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文章内で、数字が漢数字なのは、縦書きで執筆している関係ですのでご了承下さい。
架空の言語が出てきますが、掲載先の使用フォントの都合上、不揃い、または、半角に見えない場合があることをご理解下さい。
<登場人物 設定書抜粋>
若松 一郎/わかまつ いちろう
西暦1980年06月21日 男
体格:やや痩せ気味。
頭髪:手入れを気にしていない程に、適当になっている黒髪。
顔 :細い目。鼻筋が通っている小鼻。薄い唇だが横にやや広い。
性格:おおらかでのんびりしている。口調にもそれが表れており、マッドなイメージの化学ではないと思わせる。とは言え、学者肌であることに変わりはなく、時折危ないことを言い出す。
田辺 勇/たなべ いさむ
西暦1996年04月04日 男
体格:見た目はやや太い。
頭髪:赤茶の入った黒。スポーツ刈り。
顔 :細い故にたれ目が目立つ。瞳は黒。鼻筋の見えない小鼻。
性格:育った環境も手伝っているのか、慈愛とも言える優しさを持っている。一度信じた事柄に対しては、よほどのことがない限り初心を貫くことにしている。
福本 光男/ふくもと みつお
西暦1982年11月5日 男
体格:身長の割に、体重のあるやや小太り。おなかがやや出ている。
頭髪:黒く短め。スポーツ刈りより長い。
顔 :黒い瞳で小さい目。やや面長。おっさん臭い顔つき。
性格:性格は明るいがせっかちである。てきぱきと仕事はこなすが、どうしても部下にも要求してしまうところがある。相手を「ちみねぇ」と呼ぶ口癖がある。
大和 文佳/おおわ ふみか
西暦1983年11月06日 女
体格:ややぽっちゃりしている。腰のくびれはある物の胸とおしりはやや控えめ。
頭髪:肩より長い黒髪。仕事中はゴムで縛っている。
顔 :日本人にありがちな丸顔童顔。くりっとした目にちょこんと乗った鼻。
性格:幼少の頃から現住所に住んでおり、割合と自然と戯れる事が多く、ややおてんばである。背が低いため中学2年生以降、出来ると感じた事は手を上げて率先して行うようにしていたところ、その全てが癖になっている。想像力がたくましすぎ、妄想を止められなくなる事がある。
剣峰 歩実/つるみね あゆみ
西暦1993年09月16日 女
体格:本人曰くぽっちゃり系。
頭髪:ストレートの黒髪。肩より長くしている。戦闘時はポニーテールに結っている。
顔 :小さいがぱっちりした黒い瞳の目。鼻筋の見えない小鼻。
性格:性格はおとなしいが、人なつこい。誰とでも直ぐうち解けることが出来る。時折見せる姉御肌的な言動は、年下の者に何かある場合にのみ現れる。
森野 友実/もりの ともみ
西暦1998年06月06日 女
体格:下半身が筋肉質であり、上半身とはアンバランス。
頭髪:赤茶の入った黒で天然パーマ。耳が隠れるほどの長さ。
顔 :やや幼さのある造形。目は大きめで黒い瞳。鼻筋は見えない小鼻。
性格:性格はおおらかであるのだが、口数が少なく強くもの頃を言えない性格もある。また、優柔不断な一面もある。
山国育ちであり、自然が大好きで、野山を駆け回っていたためか、かなりの健脚である。
尾川 法雄/おがわ のりお
西暦1994年5月7日 男
体格:きゃしゃ。
頭髪:黒で短め。耳が出ている程度、頭頂部をふんわりさせて分け目はない。
顔 :ややたれ目で大きめ。瞳はやや茶。鼻筋は通っているが大きめの鼻。
性格:すさんでいる訳ではないが、いい加減なところがある。上を目指すためなら何でもする。学歴が全てに優先すると思い込んでいるため、学歴が低いと判断すると扱いが酷い。
未設定の皆さん---
長谷 智則/はせ とものり
大野 水樹/おおの みずき
岡野 美子/おかの よしこ
小原 忠司/おはら ただし
飯塚 帆美/いいづか ほのみ
高田 正史/たかだ まさし
高橋 洋子/たかはし ようこ
田中 和樹/たなか かずき
相田 知己/あいだ ともき
石井 信照/いしい のぶてる
佐藤 琴/さとう こと
水上 佐和/みずかみ さわ
「おはよう」と、ここ数日変わらず元気な声で朝の挨拶をする一郎に対して、やや疲弊している様子の新人達は、元気よくとは言えない返事をするのであった。
「ふむ。若者とは言え、大分疲れているようですね。……さて、今日は、六月一九日の月曜日です。外は雲も殆ど無く、日差しが強くなって大分暑くなってきましたね。今日からまた、新たな一週間の始まりです」
「若松さんは、実習をしてないからそんなこと言えるんですよ。こっちは、ダウン寸前です」と、一部から苦情が出ると、疲れた表情で頷く新人が大部分であったが、「何を言っているんですかね。僕より一〇歳近く若いんだから、もっと覇気を持ってもらいたいところですよ」と、返すと、「酷い」や、「鬼だぁ」や、「俺死ぬ」などなど、嘆きの声がそこかしこから聞こえてくるのであった。
「ま、冗談はさておき」と、ぼそりと呟くとブーイングの嵐が巻き起こったのである。
「んん。さて、本題に移ろうかな、ね。先週末まで、君達は、無物質特異化現象と武器やらの実習をしてきた訳ですが。今日から今月一杯は班分けをして、その班ごとに模擬戦を行うことになっているんですよ」
一郎の発表に、ざわめき立つ新人達である。その中で、それなりに冷静であった者がいた。
――班分けの模擬戦? 新人だけでか? ……いや、待てよ。筋力の強化で何処まで耐えられるか、実験が出来るじゃないか。……いやいや。その前に、現代の日本で模擬戦が必要なのか?
「おい、田辺、その表情。何か考えているな」
「……ん? あぁ。長谷さん。まぁね……。若松さん、質問があります」
惚けるためではなく、自問した疑問をぶつけるつもりのようで、真顔で一郎に声を掛けたのである。
「はい。田辺君、何でしょうかね」
「えーと、ですね。模擬戦というのは、いわゆる戦闘訓練と思って良いですか?」
「おぉ、そうですね。模擬戦と言いましたが、確かに、戦闘訓練と言えない、こともないですね」
「そうですか。では、現代の日本では、戦闘が行われることはない筈ですが、何故するんですか?」
勇の内容を理解した、一部の新人から、同調して抗議する者達が出始めたのである。しかし、一郎は、想定でもしていたのであろうか、顔色一つ変えることなく、「……あぁ、田辺君は、いつも良いところを、肝を突いてきますね」と、涼しげな表情でさらりと勇を賛美したのである。逆に、勇の表情が強張ることとなってしまったようである。
――触れてはならないところだったか?
勇は、一郎の表情に気圧されたのか、次の質問をすることが出来ないようであった。それでも、周りでは「どう言うことだ?」や、「地下組織か?」や、「どうしよう……」などなど収拾が付かない騒ぎに発展する始末であった。
「はいはい」と、ざわめいている新人達を静かにさせた一郎は、「田辺君の質問はもっともで、正しいのですが。それに答えられるかはちょっと待っていて下さいね」と言いながら、会議室を一旦出て行ったのである。
ドアを開けて戻ってくるや、「えーと、私では説明不足になる恐れがあるため、専門家が来てくれるそうですから、しばらく待って下さいね」と、いつも通りの口調で説明する一郎であった。
――さて、どうなるかな。まずかったか?
待つこと一〇分。ドアを開けて入ってきた人物が、「ふむ。おれぁ(どちらかと言えば“おら”とも聞こえる)が来たから、疑問は全て解消だな。うん」と、開口一番すごい宣言が飛び出したが、その後から続いて入ってきた者に、「課長。新人ですから、一応自己紹介して下さい」と、小声で催促されてしまったようである。
「ちみはぁ、なんだい。……あぁ、そうか新人教育中だったか、では仕方ない、ちみ達、おれぁは、派遣課課長の福本光男である」
尊大な言葉遣いで、若者を威圧でもしようとしているかのようであるが、――何時もの事ながら、課長の言い回しは疲れます。おっといけない……――「「待たせて申し訳ない。派遣課、調整係長の大和文佳です」と、やや後ろにいた女性が自己紹介すると、当然、「おぉ」や「かわいい」果ては「ちっさ」などなど新人達がどよめいたのである。
「!」言葉を発することなく、目を細めてある言葉が発せられた方を睨んだようである。すると、一同が静かになったようである。
「係長。睨んじゃだめですよ。いくら“ちっさ”と言われたからっ……」
「若松君?」
「あっ、すいません。もう言いませんよ」
やや低く、小さい声であったが、文佳が渾身の睨みを一郎に向けたようで、素直に謝罪する一郎であった。
「んん。さて、何故、戦闘訓練を行うか、と言う質問を受けたと聞きましたが、それについては、派遣課の課長から説明させてい頂きます」
「ちみちみ。何故おれぁが説明しないといけない? ちみに任せよう」
文佳が気を利かせたのであろうが、裏目に出てしまったようで、――またですか。まぁ、連れてこられた時点でそうなるとは思っていましたが――「はぁ」とため息の様な、呼気の様な音がした後、文佳は語り出すのであった。
「それでは、課長からのご指名ですから私の方から説明しましょう。まず、現在地球上で、日本国が関わっている戦闘行為は一切ありませんし、多分、憲法上戦闘行為に関わることは無いと思われます。では、何故か。……その前に、新人諸君は現在は試用期間ですね。よって、詳細な説明どころか、曖昧な説明しか出来ないことを理解して下さい。しかし、どのみち現時点での退職には、相応の制約がつきますが……」
文佳の言いように、新人達は怯える素振りや、“ちっ”と舌打ちする者までいるようである。今更、とは言え、関わった事への恐怖が身にしみたと言えるのである。
「少々脱線しました。繰り返しますが、地球上では戦闘行為はないと言うことです。ただ、当社として必要であるため、少人数による集団戦の訓練を行っている、と言うことです。これ以上の質問は、派遣課課長が同席であることと、調整係係長の権限によって受け付けないとします」
念押しで伝えられた“地球上での戦闘行為がない”という言い回しに、戸惑う者達が殆どであった。質問者である勇ですら、――歯切れが悪いのは、社内にすら隠しているからか? でも何故そこまで、隠す必要がある。それは、一体……。――と、勇もお手上げ状態である。
「係長?」
「……申し訳ないわね。納得はいかないと思うけれど、来月になれば、今語ったことが理解できますよ。それに、無物質特異化現象のことは、既に知ってしまった訳ですからね。もう、後戻りなんて出来ませんよ。ふふふ」
最後の不適な笑い方に、一同背筋が凍ったようである。とは言え、あと半月もすれば疑問が晴れることは理解したようである。
「そ、それじゃぁ、気を取り直して班を発表しましょうかね。あっ、課長、係長ご説明ありがとうございました」
場の雰囲気を変えたいのか、慌てるように光男と文佳を退場させる一郎であった。光男は、“この程度のことで”と言わんばかりの表情で、文佳に促されて出て行くのであった。
「……そうそう、これから発表する班番号は、あくまでも便宜上で、優劣を付けた物ではありませんので、僕に食って掛からないで下さいね。それじゃぁ一班から……」
一郎が、紙を取り出して班ごとに名前を読み進めていくと、「お前とは別か」や、「えぇ、うっそぉ。なんで一緒じゃないの」などなど、あちらこちらで、卒業校で固まっていない班分けに、がっかりする者や抗議する者がいたようである。どうやら、意図的に卒業校でまとまらないようにしたとも見受けられる。しかし、学歴や年齢がまちまちであるため、班内の序列は出来かねないところもある。果たしてその意図は何処にあるのであろうか。
一班には大野水樹、岡野美子、小原忠司、剣峰歩実が、二班には、飯塚帆美、高田正史、高橋洋子、田中和樹が、三班には相田知己、石井信照、佐藤琴、森野友実が、四班には尾川法雄、田辺勇、長谷智則、水上佐和が、それぞれ割り振られたようである。先にも述べた通り、なるべく卒業校でまとまらないように、更には、年齢でも纏まらないように分かれているのは言うまでもないことである。
「四班は、大学首席卒業の俺が、リーダーをやる。異論は認めない」
「おいおい。いきなり俺様宣言とは、どうなんだ?」
「尾川。待ちなさいよ。誰が貴方にやってくれと頼んだの?」
「頼まれる必要も無いだろ? 俺は大卒で主席だからだよ」
――うわっ。これまで聞いた発言だけでも、やっかいだとは思ったが、ここまでか。これは……。
法雄の発言に、耳を傾けていただけの勇だが、前世の知識からもこの手合いは危険と認識していたようで、関わりを持つつもりはなかったようである。だが、同じ班となってしまったため、最小限にでもするつもりのようにも受け取れるのである。
「ちょっと、学歴で決めないで」
「……はぁ。そこの女、お前は何を言っている。学歴が全てに優先されるのは当たり前だろう? よって、首席卒業の俺がリーダーを務めるのは当然だ。他の者は、俺にさえ従っていればいいんだ」
「おいおい。そこまで行くと、わがままの域を超えてるぞ、尾川」
「さっきから、俺のことをお前達は呼び捨てにしてるよな」
「同期だから、どう呼んでも良いと思うが?」
険悪などと生ぬるいことを言っていられない状態に陥った四班だが、「ちょっと、良いですか?」と、意を決したかのような表情の勇であった。
「何だ?」
「尾川さん。誰が指揮を執るか以前に、どう言う布陣にするかで決めませんかね。ちなみに、俺は刀とか剣系統です」
「……それもそうか、前に出る奴が指揮はできないか。それでどうだ、尾川? 俺は槍か棒系統だな」
「……お前達の気が済むなら。ちなみに、俺は武器は使わない火系統だな」
「……はぁ、そうね。田辺君の意見に賛成。私は、武器は使わない光学系統よ」
「となると、俺と田辺が前に出るのか。水上と尾川が後ろか」
「待て。そこの女は、俺より前に出ろ。俺が一番後ろだ」
「あぁ、だから何故尾川が一番後ろなんだよ」
「……ふむ。こう言えば分かるか? 光学系統は、細いし直線でいけるだろう。火系統はそうはいかないからだ」
呼び捨てられる度、眉間がひくつく法雄だが、我慢しながら知識を披露しているようである。しかし、――なるほど、と言う訳ではない。火系統、いや、後ろに付くなら支援系だな。となると、光学系統も火系統も一緒だ。何故、一番後ろに拘るのか……。分からん。――と、勇は訝しんでいるようである。
「ふむ。一理はありそうだが。水上はどう思う?」
「そうね。名字すら呼ばず、女呼ばわりする男に、指図されるのは御免被りたいけれどね」
「水上の個人的な感想は、今はおいておくとして、俺と田辺が指揮するのは、かなり難しいか? どうだ、田辺」
「長谷さん。俺に振ります? まぁ、言いたいことは分かりますが。水上さんと尾川さんで、全体を見回して指示を出せば良いんじゃないですかね」
「二人でか? 混乱しないか?」
「おい。結論が出たようだな、男達は一番前で、女が俺より前で、一番後ろで俺が指揮する。うん。やはり大卒が指示するのが一番だ」
「納得はいかないが、一先ずこれでやるか」
「……分かったわ」
――よし。これでいい。俺が一番であることを認めさせられる。
同じ頃、一班では揉め事が起きているようである。
「ちょっと待ちなさい。岡野さん。年下だけをまとめて前って、どう言う神経しているの。小原君は、剣系統だから仕方ないとしてもね」
「剣峰さん。私は槍系統だから、剣系統より後ろでしょ?」
「どっちも前よ。人数が多ければ、中間というのもあるとは思うけれど、少人数の場合は前ね。……あぁ、そうなのね」
「な、何よ、その顔は……」
怒っていると言うよりは真剣に講義する表情が、一転して見下すような笑みを湛えた歩実に、美子はやや怯えたように後ずさりしたようである。
「いえね。叩かれて痛いでしょうし、怪我するのが怖いのかなって、思ったの。分からないでもないけれど、それを年下にだけ押しつけるのは、年上としてどうなのかなと」
「剣峰さん、あなたねぇ。わ、私が、そ、そんなことで、決めてると思われるのは尺ね。でも、そうね。全員横並びで迎え撃ちましょう。これなら文句はないでしょう」
「あぁ。何を言っているのかしら……。岡野さん、私が間違っていたわ。そもそも、戦闘に関しては今の日本じゃ勉強することもないんだったわ。シミュレーション好きでも無い限りは……。そうね。いろいろ試してみましょうか。でも、これだけは理解して、年下は年上の道具ではないと言うことを」
更に同じ頃。三班では揉め事と言って良いのか、問題が発生しているようである。
「森野は、どうするよ」
「えっ? ぼ、僕?」
「そうね。武器は一切使えない。無物質特異化現象も、火も、水もそれほど強力ではないのよね。土は、まぁ、壁は作れるみたいだけど。でも、攻撃できる要素が一つもないわよ」
「うっ。そ、そう言われても、ぼ、僕は、争い事はきらいだし。みんなとは仲良くしたいし」
「んん。そう言うのは悪い訳じゃないんだけど、どうも会社は、闘わせたいみたいだから、困ってるのよ」
「とりあえず、土で壁作って後ろにいてもらうか?」
「それだと、うちら三人だけで闘うことになるぞ」
各班共に、問題を抱えた状態になった訳である。これもまた、自分たちで解決していかなければならないのかもしれないのである。
二〇分程がたった頃、「はい。そろそろ班ごとにまとまったかな? それでは、模擬戦を行う場所に向かいましょうかね。皆さん、装備を持ってきて下さい」
「えっ? ここでやるんじゃないんですか?」
「あぁ、うっかりしてましたよ。別の場所です。ここじゃぁ狭いですから。さ、手早くお願いしますよ、交通手段が限られてますから」
パンパンと手を叩いて、拙速制を求める一郎に、のろのろと動き始める新人達であった。
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「おはよう。今日は、六月二一日の水曜日です。外は雨が降ってますが、気温は微妙ながら蒸し暑くはないようですね」との挨拶に、更にぐったりしている新人達は、辛うじて“おはようございます”と、蚊の鳴くような声を出すのであった。
「おやおや。ですが、今日も昨日に引き続き模擬戦です。二日間程度では、まだまだのようですね」
一郎は発破でも掛けているつもりなのであろうが、新人達にしてみれば、ダメ出しを食らったようで、一様に沈んでいくのであった。
「若松さん。戦術とか戦略とか、教えてもらえないんですか?」
一部から、辛うじて質問が上がってくると、「今のところ予定はないようですね」と、無慈悲な答えがあっさりと返ってきたのである。当然、その答えに抗議の声があったようだが、疲れからそれほど強く訴える程にはならないのであった。
「さぁ皆さん。模擬戦の場所、精錬研究所に向かいますよ。準備して集まって下さい。松西さんとは、向こうで合流しますからね」
一郎のかけ声に、のっそりと立ち上がる新人達は、重い体を引き摺るように、装備の準備を始めたようである。
精錬研究所は、本社のある府中市ではなく、埼玉県飯能市、その北西部の山中にある。よって、鉄道と社用の直通バスを使うことになる。そんな山の中であるが故に、土地は広く確保でき、その地下に広大な演習場を構えることができたのである。いや、そのために山中を選んだのかもしれない。
雨が降りしきる本社裏のプレハブ風の建物から、ぞろぞろと一郎を先頭にして出てきたのは二〇分程後であった。一様に疲れた表情の新人達である。そして、最寄りの駅から鉄道を乗り換えながら二時間。社用バスに乗り換えて三〇分掛けて精錬研究所に到着したのである。
「やっと着いたか」
「電車で二時間って、ここ関東なの?」
口々に、二時間の移動に辟易している新人達であるが、「二回目ですけれど、山の中ですね」と、涼しい言葉を紡ぎ出す勇であった。
「田辺は元気だな。俺はもう疲れたよ」
「長谷さんは、山がきらいなんですか?」
「あ? いや、きらいではない。仕事だからだろうな」
「はいはい、皆さん。それじゃぁ、社員カードではなく、派遣カードで入って下さいね。忘れた人はいませんよね?」
一郎のやや低い声と表情に、新人達は、無言で頷いて問題がないことを示すのであった。
模擬戦を開始して一時間ほど立ち、勇達の四班と歩実達の一班の番が回ってきたのである。しかし、まだ二日目である。双方共に緊張している様子が覗えるのである。
「よーし。二班と三班の模擬戦はここまでだな。軽く汗を拭いておけ、一班と四班の対戦を見て研究するようにな」
息も絶え絶えの新人達は、金志の号令でやっと模擬戦が終わった、と言う安堵の表情を浮かべながら、ふた班が控える壁際にどっかりと腰を下ろしたようである。
「次、一班と四班は準備をするように。位置に着いたと見なしたら号令を掛けるぞ」
今一つ乗り切れていない一班と四班の新人達は、ゆっくりと班ごとに左右の壁際に分かれて、作戦会議を始めるのであった。とは言え、まだ二日目である、作戦会議とは言えない状態のようである。
「よし。今日も俺が指揮を執る、男達は一班に突っ込め。女は俺よりかなり前で迎え撃て。俺は後ろから援護する」
「いや、尾川。俺と田辺は突っ込めって、それの何処が指揮なんだよ」
「そうね。私が迎え撃つって何?」
「文句を言うな。俺の指示に従っていれば良い。早く行け!」
――困ったな、これじゃぁ指示がないのと一緒だな。
ため息のように呼気を吐き出した勇は、「長谷さん。一班は横一列が基本みたいだから、左右から中央付近を揺さぶります?」と、小声で長谷と作戦を考えることにしたようである。
「そうだなぁ。一班も、動きが良いのは一人だけみたいだし、開始時に一人を避けて突っ込むか」
「それで行きましょう」
同じ頃、一班では……。
「剣峰さん、今日も横一列で行くわよ」
「また? その陣形だと、また、貴方の所に向かってくるわよ」
「それは、剣峰さんがなんとかしてよ」
「……もう。どうして自分で何とかしようと思わないの」
「出来る訳無いでしょ。貴方のように剣術は習ってないんですから」
「いや、それは関係ないでしょ。一人で全員を守れる訳がないでしょうに」
「そこをなんとかするのが剣士なんじゃないの?」
――あぁ、だめね。今日も惨敗ね。岡野さんはまぁ、槍を振り回してもらえれば牽制になるから良いとして、剣系統の小原君もまだまだだし、大野さんは武器も持っていない支援系だし、軽傷程度に押さえ込まないと。
こちらもこちらで、問題を抱えたままで二日目の初戦を迎えたようである。
「準備が整ったと見なす! 始め!」
金志の大声の号令と共に、勇と智則が左右に分かれ、大回りで一班の中央右寄りへ駆けていったのである。その行動に虚を突かれた歩実は、――左右に分かれた? 何故? ……いいわ、槍持ちが私の方に来るのね。ちょっと前に出て迎え撃ちましょう。
一方美子はと言えば、――な、な、何で。ど、ど、どうしよう。落ち着け。落ち着け。槍の方が距離が出る、刀持ちならなんとかなるかも。
双方の思惑を余所に、前に出させられた佐和は、――何で、支援系の私がこんなに前に出る必要があるの。――と、言いつつも、何をしでかすか分からない法雄である。怯えつつも安全圏ギリギリに立つことにしたようで、そこから勇と智則の支援を始めたようである。
――まずは、明いている真ん中に……。――「光学弾、三発!」と、戸惑いながらも佐和は、勇と智則に気が集まっている隙に、光る爆弾、いや砲弾と言ってもいい物を中央付近に撃ち込んで、気をそらすことにしたようである。
ドーン! と、三回程一班の中央付近で炸裂音が響いたのである。土煙が引くと、放水を膜の様にした障壁を展開して衝撃をやり過ごした中央であるが、その実、爆風に飛ばされた石などが若干当たっているようである。
「やられた!」と、叫んだのは歩実であり、光学系ではとっさに動くことなどできようもなく、更に、竹刀程度では防ぐのは不可能である。
ここまでは、ほんの一瞬と言ってもいい時間であり、歩実の視線がそれた瞬間に、智則の走る軌道が、歩実の位置から内側へと変わっていたのである。
「! しまった!」
そう呟いた歩実は、遅れながらも智則を追うように走り出したのである。しかし、智則を追う視線が、その後ろに見えた佐和も捉えたようである。
――あの人が、さっきの光学系を放った人ね。でも、前に出すぎじゃない? もう一人は……。尾川……。なるほどね。
その一瞬で、四班の大凡の陣形を理解したようで、智則を追う方向を佐和に切り替えたようである。
一方智則が外から中に向かった頃、勇もまた若干内向きに方向を変えていたが。歩実が飛び出したのを確認しつつ、対応を智則に任せるつもりだったが、――ん? あの人、走る方向が長谷さん、じゃない? ……水上さんか! どうする。
とっさに、勇が取ったのは、走り込んで下から弾けるように構え直すことであった。智則も、勇を見つつ走っていたため、歩実の動きが変わったと解釈して、若干左方向に軌道修正したようである。
十数秒後には、パン、といい音が響き渡る一方で、ガシッ、とこれまたいい音が響き渡ったのである。最初の音は、追いついた勇の竹刀が、振り下ろした歩実の竹刀を弾く音。次の音は、智則の槍の凪払いを美子が槍を突き刺してギリギリ受け止めた音である。佐和は、目の前で展開された剣戟に驚き、一班の二人も怪我に怯えた美子が守ってくれたことにも驚き、双方動けなかったようである。
「水上さん! 後退して!」
勇の叫びに我に返った佐和が、振り向いて走り出したのである。
「二人共、下がって!」
震える美子が絞り出した言葉に、二人はゆっくりとだが下がっていくのであった。
「よく間に合ったわね」
「そっちこそ、水上さんによく気が付きましたね」
「ちょうど、ね!」
パシン! パシン! 勇と歩実の剣戟によるいい音が響き渡っている一方で、智則の独壇場と化した槍のぶつかり合いである。
「ほら、どうした」
「全く。ド素人に何をするのよ」
「模擬戦とは言っても、戦闘だからなぁ。ド素人で通じるのか?」
「貴方に言われなくても、分かってるわよ」
勇と智則が歩実と美子と交えている中、勇の後方で、ドーン! と爆発音が響くと、「きゃぁー!」と、悲鳴を上げる佐和であった。
――何が起こった? 一班の攻撃か。くそっ! 剣峰さん相手に、隙を作ることは出来ない。水上さん、なんとか踏ん張ってくれ。
勇は、どうやら水上を襲っているのが、一班の誰かと考えたようであるが、――何? うちの班からの攻撃? 水上さんの退路を断つつもり? ……にしても、あの子、火系統を使えたのね。――と、歩実も自班の攻撃と考えたようである。
「女! 何故戻ってくる。お前は前だと言っただだろう」
「ちょ、ちょっとぉ。尾川、何で同じ班なのに打つのよ!」
「おい、女! 俺の話だけを聞け、お前は前だと言っている」
そう言った法雄は、是が非でも佐和を前に釘付けするかのように、佐和の右手前をわざわざ狙い撃っていったのである。そうすることで、佐和は自ずと左前方へと逃げることになるのである。そこには、美子が年下の二人を守っている場所であるが、智則の押しに三人共に下がり続けている場所であった。
――あぁ、もう。痛っ! 尾川。後で覚えてなさいよぉ。
数分後。勇と歩実、智則と美子、法雄の攻撃で擦り傷だらけの佐和、智則の威圧に怯える二人がいたのである。状況としては、槍では智則が、刀ではやや歩実が、それぞれ優勢に立っていたのである。佐和については、執拗な法雄の攻撃によって擦り傷だらけであり、一班の二人は、智則の押しに萎縮している様子である。
――……そろそろ頃合いか? さて、誰が一番か教えてやろう。
双方が疲弊し始めたと確認したのか、本日一番大きな術を展開する法雄であった。
「大、火炎弾!」
高らかに叫んだ法雄は、人の背丈を超える大きな火の塊を生み出して、智則と勇の間に放ったのである。その火炎弾は場所を過たず着弾し、更に双方全員を吹き飛ばすには十分の威力があった。
「なっ!」
「やってくれますね」
「何しでかす……」
「馬鹿がっ!」
「いやぁー!」
「あああ……」
「……」
七人の断末魔を飲み込んで、爆発の閃光が広がる演習場、その爆煙が広がる中で高らかに、「見たか。やはり大卒の俺が一番だ!」と、大声で叫んだのは法雄である。




