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同僚たちとの関係構築

 カフェの床に広がる、焦げ付いたパン生地の跡。昨日の大失敗が、まだ私の心に「きりきり……」と針を刺している。その焦げ付いた匂いが、鼻の奥に「むんむん」と残っていて、まるで、東京でプロジェクトを失敗させたあの日の、言いようのない罪悪感が、この異世界にまで追いかけてきたようだった。


 「心春さん、大丈夫じゃよ」


 店主は、床を掃きながら、私の頭を優しく撫でた。彼の温かい手が、私の心を「ふわり」と包み込む。


 「わしも、若い頃は失敗ばかりでな。でも、失敗は次に繋がる。焦げ付いたパンは、次に焼くパンの、大事なヒントになるんじゃ」


 私は、彼の言葉に、何も言えなかった。ただ、涙が目の奥で「じわり」と熱くなるのを感じた。


 「それに……」


 店主は、私の瞳をまっすぐに見つめた。彼の澄んだ瞳は、まるで深い森の湖のようだった。


 「あんたの淹れるコーヒーは、誰かの心を温める力がある。それは、わしにはない、あんただけの力じゃ。わしは、その光を見たから、あんたを雇ったんじゃよ」


 彼の言葉に、私は、東京で心の奥底から「ちりん……」と砕け散った、あのガラス玉の音が、再び「かちり」と、形を取り戻していくのを感じた。それは、完璧な成果を求めていた頃の、無機質な私にはなかった、心の温かさだった。


 その日から、私は変わった。


 アルベルトがカフェを訪れる日々は、変わらない。いつも通り、無言でカウンターに座り、コーヒーを一口飲むと、静かに去っていく。彼の瞳は、依然として、凍りついた湖のままだった。だが、私の心は、もう彼の冷たさに怯えなかった。


 私は、彼を観察し続けた。彼の甲冑の傷、剣の鞘の摩耗。それは、彼の「仕事」が、私には想像もつかないほど過酷なものであることを物語っていた。彼の瞳の奥に、深い疲労が宿っていることを、私は知っている。


 私は、彼に尋ねたかった。


 「どうして、毎日、このカフェに来るんですか?」

 「あなたの心は、何にそんなに疲れているんですか?」


 だが、言葉は、喉の奥で「ごくん……」と、重い石のように沈んでいった。


 そんなある日の午後、カフェのドアが再び開いた。


 カラン、と。


 入ってきたのは、見慣れない二人の騎士だった。一人は背が高く、明るい笑顔を浮かべている。もう一人は小柄で、物静かな雰囲気だ。彼らは、アルベルトと同じ騎士団の紋章を身につけていた。


 「いらっしゃいませ!」


 私がそう言うと、背の高い騎士が「こんにちは!」と朗らかに笑った。


 「いやー、噂はかねがね! 団長が毎日通うカフェがあると聞いて、いてもたってもいられなくてな!」


 彼は、大きな声でそう言って、カウンターに座った。彼の隣に座った小柄な騎士は、無言で頷いた。


 「噂?」


 私が首を傾げると、背の高い騎士は笑った。


 「俺はレオナルド! こいつはライナルトだ。団長には、いつも世話になってる」


 彼は、ライナルトの肩を叩いた。ライナルトは、小さく「……ライナルトです」と呟いた。


 私は、二人にコーヒーを淹れた。ミルクと砂糖をたっぷりと入れた、甘いコーヒー。


 レオナルドは一口飲むと、目を丸くした。


 「うわ、うまい! こんなに甘くて、心があったまるコーヒー、初めてだ!」


 ライナルトは、無言で頷き、微笑んだ。彼の微笑みは、まるで、凍りついた湖に、小さな氷の花が咲いたかのようだった。


 その光景を、レオナルドは静かに見つめていた。アルベルトがこのカフェに通う理由。それは、この温かいコーヒーが、彼の「心の鎧」を溶かす唯一の方法だからだと、レオナルドは知っていた。


 「団長が毎日、ここに通う理由が分かったぜ。団長はな、口下手なだけで、本当は誰よりも部下想いなんだ。俺たちが怪我をすると、自分のことのように心を痛めてくれる。そして、俺たちの代わりに、魔獣の群れに一人で立ち向かうんだ」


 レオナルドの言葉に、私の心臓は「どきん!」と音を立てた。


 彼の「無愛想」は、ただの人間嫌いではなかった。それは、彼が背負う責任と、孤独の重さだったのだと、私には分かった。


 レオナルドは、心の中で、過去の戦場を思い出す。それは、まるで「ドキュメンタリー映画」のワンシーンのように、彼の脳裏に焼き付いていた。




 感情を排除した「完璧」な作戦。王都の貴族が練り上げたその作戦は、無駄な動きを一切排除し、最短の時間で敵を殲滅することを目的としていた。だが、その作戦は、戦場で予期せぬ事態が起こる可能性を考慮していなかった。


 ある時、仲間の一人が、敵の奇襲攻撃によって孤立した。助けるためには、作戦を無視して動く必要があった。だが、アルベルトは、上官からの「作戦を遵守せよ」という命令に従った。その結果、仲間は目の前で命を落とした。


 その瞬間、アルベルトの心に「ごつん」と重い音がした。それは、王都の貴族の言葉が、彼の心を「がっちゃん…がっちゃん…」と音を立てる歯車のように変えていく音だった。感情を殺した彼は、「仲間を助けたい」という衝動と、「命令を遵守せよ」という理性の間で、静かに葛藤した。その不協和音は、静かに「むずむず」と胸を掻きむしり、やがて「どきどき……」と高鳴る心臓の鼓動へと姿を変えていった。




 「団長は、いつも俺たちの盾になってくれる。だから、俺たちは団長に……」


 ライナルトが、小さな声で言った。


 「……笑顔になってほしいんだ」


 私は、二人の言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。


 その日の夜、私は、店主の許可を得て、カフェの厨房にこもった。


 パン生地を「ぽすん、ぽすん……」と、優しく、そして丁寧に叩く。その音は、まるで、私の心の中で、過去のトラウマという名の鎖が「がちゃり……」と外れていくような、そんな音だった。


 私は、完璧なパンを焼こうとは思わなかった。ただ、アルベルトの心が「とろり……」と溶けるような、温かいパンを焼きたかった。


 私の脳裏に、東京での記憶が蘇る。


 あの頃の私は、プレゼン資料の一つの誤字も許さなかった。完璧を求め、自分自身を追い込み、心を「がんがん」と削っていった。結果、私は、心が砂漠になった。


 だが、今は違う。


 私が焼くパンは、形が少し不揃いで、焼き色も均一ではないかもしれない。でも、このパンには、私の「あなたを癒したい」という願いが込められている。


 次の日の午前十一時。


 カラン、とドアの鐘が鳴る。


 いつものように、アルベルトがやってきた。彼は、カウンターに座ると、無言で私を見つめた。


 私は、焼きたてのパンを、彼の目の前に差し出した。そのパンは、甘い香りを「ふわり」と漂わせていた。


 彼は、一瞬、目を見開いた。そして、無言で、そのパンを手に取った。


 彼は、一口食べた。


 私は、彼の瞳を見た。彼の瞳に映る私の顔は、希望に満ちていた。そして、彼の瞳の奥に、ほんの少しだけ、「かちり」と氷が解ける音が聞こえた。


 それは、私の心が満たされる音だった。


 私の「静かに暮らしたい」という願いは、彼という「非日常」と、新しい「同僚たち」によって、より温かく、そして豊かなものへと「ひらひら……」と舞い上がっていった。これは、私が知らなかった、新しい物語の始まりだった。

お読み頂きありがとうございます。

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この小説は、単なる恋愛ではなく 文芸、ファンタジー、スローライフ、グルメなど多岐にわたるジャンルを詰め込みました。その為、色々な方に楽しんでもらえると思っています。


どうか、宜しくお願いします。

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