王宮の宴に招かれる
デート未遂事件から、数日が経った。
私が心を込めて焼いたパンは、騎士団の心の渇きを癒した。その小さな出来事は、私の心を「ひらひら……」と舞い上がらせ、この街での私の日常を、温かく豊かなものに変えていった。カフェの日常は、まるで温かい毛布に包まれているかのようだった。
アルベルトは、毎日変わらずカフェを訪れた。彼は、パンを手に取ると、その指が微かに震える。その小さな仕草が、彼にとって、このパンがどれほど心の支えになっているかを物語っていた。それは、私が東京で、孤独に耐えながら、完璧を追い求めていた頃には知らなかった、心の充足感だった。
この温かい日常が、いつまでも続けばいいのに、と私は心から願った。
だが、嵐は、常に静けさの中に潜んでいる。
その日の午後、店主が仕入れに出かけている間に、カフェの前に一際豪華な馬車が「きしり……」と音を立てて止まった。
馬車から降りてきたのは、王宮の紋章を身につけた、いかにも厳格そうな男だった。彼は、私の顔を一瞥すると、何の迷いもなく、私に一枚の招待状を差し出した。それは、金糸で縁取られ、王族の紋章が刻まれた、重厚な紙だった。
「辺境伯騎士団長アルベルト・フォン・シュヴァルツヴァルト様より、あなた様を、今夜の王宮の宴にお招きするよう、命じられました」
男の言葉は、まるで完璧にプログラムされた機械のように、感情を持たなかった。
「……え?」
私の心臓は「どくん!」と大きく跳ね、思考が「ぱりん!」と音を立てて砕け散った。王宮の宴? 私が? 騎士団長が、なぜ?
心春の脳裏に、かつて東京で、完璧なパティシエとして、完璧なパーティーに参加していた頃の記憶が「がちゃがちゃ……」と音を立てて蘇る。
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私は、久留米市で、誰もが羨むような一流のパティシエだった。私の作るスイーツは、まるで芸術品のように完璧で、全てが計算し尽くされていた。
パーティー会場に足を踏み入れる。そこは、笑顔と嘘と、そして、完璧な偽善で満ちていた。誰もが、完璧な笑顔を浮かべ、完璧な言葉を話す。私は、その中で、完璧な自分を演じ、完璧なスイーツを作る。だが、私の心は「からから……」と乾ききっていた。
それは、私の魂を込めた作品ではなかった。ただの、完璧な「作品」。その完璧さが、私を、心を「ちくちく」と痛ませた。
完璧な私を捨てて、私は、この異世界に転生した。
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「……王宮の宴、ですか」
私の声は、ひどく掠れていた。
「はい。詳細はこちらに」
男は、それだけ言うと、静かに立ち去った。
私は、招待状を手に、呆然と立ち尽くす。
その日の夕方、店主が帰ってきた。私は、店主に招待状を見せた。店主は、招待状を手に取ると、静かに、そして、優しい声で言った。
「アルベルト様は、君を、心から評価しているようだね」
「でも、私には……」
私は、言葉を詰まらせた。
「完璧な服は必要ないさ。君は、心を込めて作ったパンを食べる時のように、ありのままの君でいればいい」
店主の言葉は、私の心を「ぽかぽか……」と温める。
その夜、私は、店主と共に、ドレスを選んだ。豪華で、煌びやかなドレスではない。シンプルで、私の心を映し出すような、温かみのあるドレス。
王宮の宴会場に足を踏み入れる。
そこは、まるで、映画のワンシーンのように煌びやかだった。だが、私には、その煌びやかさが、まるで「完璧なプラスチック」のように、冷たく、無機質に見えた。
私は、まるで迷子になった子供のように、周りを見回した。
その時、私の視界に、一人の男の姿が飛び込んできた。
アルベルトだった。
彼は、騎士団長の制服ではなく、華やかな礼装を身につけていた。その姿は、まるで「舞台役者」のようだった。完璧なまでに整えられた彼の姿は、私を「どくん!」と大きく心臓を跳ねさせた。
彼は、私の姿を見て、一瞬、無愛想な表情を崩し、その瞳に深い安堵と喜びを宿した。
俺は、彼女の姿を見て、心が「ふわり……」と宙を舞うような感覚を覚えた。
彼女は、完璧な宝石ではない。だが、彼女は、俺の心を「ぽかぽか……」と温める、温かい光だった。
俺の脳裏に、過去の孤独な記憶が「がちゃがちゃ……」と音を立てて蘇る。
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俺は、幼い頃から、完璧な騎士であることを求められてきた。完璧な剣術、完璧な魔法、完璧な立ち居振る舞い。一つの失敗も許されない。
「アルベルト。お前は、この国を守る、完璧な剣となるのだ」
そう言われた言葉が、俺の心を「きりきり……」と締め付けた。
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俺は、彼女に近づき、無言で彼女の手を取った。
「……」
彼女は、何も言わなかった。だが、その瞳は、俺をまっすぐに見つめ、何かを「語りかけている」かのようだった。
その時、私たちの目の前に、一人の女が現れた。
「あら、心春さん。こんなところで、お会いするなんて」
ライバル店の元オーナー、エリザベートだった。彼女の瞳は、私を「じろり……」と見つめ、その口元には、完璧な笑顔が浮かんでいた。
私は、王都で社交界の「完璧な姫」として振る舞っていた。私は、完璧な笑顔を浮かべ、完璧な言葉を話すことを、幼い頃から訓練されてきた。
だが、私の故郷で、ある悲劇が起きた。
「貴様の『完璧』は、なんの役にも立たない」
そう罵られた言葉が、私の心を「ちくちく……」と刺した。
「完璧な私」を拒絶した世界への、彼女なりの復讐。それが、この辺境の街で、完璧なカフェを作り上げることだった。
だが、私の完璧は、あの女の「心を込めたパン」に敗れた。
なぜ? なぜ、私の完璧は、認められないの?
彼女は、その答えを求めていた。
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「……心春。彼女は、私の大事な人だ」
アルベルトは、エリザベートに向かって、そう告げた。その言葉は、まるで、彼女の心を「ぱりん!」と音を立てて砕くようだった。
その瞬間、私の嗅覚が「ぴくぴく……」と反応した。
エリザベートが付けている香水から、微かな違和感がしたのだ。それは、エリザベートのカフェで感じた、あの「化学物質」の匂いに似ていた。
だが、その香りは、エリザベートからではなく、彼女の近くにいる、一人の男から漂ってきた。
その男は、王都の貴族だった。彼の顔には、完璧な笑顔が浮かんでいた。だが、その瞳の奥には、どこか「ぐつぐつ……」と煮えたぎるような、不穏な光が宿っていた。
私の心の中で、二つの感情が「がっちゃん……がっちゃん……」とぶつかり合った。一つの感情が「ひゅう……」と風を切り、もう一つの感情が「どすん」と重く落ちる。その不協和音は、静かに「むずむず」と胸を掻きむしり、やがて「ぐつぐつ」と煮え滾る、この世界の闇への覚悟へと姿を変えていった。
「心春、どうした?」
アルベルトが、私の変化に気づき、静かに尋ねた。
私は、アルベルトをまっすぐに見つめ、こっそりと耳打ちした。
「……この事件は、まだ終わっていません」
私の「静かに暮らしたい」という願いは、もはや、「あなたと共に、この世界の闇に立ち向かいたい」という、新しい、そして強い願いへと「とろり……」と溶け出した。
それは、ただの恋心ではなかった。それは、互いの使命を共有し、共に生きる、新しい物語の始まりだった。
お読み頂きありがとうございます。
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この小説は、単なる恋愛ではなく 文芸、ファンタジー、スローライフ、グルメなど多岐にわたるジャンルを詰め込みました。その為、色々な方に楽しんでもらえると思っています。
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