騎士団長の意外な一面を知る
私が心を込めて焼いたパンは、アルベルトの心をほんの少しだけ溶かした。その小さな出来事は、私の心を「ひらひら……」と舞い上がらせ、カフェでの日々を、より温かいものに変えていった。
あれから、騎士団長は毎日、パンを一つ追加で頼むようになった。彼は、相変わらず無言で、表情を変えることもない。だが、そのパンを手に取ったとき、彼の指が微かに震えるのを、私は見逃さなかった。それは、彼の心の奥底に眠る、小さな感情の震え。私は、それが嬉しくて、彼の好みに合わせたパンを毎日焼くようになった。
私が焼くパンは、いつしか「心春のパン」として、街の人々にも評判になった。
「心春さんのパン、食べると、心がほぐれるんだよな」
「ああ、私も! なんだか、温かい気持ちになるんだ」
そんな声が、店内で「わいわい……」と飛び交う。私は、その声を聞くたび、心の奥が「ぽかぽか……」と温かくなるのを感じた。
私が焼くパンは、完璧ではない。形は少し不揃いで、焼き色も均一ではないかもしれない。だが、このパンには、私の「誰かの心を温めたい」という願いが込められている。そして、その願いが、誰かに届いている。その事実に、私は、東京で完璧を追い求めて心を「がんがん」と削っていた頃の私にはなかった、心の充足感を得ていた。
そんなある日の午後、私は、店主から頼まれた買い出しのため、市場へ向かっていた。
市場は、活気に満ち溢れていた。色とりどりの野菜や果物が並び、人々の話し声や笑い声が「がやがや……」と響く。私は、新鮮なハーブを手に取り、その香りを「くんくん」と嗅いだ。その香りは、私が東京で、パソコンと向き合っていた頃には知らなかった、この世界の生命の匂いだった。
私は、店主から頼まれたハーブを買い、目的の店を出ようとした、その時だった。
「うわー、団長って、すごい!」
子どもたちの声が、耳に飛び込んできた。
私は、声がした方を向いた。
そこにいたのは、騎士団長・アルベルトだった。
彼は、甲冑を身につけ、背には巨大な剣を背負ったまま、子どもたちに囲まれていた。彼は、無愛想な表情を崩さず、子どもたちの質問に真剣に答えている。
「団長、その剣って、魔獣を倒したんだよね?」
「その傷は、どうやってついたの?」
子どもたちの無邪気な質問に、彼は、普段のカフェでの姿とは全く違う、温かい目で答えていた。
「ああ、これは……」
彼の口元に、微かな笑みが浮かんだ。その笑みは、まるで、凍りついた湖に、春の光が差し込んだかのようだった。
彼の周りの子どもたちは、「ひゃー!」と歓声を上げ、彼の甲冑を「ぺたぺた……」と触っている。彼は、普段は決して近寄らせないはずの、他人との物理的な距離を、ここでは許していた。
その光景に、私の心は「どくん!」と大きく揺れた。
彼の「無愛想」は、ただの人間嫌いではなかった。それは、彼が「守るべきもの」を守るための、防具だったのだと、私には分かった。
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アルベルトは、子どもたちに囲まれていた。
彼らは、私が倒した魔獣や、私の甲冑の傷に興味津々だった。彼らの無邪気な瞳を見つめるたび、私の心臓が「とくん……とくん……」と、弱々しい音を立てる。それは、私が故郷の村で、剣の稽古をしていた頃の、あの音だった。
私は、故郷の村を、魔獣の襲撃から守るために、騎士団に入った。だが、私は、大切な人々を、守ることができなかった。
あの日の光景が、私の脳裏に蘇る。
魔獣の群れが、村を襲う。私は、必死に剣を振るった。だが、間に合わなかった。家族を、友人を、そして、愛しい人を、私は守ることができなかった。
「大丈夫……大丈夫だよ」
彼女は、私の手を握りながら、そう言った。彼女の温かい手が、私の心を「とろり……」と溶かしていく。だが、その手は、やがて冷たくなった。
私は、その時、私の心が「ひゅー……」と音を立てて冷たくなったのを感じた。それは、私の中にあった、温かいものが全て、一瞬で凍りついた瞬間だった。私は、二度と、誰かを失いたくないと願った。その願いが、私を「無愛想」という仮面を被らせ、私を「冷血の騎士団長」に変えた。
私は、子どもたちを守るために、剣を振るう。
彼らの笑顔が、私の心を「ちりちり……」と温める。それは、カフェのパンと同じ、温かさ。
その温かさが、私の心を溶かしてくれるのではないかという、一縷の希望。
だが、同時に、その温かさを失うことへの恐怖が、「ぎゅー……」と私の心臓を締め付ける。
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私は、勇気を出して、アルベルトに近づいた。
「あの……」
私が声をかけると、子どもたちが「あ、カフェのお姉さんだ!」と歓声を上げた。
アルベルトは、私に気づくと、表情をいつもの無愛想なものに戻した。
「こんにちは……」
私がそう言うと、彼は「……」と、無言で頷いた。
私は、勇気を振り絞って、言葉を続けた。
「あの、騎士団長さんのことを、街の人たちはみんな、すごく感謝しているんですよ。騎士団長さんがいるから、安心して暮らせるって」
私の言葉に、彼の瞳が、微かに揺れた。
「それに、今日は、子どもたちに、優しく接しているのを見て……」
私がそう言うと、彼の瞳は、私をまっすぐに、そして、深く見つめた。
「……俺は、守るべきものを、守るために、ここにいる」
彼は、ぽつりとそう言った。その声は、普段の無愛想な声とは違い、どこか寂しげだった。
「私も、そうですよ」
私がそう言うと、彼は首を傾げた。
「私も、私の大切な人たちを、守るために、このカフェにいるんです。美味しいコーヒーを淹れて、温かいパンを焼く。それが、私の使命なんです」
私の言葉に、彼の瞳の奥に、ほんの少しだけ、光が灯った。それは、凍りついた湖の表面に、春の光が反射したかのようだった。
私の「あなたを癒したい」という願いは、彼という「非日常」に触れることで、より強く、そして、確かなものになっていった。それは、ただの恋心ではなかった。それは、まるで、同じ傷を抱えた者同士が、互いの傷を癒し合うような、そんな、新しい物語の始まりだった。
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この小説は、単なる恋愛ではなく 文芸、ファンタジー、スローライフ、グルメなど多岐にわたるジャンルを詰め込みました。その為、色々な方に楽しんでもらえると思っています。
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