第6回
「上田さん、今日も休み?」
上田の隣りの席の後藤が林原課長の方を見ながらたずねた。林原はちょっと顔をしかめた。
「さっき電話があったわ。まだ、体調が元にもどらないって」
林原と資料の確認をしていた宇野も後藤の方を見て会話に加わった。
「おととい、ぼく、上田さんのお見舞いに行ったんですよ」
「へえ?上田さんと仲良かったっけ?」
「そういうわけでもないですけど、最寄り駅がいっしょなんで…」
「はあ、そうだったんだ。で?どんな感じだった」
宇野は林原からファイルを受け取ると、自分の席にもどりながら、
「たしかに、だいぶ具合が悪そうでしたよ」
後藤が冷めたコーヒーをすすり、わきに置いてあった小皿からチョコレートをひとつつまんで口に入れた。
「風邪かい?コロナとか?」
「特に何も言いませんでした。なにしろ」
宇野はあまり思い出したくないことを思い出したときのように、いったん言葉を切った。
「ひどいやつれようでしたよ。まるで別人、というか…」
両手を頬に当てて、さするように動かした。
「顔もげっそりしちゃって…とにかく、入院するとか、実家で療養するとかした方がいいんじゃないかなあって、言ったんですけど」
林原が立ち上がって、ホワイトボードに貼ってある予定表を見ながら言った。
「私も暇ができたら、会いに行ってみるわ」
沈んだ部屋の空気を和らげようと、林原はわざと明るい声を出した。
「うちでいちばんのグルメがやせこけちゃってるなんて…私が無理して仕事させてたから、なんて噂が立ったら困るわ」
「ははは。まあ、課長の厳しいのはもう部内に知れ渡ってますけどね」
後藤が笑いながら二つ目のチョコを口に放り込んだ。宇野は彼らの冗談に合わせるつもりで作り笑いをしようとしたが、ただ口の端をひきつったように持ち上げただけだった。林原は席にもどり、手をパンっと一つ鳴らした。
「さ、仕事にもどって。宇野くん、あとで上田くんの家の場所、くわしく教えてちょうだい」
上田から最後の連絡があってから2日後、早めに仕事を切り上げて、林原は宇野の案内で上田のマンションに向かった。二人は駅前の青果店に立ち寄ると、いちごを1箱買った。その日は季節外れの寒さで、何の気なしに上着なしで会社を出た林原は、肩をすくめながら歩いた。上田のマンションは駅から徒歩で10分ほどのところにあった。林原は入り口で立ち止まると、宇野に向かって、イチゴの箱の入った紙袋を受け取るために両手を出しながら、
「ありがとう、宇野くん」
「やっぱりふたりで会った方がよくないですか?何か…」
林原が安心させるように笑ったが。宇野は浮かない顔のまま、持っていた紙袋を渡そうとしなかった。
「だいじょうぶよ。心配なら近くで待ってて」
林原がマンションを見上げると、宇野もなんとなく同じように上を見た。
「私一人の方が、話しやすいこともあるかもしれないでしょ」
「そう…ですね」
宇野をあとに残して、林原はマンションの入り口に入っていった。林原がエレベーターに乗るのを見た後、宇野はそばにあったコンビニに向かって歩き出した。
まだ1万字にも程遠いのに、ガス欠気味です。




