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騎士団長からの依頼で事件調査

 ライバル店「至高の王都カフェ」がオープンして、一週間が経った。


 私が心を込めて焼いたパンは、騎士団の心の渇きを癒した。その小さな出来事は、私の心を「ひらひら……」と舞い上がらせ、この街での私の日常を、温かく豊かなものに変えていった。カフェの日常は、まるで温かい毛布に包まれているかのようだった。


 向かいの「至高の王都カフェ」は、その煌びやかな外観とは裏腹に、客足が伸び悩んでいた。客が数名、物珍しそうに入っていくが、すぐに「すたすた……」と出てくる。だが、その静けさの中に、私は、どこか不気味な違和感を覚えた。それは、嵐の前の静けさのように、私の心を「ひりひり……」と刺激した。


 アルベルトは、毎日変わらずカフェを訪れた。彼は、パンを手に取ると、その指が微かに震える。その小さな仕草が、彼にとって、このパンがどれほど心の支えになっているかを物語っていた。それは、私が東京で、孤独に耐えながら、完璧を追い求めていた頃には知らなかった、心の充足感だった。


 この温かい日常が、いつまでも続けばいいのに、と私は心から願った。

 だが、嵐は、常に静けさの中に潜んでいる。

 その日の午後、店主が留守の間に、カフェのドアが「カラン……」と静かに開いた。


 入ってきたのは、アルベルトだった。彼は、いつものカフェでの姿とは違い、その顔には、深い緊張感が漂っていた。彼の瞳は、私をまっすぐに見つめ、何かを「語りかけている」かのようだった。


 私は、彼の顔から、事の深刻さを察した。

 「……どうされましたか?」

 私がそう尋ねると、彼は、私の向かいの席に座り、無言で、私に一枚の報告書を差し出した。それは、騎士団の紋章が刻まれた、公式の書類だった。


 「……街で、不可解な事件が起きている」

 彼の声は、普段の無愛想な声とは違い、どこか重く、私の胸を「ずしり……」と押さえつけた。

 報告書には、こう書かれていた。「至高の王都カフェ」でパンやスイーツを食べた客が、謎の高熱や幻覚に苦しんでいる、と。騎士団の魔法医が検査したが、毒物反応は検出されず、原因は不明だった。


 「我々には、この事件の原因が分からない。だが……君なら、分かるかもしれない」

 アルベルトの言葉に、私の心臓が「どくん!」と大きく跳ねた。それは、まるで、彼の言葉が、私の心の鍵を「がちゃり……」と開けるような音だった。


 私の脳裏に、過去の光景が走馬灯のように流れ出した。


 ---

 私は、東京の久留米市で、誰もが羨むような一流のパティシエだった。私の作るスイーツは、まるで芸術品のように完璧で、全てが計算し尽くされていた。一つの失敗も許されない。素材のグラム単位の調整、焼き時間の一秒のずれも許さない。


 私は、完璧を追い求めて、日々を過ごしていた。

 だが、その完璧は、私を、心を「きりきり……」と削り、やがて、私の心を「からから……」と乾かしていった。


 あの日の光景が、私の脳裏に蘇る。

 私が手がけた新作スイーツが、メディアで絶賛される。だが、それは、私の魂を込めた作品ではなかった。ただの、完璧な「作品」。その完璧さが、私を、心を「ちりちく」と痛ませた。


 完璧な私を捨てて、私は、この異世界に転生した。

 だが、今、アルベルトは、私の持つ「完璧さ」という、過去の遺物を求めている。


 私は、この「完璧さ」を、誰かを救うために使うことができるのだろうか?

 私の心の中で、二つの感情が「がっちゃん……がっちゃん……」とぶつかり合った。一つの感情が「ひゅう……」と風を切り、もう一つの感情が「どすん」と重く落ちる。その不協和音は、静かに「むずむず」と胸を掻きむしり、やがて「ぐつぐつ」と煮え滾るような決意へと姿を変えていった。


 「わかりました。私に、お手伝いさせてください」

 私がそう言うと、アルベルトの顔に、微かな安堵の色が浮かんだ。それは、私だけが知る、彼の「心の光」だった。


 ---

 私は、アルベルトと共に、「至高の王都カフェ」の前に立っていた。

 二人は、客として店に入った。内装は、やはり完璧だった。大理石のカウンターは、完璧なまでに磨き上げられ、並べられたスイーツは、まるで美術館に展示されているかのよう。


 だが、私の心は、その「完璧さ」を、まるで「完璧なプラスチック」のように、冷たく、無機質に感じていた。


 「ようこそ、いらっしゃいました」

 王都から来た貴族、エリザベートが、私たちを出迎えた。彼女の笑顔は完璧で、一切の隙がなかった。だが、その瞳の奥には、何かを「探している」かのような、鋭い光が宿っていた。

 彼女の視点が、私の脳裏に流れ込んでくる。


 ---

 エリザベートは、王都で社交界の「完璧な姫」として振る舞っていた。彼女は、完璧な笑顔を浮かべ、完璧な言葉を話すことを、幼い頃から訓練されてきた。


 だが、彼女の故郷で、ある悲劇が起きた。

 村を襲った魔獣の群れ。その時、彼女は、完璧な「魔法」を放つことができなかった。


 「貴様の『完璧』は、なんの役にも立たない」

 そう罵られた言葉が、彼女の心を「ちくちく……」と刺した。


 「完璧な私」を拒絶した世界への、彼女なりの復讐。それが、この辺境の街で、完璧なカフェを作り上げる、という行為だった。


 ---

 私たちは、テーブルに座り、コーヒーとスイーツを注文した。

 「お二人でいらしたのね。まさか、辺境の騎士団長が、田舎の娘とご一緒にいらっしゃるとは」

 エリザベートは、優雅な笑顔を浮かべながら、私を「じろり……」と見つめた。その瞳は、私を「品定め」しているかのようだった。


 私は、その言葉に、少しだけ心を「ちくちく」と痛めた。

 だが、アルベルトは、彼女の言葉に動じることなく、私をまっすぐに見つめ、「……気にするな」と、ぽつりと呟いた。彼の言葉は、私の心を「ぽかぽか……」と温める。


 運ばれてきたスイーツを、私は一口食べた。

 その瞬間、私の脳裏に、五感を駆使した映像が、まるで「映画」のように、一瞬で流れ出した。


 甘い香りの奥に、「ちくちく……」と舌を刺すような、わずかな違和感。それは、この世界には存在しない、東京の化学物質の匂いだった。それは、かつて私が、完璧なスイーツを作るために、研究し尽くした「味覚増強剤」。


 その物質は、この世界の魔力と化学反応を起こし、過剰摂取すると毒になる、ということが、私の脳裏に「ぱっ!」とひらめいた。



 私は、アルベルトをまっすぐに見つめ、こっそりと耳打ちした。


 「このスイーツには、この世界にはない、毒になる成分が過剰に入っています」

 私の言葉に、アルベルトの瞳が、驚きと、そして確信に満ちた光を宿した。


 彼は、立ち上がると、エリザベートをまっすぐに見つめ、静かに、そしてはっきりと告げた。

 「この店のパンは、全て回収する。君の完璧なスイーツは、この街の人々の命を危険に晒した」

 アルベルトの言葉に、エリザベートの顔から、完璧な笑顔が「ぱりん!」と音を立てて砕け散った。


 「な、何を言っているの!? 私のスイーツは、完璧よ!」

 彼女は、激昂して叫んだ。

 「完璧、ね。……その完璧は、誰かを傷つけるために、存在するのか?」


 アルベルトは、私を一瞥し、そう言った。彼の瞳は、私に、そして、過去の自分自身に語りかけているようだった。


 事件は解決した。

 エリザベートは、最後まで、自分の「完璧」なスイーツが、なぜ人々の心を温めることができないのか、理解できなかった。彼女は、王都へと去っていった。


 私は、過去に追い求めた「完璧」が、誰かを傷つける可能性を秘めていることを知った。一方で、アルベルトは、心春という「日常」が、自分の「非日常」の戦いを支えてくれる、かけがえのない存在であると再認識する。


 「……君のパンは、完璧じゃない。だが、心がこもっている」

 カフェに戻り、彼がそう言った。その言葉は、私の心を「ぽかぽか……」と温め、私の「あなたと、このカフェを守りたい」という願いを、より強く、確かなものに変えた。


 それは、ただの恋心ではなかった。それは、完璧を求めた過去の私と、過去の私を否定しない、新しい私を、彼が愛してくれている、という、心の安息だった。



お読み頂きありがとうございます。

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この小説は、単なる恋愛ではなく 文芸、ファンタジー、スローライフ、グルメなど多岐にわたるジャンルを詰め込みました。その為、色々な方に楽しんでもらえると思っています。


どうか、宜しくお願いします。

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