てた。カティとソフィーの二人もトロワの脇に倒れ込む。


『まぁったく!エウロペの猪は何であんなに足が速いんだ?!』


トロワが悔しさを滲ませながらそう言うと


『あんなに速いと弓なんて当たらないよぅ』


カティは女の子座りでジタバタしている。


『…お腹、空いた…』


ソフィーががっくりした様子でこぼす。


『この前ノロジカを売ったお金も無くなっちゃったしねぇ』


トロワは仰向けのまま薄目を開けたが、中空を見上げながらため息を吐いた。自分達の未来があまりにも見えない、無力感でいっぱいだった。カティとソフィーも同様のようで三人共疲労の中、黙り込んでしまった。そんな中、ソフィーが


『手前の村に居たおじさんが私のおっぱいで肩を揉んでくれたら銀貨一枚くれるって…』


トロワがびっくりした顔で飛び起きる。


『えぇっ!?あのスケベそうなおっさんソフィーにそんな事言ったの?!』


『…うん…お金全然ないし銀貨あったら結構食べ物買えるよね。…おっぱいで肩を揉むくらいだったら…』


『ダメだよっ!!ソフィーにそんな事させられないよっ!あんのクソおやじアタシの見てない隙になんて事を…』


トロワは前の村で見た赤ら顔の田舎臭いスケベおやじの顔を思い出した。どうにもいけ好かないおやじだと思っていたのだ。


(…あんのおやじソフィーをそんな目で見てたなんて、いっそこの剣でピーして金を巻き上げてやろ……)


そこまで考えてトロワは慌てて頭をブンブン振る。


(それじゃあ野盗だよね…それこそこの子達を野盗になんかさせる訳にはいかないよ……。でもどうしたら…)


そこでトロワの思考は止まってしまう。あの地獄のようなマルセールには戻れないし、北のヴォーダンでも未知の獣が現れて人が沢山死んでいると噂になっていた。そもそも北に近づけばドライアゴレムの勢力範囲に入ってしまう。残された唯一の道がウィタリに向けて進む事だった。目的があったわけではない。少しでも生きる希望が残された道を選んだだけだ。自分達で出来るのはせいぜいアルパース山脈の麓で野生のウサギを捕えるか猪…はまだ成功したことがなかった。何せ力強くて動きが速い。牙もかなり危険だ。今回も逃した…と言うよりは助かったと言うのが正解なのかもしれない。

 三人は次の行動の提案が出来ないくらい身も心も疲労していた。しかし、突然


__なんだ!コンニャロ!


トロワは脳をガツンと殴られた様な衝撃を受けた。


『あっ!!何?なにっ!!?』


カティとソフィーはきょとんとしている。


『何?どうしたの?トロワ』


二人とも今の声が聞こえなかったみたいだ。むしろトロワを心配している。


『何って、二人とも聞こえなかったの?!』


カティとソフィーは顔を見合わせて首を捻っている。


__てめ〜ヤマネコのくせに何て事するんだ!!


『あっ!また!!』


トロワは痛む頭をおさえながら二人を見るが二人ともさっぱりだ。やがて


__もうあったまきたっ!!


ビカッ!ドンッッッ!!  『ぎゃんっ!』


バササッ


大きな音がしたかと思ったら物陰からものすごい勢いでヤマネコが飛び出してきた。そのまま一目散に視界から消える。…気のせいか涙目で腰を引きながら走っていた様な…


『『『???』』』


三人共呆気に取られている。少しほけっとしていたが真っ先にトロワが反応する。好奇心と未知の脅威への偵察と。ヤマネコが飛び出してきた木陰の奥は特段荒らされた様な跡はなかった。


『…?』


トロワが警戒しながらも辺りを窺っていると


__あれ?もしかしてオレの言葉が解る?


最初の衝撃からは大分柔らかくなった言葉がトロワに聴こてきた。聴こえてきたと言うより…響いた?辺りに人の気配もないが…。カティとソフィーの二人もトロワに合流する。


『ねえ、やっぱり聞こえるよね?』


トロワは二人に聞いたが二人とも困惑顔だ。


『トロワ、本当に大丈夫?頭強く打ったんじゃない?』


カティが心配そうに聞く。


__おいっ!でっかいお嬢ちゃん、こっちこっち!


むかっ


170センチの高身長をコンプレックスに感じているトロワはカチンときた。さっきまでと違い本気であちこちキョロキョロ索敵する。


『誰だいっ!ふざけた事言っているのは!!とっとと姿をあらわしなっ!』


__そっちじゃないよっ!こっちこっちっ!!


『だから、どこっ?!』


__こっちだよっ!もうっ!!


興奮しているトロワは足元で“ピキッ“と小さい音がしたのに気付けなかった。


ジジッ バシッ!


『あ痛っ!!』


トロワは突然痛みが走ったお尻を抱えて飛び上がった。そのままペタンと正座のような格好でしゃがみ込む。


『イタタタタッ…』


トロワが涙目になってお尻を抑えながら体を縮こませると、目の前に何か居た。


__お嬢ちゃん、俺だよ俺


可愛らしい?ハリネズミが後ろ足だけで立ち、短い手で自分の顔を指差している。


『……??』


__あれっ?わかんねーかな?


ハリネズミは首を傾げると、何かを思いついたようにポンと両手を叩き(ハリネズミが)ステップを踏み出した。ダンス?明らかにダンスだ。つま先でちょこちょこした後両手を開きながらジャンプ。空中で三回転半のスピン。着地してから左足を曲げながら右足を左後方に下げて両手を広げてお辞儀。クラッシックバレエで見たことのある動きである。


『…えっ…?』


トロワは目が点になって固まってしまった。その反応をハリネズミは勘違いしたようで


__まだわかんないかな〜、困ったなぁ…


とため息をこぼした。


       *


ずずっずるっ ずずっずるっ ずずっずるっ


大きな、何かを引きずるような音がする。靄が少し残る小さな川に不釣り合いなほどの大きな帆船が見え、その帆船の進み方が


ずずっずるっ ずずっずるっ


何かぎこちない進み方をしている。帆船は大きい。全長30メートルを超えている。その大きな船が進み、止まり、進み、止まりとぎこちない前進を続けていた。その甲板の舳先には女が一人立っていた。一見するとアラブの女性が着ているヒジャブ(顔以外を隠すスカーフのような布)とアバヤ(ゆったりと全身を隠すように着る服)のようにも見えるが、どちらかと言うとヴェールに近い。紫色のレースでできている薄い布、それに金糸による刺繍がびっしりと入っており、それが風に靡く様は神々しいようだ。目の下も同様のレースで隠されていて僅かに目の周りだけが露出している。

 その目は…金属光沢を思わせるほどの光を放っていた。ギラギラと。


『全く、久方ぶりに連絡を寄越してきたかと思ったらジェダめ、こんな不便なところに来させるなんて、プンプン!』


そう大仰に言った後女性は少し考えて


『ちょっと違うかな?ムカムカ』


また女性は小首を捻った。


『いやいやいや、キーッ!!』


女性はしゃがんで本格的に考え出したが、やがて面倒になったようだ。半目になって前方を見ながら


『私の可愛いクロコディルちゃん♡ちゅっちゅっ♡もう少しだから頑張っておくれ』


すると船尾の方で


ぶぅんぶぅん


空気の震えるような音がした。かなり大きな音だ。


『さて、ジェダほどの者が私を呼び出してまで調べたいものとは…期待しちゃうぞぴょんぴょん♡』


そこでまた女性は首を捻った。


『ちょっと違う…ワクワク?ドキドキ?』


やがてその帆船はモヤの中に消えていった。


        *


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