第1話
ホラーです、たぶん。エロは封印します。
たぶん…
「お待たせしました。牛丼並、ツユだくです。ごゆっくりどうぞ」
上田は箸を取り、カウンターの紅ショウガ入れから牛丼の上にどっさりと紅ショウガを乗せた。それからご飯粒をつぶさないくらいの力加減で、丹念に丼の中身をかき回して言った。友人の中にはその食べ方を下品と言うものもいたが、上田はこれが牛丼をいちばんおいしく食べる方法だと確信している。
牛丼が完全に混ぜご飯の状態になると、上田は満足そうにそれを食べ始めた。グルメというほどのこだわりはないが、どうせ何か食べるならなるべくおいしいものを食べたい。そのための費用や労力は人並み以上にかけてもいいというのが、上田の考えだった。
上田が今食事をしている牛丼屋から数十メートル離れた場所には、数人の行列ができていた。上田はそこが最近人気のラーメン屋であることを知っていた。
(まずくはなかったけど…)
上田は味噌汁をすすりながら、そのラーメン屋で食べたときのことを思い出した。
(どちらかというと見た目重視って感じだったな)
おいしい店があるという評判を聞けば一度は行ってみるのが上田の趣味のひとつだったが、普段はいきつけの定食屋や牛丼チェーン店で食事する方が好きだった。
(落ち着いて食べるのがいちばんおいしく食べるための条件だよ)
牛丼を半分ほど食べたところで、突然隣りの中年男性が立ち上がった。
「おい!これ見ろよ!なんだよ、これ!」
男は店員に向かって、自分の食べかけの丼を突き付けて、怒鳴り散らしている。若い店員があわてて、男の丼をのぞき込んで、
「は…はい…」
男は左手で丼を持ち、右手の箸で中から何かをつまみ上げた。上田からはあまりよく見えなかったが、どうやら何か、白いプラスチックの破片のように見えた。
「も、もうしわけございません!」
厨房から、別の店員が現れた。常連の上田にはそれがここの店長であることをおぼえていた。店長は店員のかわりに男の前に立った。男はぼさぼさの頭と無精ひげ、隣に座っていてもわかるくらいの異臭を放っていた。酒を飲んでいるようには見えなかったが、男の言葉は不明瞭で粗暴だった。
「こ、こんなもんな…客に食わせやがって…なめ…なめるな!」
男が店長に向かってどなった拍子に、男の箸の先から「こんなもん」が落ちて、上田のすぐ左のテーブルの上に転がった。それはケチャップのチューブの内ぶたのように見えた。上田は店長を同情するような眼で見上げた。それから、上田は食べかけの牛丼を残して立ち上がり、店を出た。
牛丼の中に異物が入っているのは珍しくないが、「あれ」はちょっとウソくさいな、と上田は思った。男は、おそらくああやって無銭飲食したり、小銭を強請ったりしては、あちこちうろついてるんだろう。同じ男ではないだろうが、似たような話を、飲食業で働いている知人から聞いたことがある。
(今日はついてなかったな。まあ、その分夕飯は多めに食べようかな)
上田は牛丼屋の前の自販機でコーヒーを買うと、会社の方向に歩き始めた。




