休日デート未遂
事件が解決して、数日が経った。
私が心を込めて焼いたパンは、騎士団の心の渇きを癒した。その小さな出来事は、私の心を「ひらひら……」と舞い上がらせ、この街での私の日常を、温かく豊かなものに変えていった。カフェの日常は、まるで温かい毛布に包まれているかのようだった。
アルベルトは、毎日変わらずカフェを訪れた。彼は、パンを手に取ると、その指が微かに震える。その小さな仕草が、彼にとって、このパンがどれほど心の支えになっているかを物語っていた。それは、私が東京で、孤独に耐えながら、完璧を追い求めていた頃には知らなかった、心の充足感だった。
この温かい日常が、いつまでも続けばいいのに、と私は心から願った。
だが、嵐は、常に静けさの中に潜んでいる。
その日の午後、カフェの閉店後。私が片付けをしていると、ドアが「カラン……」と静かに開いた。入ってきたのは、アルベルトだった。
彼は、いつものカフェでの姿とは違い、その顔には、どこかぎこちない緊張感が漂っていた。彼は、私をまっすぐに見つめ、何かを「語りかけている」かのようだった。
「……明日、休めるか?」
彼の言葉は、普段の無愛想な声とは違い、どこか重く、私の胸を「ずしり……」と押さえつけた。それは、彼にとって、初めての、そして勇気を振り絞った「私的な」誘いだった。
私の心臓は「どくん!」と大きく跳ねた。それは、まるで、彼の言葉が、私の心の鍵を「がちゃり……」と開けるような音だった。
「はい。明日は、お休みをいただいています」
私がそう言うと、彼の顔に、微かな安堵の色が浮かんだ。それは、私だけが知る、彼の「心の光」だった。
「……明日、このカフェの前で、待っている」
彼は、それだけ言うと、静かにカフェを出て行った。彼の背中には、いつもの騎士団長の背中とは違う、どこか頼りない、しかし、温かい人間的な光が宿っていた。
その夜、私は、なかなか寝付けなかった。明日のデートのことばかりが、私の心を「むずむず……」と揺さぶる。私は、普段着ではない、少しだけおしゃれをした服を、何度も何度も広げては、鏡の前で合わせる。
それは、完璧なパティシエとして、完璧な服を選んでいた頃の私ではない。心を込めることを知った、今の私らしい装いだった。
そして、デート当日。
私は、朝から胸が「ぽかぽか……」と温かかった。朝食のパンも、いつもより美味しく感じられる。私は、待ち合わせ場所に向かう。私の足取りは、まるで空を飛んでいるかのようだった。「ふわり……」と心が舞い上がる。
しかし、待ち合わせ場所にアルベルトは現れなかった。
「もしかしたら、彼は、私との約束を忘れてしまったのかもしれない」
私の心臓は、不安に「きゅっ……」と縮こまる。
その時、彼の部下であるレオナルドとライナルトが、私に向かって駆けてきた。彼らの顔は、土埃で汚れ、その瞳には、深い疲労が宿っていた。
「ごめん、心春さん!」
レオナルドが、息を切らしながら言った。
「実は、街の近くで、魔物の大群が目撃されて……。騎士団が、総出で討伐に向かったんだ」
「……」
ライナルトは、無言で、しかし申し訳なさそうな表情で、私を見つめていた。
私の心臓は「ずしり……」と重くなる。
「アルベルトは、心春さんとの約束を果たすために、誰よりも早く、現場に向かったんだ。そして、俺たちに、こう言ったんだ。『絶対に彼女を悲しませるな』って」
レオナルドの言葉は、私の心を「ぽかぽか……」と温める。
私は、デートが中止になったことに落胆するが、すぐにアルベルトの使命を理解する。「彼の『非日常』こそが、私の『日常』を守っているんだ」と、私は改めて認識した。
「ありがとうございます。……彼に、お気をつけて、と伝えてください」
私がそう言うと、レオナルドは、安堵の表情を浮かべ、ライナルトと共に、再び走って行った。
私は、一人、その場で立ち尽くした。
「……気を付けて」
私の心の奥底から、小さな声が聞こえた。
その声は、アルベルトの無愛想な表情を「ぱりん!」と砕き、彼が私に告げた言葉を、より深く、温かいものに変えていった。
夜の帳が降りた魔物の森。
アルベルトは、剣を振るう。その姿は、まるで舞台演劇のよう。彼は、完璧な機械のように、一撃一撃を繰り出す。だが、その瞳の奥には、わずかな焦りが「ゆらゆら……」と揺れていた。
「くそ……」
彼は、舌打ちをした。
彼の脳裏に、心春の笑顔が「ひらひら……」と舞い上がる。その笑顔が、彼の心を「ぽかぽか……」と温め、彼の剣の重みを、優しさに変える。
彼の戦闘は、いつもよりも完璧で、そして、どこか人間的だった。
彼の脳裏では、二つの感情が「がっちゃん……がっちゃん……」とぶつかり合っていた。一つの感情が「ひゅう……」と風を切り、もう一つの感情が「どすん」と重く落ちる。
「心春……」
その不協和音は、静かに「むずむず」と胸を掻きむしり、やがて「ぐつぐつ」と煮え滾る彼女への愛へと姿を変えていった。
その熱が、彼を、完璧な騎士ではなく、ただの「男」に変えていく。
「団長、すげぇ……!」
「ああ。今日は、なんだか、団長の剣が、いつもよりも重い。だが、その分、一撃が、とんでもなく重いんだ」
ライナルトとレオナルドが、息をのむ。彼らの視点から見たアルベルトの戦闘は、まるでスポーツ中継のようにスリリングだった。
討伐は、数時間にも及んだ。
そして、夜遅く、疲れ果てたアルベルトが、カフェの前に立っていた。
カフェのドアが「カラン……」と鳴り、心春が顔を出す。
「……おかえりなさい」
その言葉は、彼の心を「ぽかぽか……」と温めた。彼は、無言でカフェに入る。彼の甲冑は「がちゃがちゃ……」と音を立てる。
私は、彼のために、温かいコーヒーを淹れた。
彼は、それを一口飲むと、静かに、そして、はっきりとそう言った。
「……」
彼は、言葉を発さなかった。
だが、その瞳の奥には、心春の存在への深い安堵が「じわり……」と広がっていた。
私は、彼の無愛想な表情の奥にある、深い愛情を感じた。
それは、ただの恋心ではなかった。それは、言葉や形ではなく、「存在」そのものが、相手にとっての「心の安息」になっている、という二人の新しい関係性の始まりだった。
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この小説は、単なる恋愛ではなく 文芸、ファンタジー、スローライフ、グルメなど多岐にわたるジャンルを詰め込みました。その為、色々な方に楽しんでもらえると思っています。
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