初めての特別任務に同行
私が心を込めて焼いたパンは、アルベルトの凍りついた心を「ちりちり」と溶かし、この辺境の街での私の日常を、温かく豊かなものに変えていった。
「心春さんのパン、食べると、心がほぐれるんだよな」
「ああ、わかる! なんだか、故郷を思い出すんだ」
カフェに響く、人々の笑い声。「心春のパン」は、いつしかこの街の新しい名物となり、私の心を「ぽかぽか……」と温める。アルベルトは、毎日変わらずカフェを訪れた。彼は、パンを手に取ると、その指が微かに震える。その小さな仕草が、彼にとって、このパンがどれほど心の支えになっているかを物語っていた。それは、私が東京で、孤独に耐えながら、完璧を追い求めていた頃には知らなかった、心の充足感だった。
この温かい日常が、いつまでも続けばいいのに、と私は心から願った。
だが、嵐は、常に静けさの中に潜んでいる。
その日の午後、カフェのドアが「ばたん!」と大きな音を立てて開いた。入ってきたのは、アルベルトの部下であるレオナルドとライナルトだった。彼らの顔は、土埃で汚れ、その瞳には、深い疲労と焦りが宿っていた。
「心春さん、お願いだ!」
レオナルドが、息を切らしながら言った。
「今、遠征隊が魔獣の森の奥で孤立している。食料が尽きかけてて……このままだと、みんなの心が折れてしまう!」
ライナルトは、無言で、しかし切実な視線を私に向けた。その瞳は、まるで、砂漠で水を求める旅人のようだった。
「我々の力だけでは、全員を救うことはできない……」
その言葉は、私の心を「ずしり……」と重くした。
その時、カフェのドアが、再び静かに開いた。
「カラン……」
アルベルトが、そこに立っていた。彼は、いつも通りの無表情で、私をまっすぐに見つめる。彼の瞳は、私に言葉ではなく、行動で助けを求めていた。
私は、彼の瞳の奥に、深い孤独と、彼が背負う使命の重さを見た。それは、私が東京で、プロジェクトの失敗を一人で背負ったあの時の、私自身の瞳と酷似していた。
私の「静かに暮らしたい」という願いは、彼の瞳によって、粉々に砕け散った。そして、代わりに、「あなたと共に、あなたの使命を支えたい」という、新しい感情が「ぐつぐつ……」と煮えたぎるように湧き上がった。
私は、覚悟を決めた。
「はい、私にできることなら」
私の言葉に、アルベルトの瞳が微かに揺れた。
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私は、アルベルトと騎士団に護衛されて、魔物の森へと向かっていた。
道中、森の風景は、私が知っている、穏やかな辺境の景色とは、全く違った。
足元には、朽ちた木々が「ごつごつ……」と転がり、空からは、湿った空気が「もわん……」と立ち込める。遠くからは、魔獣の咆哮が「うぉーん!」と聞こえてくる。普段のカフェの、焼きたてパンの甘い香りはどこにもなかった。代わりに、土と、血の匂いが、鼻を「むんむん」と刺激する。
アルベルトは、私の前に立ち、巨大な盾のように、私を守ってくれた。彼の甲冑が「がちゃがちゃ……」と擦れる音、剣が鞘に「かちり」と収まる音。それは、私を安心させる、彼だけの音楽だった。
彼の背中を見つめるたび、私は、彼の心の奥に眠る、深い孤独を感じた。彼は、この街を守るために、どれほどの孤独な戦いを続けてきたのだろう。
「大丈夫……大丈夫だよ」
五年前に、故郷の村を魔獣の襲撃から守ることができなかった、あの日の絶望が、私の脳裏に蘇る。私は、大切な人を失い、心を「ひゅー……」と音を立てて冷やした。
だが、今は違う。
私の隣には、心を「とろり……」と溶かしてくれる温かい人がいる。そして、私の使命は、彼と共に、この街を守ることだ。
野営地に到着すると、騎士たちは疲れ果てて、地面に「どさり」と座り込んでいた。彼らの瞳は、絶望に満ちていた。
私は、パンを焼き始めた。生地を叩く音が「ぽすん、ぽすん……」と優しく響く。その音は、彼らの心に、まるで故郷の温かい音を届けるかのようだった。
焼きたてのパンの甘い香りが、暗く重い空気を「ふわり」と塗り替えていく。騎士たちは、その香りに、顔を上げた。彼らの瞳に、希望の光が灯る。
「うわ……心春さんのパンだ!」
レオナルドが、歓喜の声を上げた。騎士たちは、パンを手に取ると、その温かさに、涙を流した。
それは、単なる食料ではなかった。それは、彼らの心の渇きを癒す、希望のパンだった。
その瞬間、私は、自分の使命が、このカフェでコーヒーとパンを売ることだけではないのだと、心から理解した。
その夜、嵐は、静かに、しかし確実にやってきた。
魔物の群れが、野営地を襲撃した。警報の鐘が「がん!がん!」と鳴り響き、騎士たちの叫び声が夜空に「ひゅー……」と吸い込まれていく。
私は、恐怖に「がたがた……」と震えながらも、アルベルトの戦闘を見つめた。
彼は「嵐」そのものだった。巨大な剣が空を切り裂く「ざっ!」という音、魔物の悲鳴が「きゅー……」と響く。彼は、完璧な、そして無慈悲な舞台役者のようだった。彼の戦闘は、まるで、一本のドキュメンタリー映画のよう。私は、その圧倒的な「強さ」に、心を奪われた。
「彼は、この戦場で、私と同じように、誰かを守るために戦っているんだ」
私は、彼の戦闘を見つめながら、そう思った。彼の無愛想な仮面の下に隠された、深い愛と、使命感。それは、私の心を「どくん!」と大きく揺さぶった。
戦闘が終わり、静寂が戻った。辺りには、魔物の血の匂いが「もわん……」と立ち込めている。
アルベルトが、私の前に静かに立った。彼の瞳は、私をまっすぐに見つめている。
「……無事か」
彼は、ぽつりと、しかし、はっきりとそう言った。その声には、安堵と、温かさが含まれていた。
私は、彼の瞳の奥に、彼の心を「とろり……」と溶かすことができる、一縷の希望を見た。
私の「静かに暮らしたい」という願いは、彼という「非日常」に触れることで、もはや「あなたと共に生きていきたい」という、より強い願いへと「とろり……」と溶け出した。それは、ただの恋心ではなかった。それは、まるで、同じ傷を抱えた者同士が、互いの傷を癒し合うような、新しい物語の始まりだった。
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この小説は、単なる恋愛ではなく 文芸、ファンタジー、スローライフ、グルメなど多岐にわたるジャンルを詰め込みました。その為、色々な方に楽しんでもらえると思っています。
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