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第二話 蘇る二つの記憶

遠ざかる意識の中で、金髪の少年の名前を思い出した。


ニール。


そして、糸を手繰るように、「これから起こる過去の出来事」が一気に頭の中に押し寄せてくる。


この舞踏会のあと、私とレイモンド殿下の婚約は早々に破棄される。

婚約から六年間結婚が先延ばしになっていた私とは違い、アリシアは半年後には正式に王太子妃となった。


私はアリシアの希望で彼女の侍女として王宮にあがり、フランクリン公爵家から出られたことに安堵を覚えたが、それもわずかな間だった。


なぜか、王宮の人々がフランクリン家の人々のように私を陰で虐げるようになっていった。

フランクリン家での黒幕はフランクリン公爵夫人と察しがついていたが、王宮では違う。


王太子妃の姉である自分に悪意が向けられ、かつ原因がわからない状況は精神的に堪えた。

が、じきに理由がわかってきた。

私がレイモンド殿下を陰で誘惑し、王太子妃の座を取り戻そうと画策しているという噂が広まっていたのだ。

その噂には当然、私の母の不貞の噂もついて回ることになった。


アリシアの立場を悪くするのではと、侍女をやめたいと申し出たが、アリシアは「根も葉もない噂です」と私が王宮に残ることを望んだ。


それがまさか、私を陥れるためだったなんて微塵も想像していなかった。

それを知ることになるのは、アリシア主催のお茶会でレイモンド殿下が倒れたあと。


私が紅茶に毒を盛った犯人として捕らえられたのだ。

まったく身に覚えのないことだったが、私の部屋からは紅茶から検出されたのと同じ毒物が見つかった。


その毒物を見つけたのは、王宮の中で唯一変わらず私に話しかけてくれていた侍従見習いのニール。


見上げた玉座には国王陛下と王妃陛下、その隣にはレイモンド王太子殿下とアリシアがいた。

私は手を後ろで縛られ、目の前で鋭い剣の刃がクロスしている。

ニールは司法官の横で私に侮蔑の眼差しを向けていた。


「僕は嘘をついていません。ラニア様の部屋から見つけました。

 それに、ラニア様は普段から王太子妃殿下に嫉妬しているようでした。

 王太子妃という座を奪ったと、怒りを露わにすることもありました。

 ラニア様は王太子妃付きの侍女という立場を利用して、紅茶に毒を盛ったんです」


「一時は王太子妃になろうとしていたものが、ここまで落ちるとは」


国王陛下のため息で、私はこの誤解を説くことは無理だろうと悟った。

 

私はニールに対してアリシアの話などしたことはない。

王太子妃になりたいなど思ったこともない。

唯一の友だと信じていたニールの変わりように困惑し、私はかつてフランクリン公爵家でそうしていたように、諦念をもって口を閉じた。


孤独から抜け出せることは一生ないのだ。

それならこの生から抜け出せばいい。


「命をもってこの罪を償います」


私の言葉でわずかでも表情に変化がみられたのは、レイモンド殿下とアリシアだった。


ずっと見ることのなかった、私を気遣うあの眼差し。しかしそれは一瞬で消える。


そして、アリシアに違和感を抱いたのはこの時が初めてだった。

彼女の目が大きく開かれ、消えかかった蝋燭の淡い炎のゆらめきのようなものが、その瞳の中に見えた気がしたのだ。


この時、私はそれを気のせいとして済ませてしまったが――。


そうじゃなかったんだよね。

アリシアには五〇〇年前に封印されたはずの悪魔が憑依していて、この濡れ衣裁判は全部彼女の洗脳による茶番劇だった。


結局ラニアは罪人として断頭台にあげられ、命を失うことになるんだけど、これはまだ物語の序章。


死んだことで、五〇〇年前大魔道士だった前世の記憶と知識が蘇る。気づけば過去に回帰し、ラニアの復讐劇が始まるのだ。


ラニアが回帰するのは、義妹アリシアの社交界デビューとなる王宮舞踏会の日。

休憩室にあるソファーで目覚めると、大魔道士の契約精霊である獅子のデミュチューンいる――。


というのが、令和の日本で社畜として働いていた私、果菜がたまたま読んだライトノベル『虐げられ令嬢は救国の魔女』のストーリーだ。


私の職場は、地方の、そこそこ規模の菓子メーカー。

俗に言うブラック企業だった。

とはいえ、うちの会社よりブラックなとこは山程あるし、せいぜい濃いめのグレー企業。


残業は多いし、休日返上で商品開発室にこもってるのは日常茶飯事。

クソ主任は某食品メーカーと癒着。

有能な同僚ほどあっさり辞めていく。


たいした資格もない私は、行き場所がなくてしがみついていた。

しかしながらプライベート返上で勉強し、ワンルームマンションで城塞を形成しているのは料理本と食材本。


私はその城塞に君臨する、レシピの魔法使い〝カナカナ〟(現実逃避)。


「カナカナは、料理の魔術師なのよ。この魔導書から唯一無二のレシピを生み出す、孤高の魔女なんだからぁ〜」


酔っ払って手に取ったのは、城塞の端からずり落ちていた『禁じられた食材』。

調理法によっては毒にも薬にもなる、危険な食材のレシピ集だ。

その下から、『虐げられ令嬢は救国の魔女』というライトノベルが出てきた。


「おお、なつかしい。有能女子の聖遺物!」


入社後一ヶ月で辞めた高学歴女子が机の中に残していた文庫本。

退職代行業者を通じて送ろうとしたが、「処分して良いそうです」と返事があった。

そして、クソ主任が「ゲテモノレシピ本ばかり読んでないで、たまにはこういうのも読んでみればどうだ?」と私に寄越したのだ。


思えば、『食べられる野草』『世界の珍しい肉』あたりのマイナー本を会社のデスクに置いたあたりから、主任の私を見る目つきが変わった。

もちろん、悪い方に。


でも、もとはと言えば全部職場環境のせいだ。


新商品のアイデアに煮詰まり、残業続きと寝不足と、クソ主任のねちっこい嫌味。

そんな中、『ギリギリ脳汁レシピ』を考える時だけが幸せだった。

禁断の食材を致死量ギリギリまで入れ、究極の味を追求する、まさに魔女のレシピ。


流行りを先取り?

潜在的ニーズの掘り起こし?

ブランド力が勝負の世界で、無名の地方企業が勝てるはずがない。


大ヒットロングセラー?

宝くじ当てる方が簡単だ。


ストレス解消のため『ギリギリ脳汁レシピチャンネル』を始め、そして会社にバレた。

収益化してないから無断副業でもないのに、


「なのに、なんで私が田舎のスーパーに出向なのよ! はっきり辞めて欲しいって言えばいいじゃないっ!」


――まあ、今はAIがあるからねえ。新商品のアイデア出して、ある程度絞り込むくらいは人間じゃなくてもできちゃうからねぇ。


まともにChatGPTも使いこなせないクソ主任が、鼻の穴を膨らませて言った。

デスクの引き出しに忍ばせているシナモンスティックをぶっ刺してやろうかと思ったが、もったいないからやめた。


「辞表よ、辞表。こっちから辞めてやるんだから」


グイッと缶ビールを煽って空にし、立ち上がったら天井が回った。

床に散乱した空き缶で足がもつれ、耐えようとして掴んだのはチェストの上の金魚鉢。


「あっ、出目ちゃん――」


ガランガランと空き缶が床で跳ねて音を鳴らす。

ガシャンとガラスの割れる音、跳ねた水しぶきが私の頬を濡らした。

いや、頬どころか、起き上がれず髪もシャツもベシャベシャに濡れた。


去年の夏祭りで元彼がとってくれた金魚の出目ちゃん。

未練を断ち切るために彼からもらったものは処分したけど、唯一捨てれなかった出目ちゃん。

疲れて帰宅した私を迎えてくれる、私だけのかわいい出目ちゃん。


水に戻してあげなきゃ――と思ったけど、体がピクリとも動かなかった。


あ、これヤバいかも。


視界が暗くなっていく中、生臭い出目ちゃんの尾びれが私の頬を打った。

ビチビチ。ビチビチ。


「起きろ、果菜。ここはどこだ?」


「ううん、誰?」


二日酔いなのか、頭痛がひどい。

薄っすらと瞼を持ち上げると、見慣れた黒い出目金が目の前を泳いでいた。



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