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文章内で、数字が漢数字なのは、縦書きで執筆している関係ですのでご了承下さい。
架空の言語が出てきますが、掲載先の使用フォントの都合上、不揃い、または、半角に見えない場合があることをご理解下さい。
今回から、設定書が無い登場人物は一括でまとめました。
<登場人物 設定書抜粋>
森野 友実/もりの ともみ
西暦1998年06月06日 女
体格:下半身が筋肉質であり、上半身とはアンバランス。
頭髪:赤茶の入った黒で天然パーマ。耳が隠れるほどの長さ。
顔 :やや幼さのある造形。目は大きめで黒い瞳。鼻筋は見えない小鼻。
性格:性格はおおらかであるのだが、口数が少なく強くもの頃を言えない性格もある。また、優柔不断な一面もある。
山国育ちであり、自然が大好きで、野山を駆け回っていたためか、かなりの健脚である。
剣峰 歩実/つるみね あゆみ
西暦1993年09月16日 女
体格:本人曰くぽっちゃり系。
頭髪:ストレートの黒髪。肩より長くしている。戦闘時はポニーテールに結っている。
顔 :小さいがぱっちりした黒い瞳の目。鼻筋の見えない小鼻。
性格:性格はおとなしいが、人なつこい。誰とでも直ぐうち解けることが出来る。時折見せる姉御肌的な言動は、年下の者に何かある場合にのみ現れる。
田辺 勇/たなべ いさむ
西暦1996年04月04日 男
体格:見た目はやや太い。
頭髪:赤茶の入った黒。スポーツ刈り。
顔 :細い故にたれ目が目立つ。瞳は黒。鼻筋の見えない小鼻。
性格:育った環境も手伝っているのか、慈愛とも言える優しさを持っている。一度信じた事柄に対しては、よほどのことがない限り初心を貫くことにしている。
若松 一郎/わかまつ いちろう
西暦1980年06月21日 男
体格:やや痩せ気味。
頭髪:手入れを気にしていない程に、適当になっている黒髪。
顔 :細い目。鼻筋が通っている小鼻。薄い唇だが横にやや広い。
性格:おおらかでのんびりしている。口調にもそれが表れており、マッドなイメージの化学ではないと思わせる。とは言え、学者肌であることに変わりはなく、時折危ないことを言い出す。
尾川 法雄/おがわ のりお
西暦1994年5月7日 男
体格:きゃしゃ。
頭髪:黒で短め。耳が出ている程度、頭頂部をふんわりさせて分け目はない。
顔 :ややたれ目で大きめ。瞳はやや茶。鼻筋は通っているが大きめの鼻。
性格:すさんでいる訳ではないが、いい加減なところがある。上を目指すためなら何でもする。学歴が全てに優先すると思い込んでいるため、学歴が低いと判断すると扱いが酷い。
松西 金志/まつにし きんじ
西暦1982年10月15日 男
体格:背もあるが、逆三角の筋肉量が異常な太さを見せている。
頭髪:黒髪ではあるが、ありがちなスポーツ刈り。
顔 :顎はあるのだが四角。目は細くないが大きくもない、吊り上がってはない。鼻筋の通ったやや鷲鼻で小さめの鼻。
性格:あっけらかんとしており、さっぱりした性格である。面倒見は良い方であり、けじめをしっかり付ける方である。
未設定の皆さん---
長谷 智則/はせ とものり
岡野 美子/おかの よしこ
水上 佐和/みずかみ さわ
相田 知己/あいだ ともき
高橋 洋子/たかはし ようこ
石井 信照/いしい のぶてる
<登場組織・国家 設定書抜粋>
株式会社 舞王/まおう
命名の由来:初代社長である安芸 (あき)佐太 (さた)の出身惑星での二つ名で、桃井 (ももい)栄太 (えいた)面白がって一部に“魔王”をあてがう。これに腹を立てており、会社を興す際に安芸佐太が“魔王”にしようとして口論。最終的に、“魔王”ではなく“舞う王”で手を打った。意味も桃井栄太が知恵を絞ってこじつけ、『世界に舞う王(飛躍する会社)』という強引な手を使う。
事 業:
アンティークの扱いからスタートしているため、未だに主力の一つであり、チェーン店である「舞 (まう)ティーク」を展開している。但し、まれに、国籍不明の一品ものが混じることがある。
西暦1993年度に、異業種中の異業種であるゲーム開発部門を新設。RPGともシミュレーションとも言える「SALTAN (さるたん)」ブランドでゲームを展開、次世代ブランドとして「SALTAN Mo (さるたん・も)」ブランドで、MMORPGの展開している。
他社イベントのスタッフやMC、果てはアトラクションのスーツアクターなどを行っている。もちろん、自社の新作ゲーム発表会などでも同様の内容を行う派遣がある。裏業務として、異惑星に赴く派遣もある。
<登場道具 設定書抜粋>
無物質特異化現象/むぶっしつとくいかげんしょう
概 略:新たな現象、あるいは事象のことを指す名称である。ゲームの魔法と似ているところがあるため、“魔法”と呼ぶ者もいる。
命名の由来:物質が無いところで、特殊/特異な現象が起こることから。
発生 原理:空気中から新たに元素を発見し、(株)舞王と(株)空間倉庫では“アゼニウム”と命名。その後の研究で、“儚 (ぼう)素”と命名した同位体が触媒となって事象を起こす。
五月も終わり六月が始まると、先日社長から説明があった追加の研修が始まった訳であるが。一六名程度であるため小規模な会議室となるのである。であるが、研修中に使用していた会議室とは、いささか趣が違っているように見受けられたのである。
「本社裏の派遣課で使う練習場に、地下が作られているなんて、これはもう、秘密基地なんですね。こんな場所、僕は見たことないですよ」
「友実ちゃんは、なんか嬉しそうね。まぁ、意味的に違うんでしょうけれど……。と言うか、それ以前に、ここに来るまでどれだけセキュリティを通させたのよ。しかも、追加支給されたこれって何?」
「ククッ。まぁ、それだけここが重要と言うことでしょうね。追加分は、説明があったと思いますよ」
「田辺君は、なんか偉そうね」
「えっ? あっ、剣峰さん、申し訳ない。解析とかしてると口調が……。あははは」
勇は我に返ったのか、またやってしまったという表情で、歩実に謝罪するのであった。
この場所が、株式会社舞王にとって、それほどに重要な場所であると言うことなのであろうが、歩実の言う通りで、一カ所か二カ所が良いところであろう。しかし、それ以上となると、社長の趣味か嫌がらせと言えるのではないだろうか。
「そうは言ってもまぁ。何だって一般企業に、こんな場所があるんだよ。ある意味、ここって隔離されてる場所だな。となると……」
「長谷さん。森野さんを見て下さい。怖がってますよ」
「……ちぇっ、何だよ。田辺はぁ、これくらいで怖がる……」
勇の小言に、つまらなそうに呟く智則であったが、スッと出てきた歩実の手が、後ろから智則の頭を回転させると、「あぁ~。ごめんごめん」と慌てる程、友実が今にも泣き出しそうになっていたのであった。
「どうするの? 長谷君」
「え~、いや。田辺ぇ、どうしよう」
「えぇ? 俺に振るんですか? 自分で宥めて下さい」
「冷たいなぁ。俺も泣きそう」
「もう。しょうがない男達ねぇ。友実ちゃん、大丈夫よ」
歩実が宥めることで、友実が、歩実に抱きついてギリギリのところで泣き出すのは回避されたようである。しかし、友実はこの性格で、この先大丈夫なのであろうか。
「つ、剣峰さん。な、な、何をやっているの! こ、ここは会社よ」
「……ん? あっ。岡野さん、ごめんね。友実ちゃんを泣かせないためだったけど、やっぱり会社とかはだめかな?」
「当たり前でしょ。それに、年下を甘やかしすぎなのよ」
「そう? そこまで甘やかしているつもりはないけれど。気を付けるわ」
一先ず、想像を膨らませた彼らであったが、一応、ここは会議室というよりは、講義室の体裁が取られているようである。その理由は、「楽しんでいるようだけど、これ人数分並べた方が良いんじゃない?」と言いだしたのは、佐和である。
それは、アメリカの学校などでよく使われている、椅子とテーブルが一体となっている物であった。
そう言われて気が付いた勇達は、各々一脚を壁際から取って適当な場所に広げて座ったのである。ちょうどそこに、「悪い悪い。遅くなりましたね」と、白衣を身につけた人物かやって来たのである。
「おぉ、椅子の準備はしていたようですね、関心関心。さて……」と、言いながら壁際に寄せていた教卓を引っ張り出し、その並びに置いてあったホワイトボードも引っ張り出したのである。
「よし、準備は良いかな。さて、本日から講義を担当する、宣伝部派遣課の若松一郎です、呼び方は何でも良いですよ。よろしく」
「では、若松さん。剣峰歩実ですが、いきなり質問です」
「おっ。早速ですか、何でしょう」
「何で、白衣を着てるんですか?」
「良い質問ですね。僕の所属は、宣伝部派遣課と言いましたが、正式には、更に下の調整係、化学班だからですね。更に言えば、私はそこの班長です」
一郎の説明に、大部分の新人が理解できていないようである。“ばけがく”という言い方も一般的ではないであろうし、そもそも、宣伝部に何故そんな班が? と言ったところであろう。
「ん? 理解できていないようですね。それは、これからの講義で分かるから安心しておくように」
にこやかなのであるが、一郎が楽しんでいるかのような表情である。
「まずは……。君達は、入社式の後に行われたことを覚えているかな?」
「……」
二ヶ月程前のこととは言え、何か印象に残ったことがあったであろうかと、一六名全員が考え倦ねているようである。
「……うん。そんなものでしょう。結びつくような何かを知らなければ無理な話だからね」
そう言われて、更にややこしく考え始めてしまったようで、新人達は半ばお手上げのようである。
「うんうん。君達は、室内灯とガスコンロを操作させられたのは、覚えているかい?」
そうだろうそうだろう、と言わんばかりに頷きながら、勇達の記憶を呼び覚まさせようとしたのである。そこかしこから「あぁ」や「あれが関係する?」などなど、思い出したようである。
「思い出してくれたようで何より。あれはね、実は室内灯のスイッチも、ガスコンロも、外部には、繋がっていないんだよ」
ややおっかなびっくり呟く一郎の迫力も手伝って、一同は騒然となったのである。ざわめき立つ新人達であるが、「では、何故電気は付いて、ガスコンロには火が付いたのですか?」と、勇が冷静に質問したのである。
「おぉ、冷静だね。君の名前は?」
「あっ、申し訳ありません。田辺勇です」
「その年にしては、礼儀正しいね。良い良い。……で、質問だけれど、それは非常に機微な質問だ。まぁ、大丈夫だろう」
「?」
「電灯などは、何故点くか理解しているかい?」
「一応は理解しているつもりです」
「では、説明してくれるかな?」
「えっ。説明ですか? 科学は専攻していないですから、正確には難しいかと」
「良いよ。一般的な概念程度で」
「では。本当に簡単ですが、電気を流すことで電球や蛍光灯で反応が起こるでしたっけ? すいません、この程度です」
「良し良し。この場に化学に詳しい者はいるかい?」
一郎の問いに、新人達は顔を見合わせているが、どうやら該当者はいないようである。まぁ、化学に全く関係のない会社で、主力はアンティークを扱っているのである。よほどの物好きでなければ畑違いに入社はしないであろう。
「そうだね。今、田辺君が説明した通り、電灯ってのは、電気を流すことによって、化学反応、あるいは発熱によって明かりを灯す、訳なんだけど。あれは、外部に繋がっていない、だがしかし! 君達はどうだったかな?」
「……なるほど。確かに、俺は電気が点きましたし、ガスもいつも通り火が点きました」
勇の一言で、他の新人達も頷きあっていたのであるが、約一名、「ふふふふ。なるほど、やはり俺は選ばれたのか」と、感慨に耽っている者がいたのであるが、「彼は……。あぁ、彼のことだったのですか」と呟く一郎に、「こいつのこと知ってるんですか?」と、歩実が“こいつ”呼ばわりしているが耳に入っていないようで、「うん。社長から直々に警告されているね」と告げると、「危険人物扱い」と返すに至り、「そうとも言えるけれどね」と答えるに至ったのである。
「で、君達がここにいるのは、無い物を存在するように出来るからと言う事だね」
一郎の一言で、再びざわめく新人達である。
――つまり、無い物を作り出せると言うことか。まるで、魔法じゃないか。科学文明のまっただ中にいるのに? ワクワクするけれど、一体何が起きているのだろう。
勇の思いは当然である。三三歳で人生を終えた筈が、やり直しに似た状態に置かれた上に、更に魔法の如くの現象があるのである。期待と不安が入り交じるのは致し方がないと言える。
「まぁ、そうは言っても。今この場で、火をおこすとか水を出すとか、装置も何もない場所では何も出来ないからね。アニメや漫画のようにはいかないよ」
一郎の一言で、ワクワクしていた一部の期待を粉砕したのは言うまでもないことである。
「そうそう。一番肝心なことを忘れていたね。これらの現象を我々は“無物質特異化現象”と呼んでいる。物質が無い状態で、電気が点く、水が出る、火が点くと言った異なる事象のことだね。“特異”って言うのは、無いのに出来るという特殊な事象、火が点く水が出ると言った異なる事象って事だね。……おやおや、パンクしそうだね。まぁ、日本語で表そうとすると堅く難しくなるからね」
そう言った一郎は、嬉しいのか意地悪なのか、ややニヤけた表情だったのであるが、「おっと、伝わっていると思いますがね、念のため。アパートなどに住んでいる人は、今日中に、大家さんか管理会社に、今月末までであることを連絡して下さい。来月からは、社員寮に移りますからね」と、一郎が告げると、「うそぉ」、「聞いてないよぉ」など、あちこちから苦情が飛び出したのである。
「あら。本当に貰っていませんか? 発表があった日に、通達の書類を渡されたと思うんですが」
一瞬静まりかえった室内であるが、一斉に、これまでに配られた書類を見直すのであった。しかし、「無い!」や、「無くした?」などなど、更に騒ぎが大きくなってしまうのであった。
「えっ? 本当ですか? それは一大事じゃないですか。ちょっと待って下さいね」
そう言った一郎は、「あ、もしもし、化学班の若松です。今し方最終確認したところ、来月から寮に移る通達書類が、渡っていないようです。……はい。はい。えぇー! どうするんですか! はい、はい。分かりました」と、備え付けの受話器を置くと、ため息を一つ付いたのである。
「君達。申し訳ない。不手際によって、書類が配布されていないとのこと、それと、寮に入る書類も配布忘れとのこと。今から、緊急で今借りている部屋の解約手続きを始めるそうですが、交渉は、会社が責任を持って行うそうですよ。と言うことで、皆さんの人生始まって以来の修羅場を体験しましょう」
そう和やかに閉めたつもりの一郎であるが、新人達からは、当然非難囂々になるのは致し方がないことである。そして、修羅場を書き記すのは、大変である。よって、結果のみを記すことをお断りして、交渉で事なきを得た者、七月一杯になってしまった者などが出たものの、一月分は、不手際を詫びるため会社が持つことで折り合いを付けたようである。
尚、この日は、ろくに講習が出来なかったことも、付け加えておかざる終えないのである。
「若松さん! 何で最初に言ってくれなかったんですか!」
追加の研修が二日目となった翌日。講義開始早々に歩実が食って掛かっているようである。
「剣峰君。落ち着きなさい。……はぁ。さっきも言いましたが、無物質特異化現象を公に口外する、気が付いていない人に説明しようとすると、説明者に何かが起こるんです。厳密には、事故に巻き込まれたり、体調を崩したりですがね、前例ならいくらでもありますよ」
「ですから、それを何故先に……」
「知りたくなかったかな? いきなりこんな話では、君達の意欲が下がるでしょ。だから、初日ではなく、二日目に回したんですよ」
「いえ、まぁ。そうなんですけれど。なんと言えばいいか……」
一郎の説明に、言われる通りであろうと想像が出来たようで、歩実の声は次第に小さくなっていったのである。
「あの。知らなければ、会社に残れない可能性はありますか?」
「うん。田辺君は素晴らしい。追加の研修に回った時点で、知りたくない、は通用しませんからね。これも会社という組織の弊害ですね」
歩実、勇と一郎の会話で、他の新人達はため息をつく、項垂れるなど、意気消沈する者が殆どであった。
「やや意欲が低下したところで何ですが、講義を続けましょうか」
一郎が、やや申し訳なさそうに告げているが、新人達は、一様に面食らった様相を呈していたのである。
「それじゃ、基本的なことですが。この世の全ては、何かの元素が元になって出来上がっているのは、ある程度は理解していると思います。但し、火や炎といった別の元素が化学反応によって生じる物もありますね」
化学的な解説を始める一郎は、ホワイトボードを使って説明を始めた。のだが、ショックが抜けていない新人の大部分は、聞いているのか理解できているのか怪しい状態である。
「若松さん。火が出来るのは燃えるからって事ですか?」
「田辺君。君は動揺していないのかな?」
「えっ? あぁ、そうですね。そうなります?」
「何故、僕に聞くのか……。まぁ良いですか。で、今の質問ですが、火については個体として存在しない。あぁ、言い方が難しいですね。火、というのは現象であって、現物ではない。と言えば分かるかな?」
「はぁ、なんとなく」
「……なるほど。言われてみれば、確かに火が単独では存在しない」
「おっ。長谷君も復活したね。その通り。火を見るには、何かを燃やさないと見られないね。一方で、石とか岩は、大雑把に言えば固形の物質である。更に大雑把に言えば、元が生物の遺骸や石英系という違いはあれど、その辺に転がっている物で、見ることも触ることも出来るね」
長谷の復活を機に、徐々に新人達も一郎の話に耳を傾け始めたようである。
「……と言う訳で、地球上の物質は、何らかしらの元素が元になっている訳ですよ」
「若松さん、それと、無物質……特殊か、伝承? でしたっけ?」
「剣峰君。無物質特異化現象ですよ」
「あ、すいません。それと、何の繋がりがあるんですか?」
「うーん。良い質問だ。物質が無いのに、物質や現象を引き起こす。今までの話からすると、あり得ない筈だよね」同意を得るように語る一郎で、新人達も無言で頷いているのである。
「そう。不思議だねぇ。まるで魔法だ。しかし、現社長と副社長のおじいさん達が、その現象の謎を突き止めたんだよ。それが“アゼニウム”であり、“儚素”だ」
そう語りながら、ホワイトボードに“アゼニウム”、“儚素”と書き記すと、――“アゼニウム”って何だ? “儚”は“はなかい”だったかな? 一体どんな意味があるんだ?――と、勇は、研究者の血が騒ぐかのように目を爛々と輝かせていたのである。
「「“アゼニウム”というのが物質を生み出す源であり、“儚素”は化学反応を促進や媒介する、いわゆる触媒ですね。……あぁ、触媒は分からないか。そうだな、触媒って言うのはですね、ある物を別の物に変化させるのを手助けする物、と覚えておけば良いかな。ま、厳密には触媒事態も変化するんですが、それは気にしなくて良いかな」
流石に化学班に在籍するだけあって、一郎はスラスラと言葉を紡ぎ出していくのであるが、一方で、畑違いの者が多いであろうことを意識してもいるようである。
一郎の説明で、小首を傾げる者や既に頭がパンクしている者が続出し、一部でざわめいているようである。流石に、化学に精通した物は皆無と言ったところのようである。
「あ、あぁ、静かに。難しいのは分かるけれど右から左で構わない、ようは、無物質特異化現象は、魔法的な現象ではなく科学で立証できる現象だと言うことですよ。それくらいは覚えられるでしょ?」
一郎の言葉に、大部分の新人達が安堵したようであるが、「若松さん」と、勇が手を上げ「はい。田辺君、何かな?」と返すと、「多種多様な現象が起こるのに、その、触媒(?)は一つなんですか?」と、勇が専攻している知識を持って質問したのである。
「おぉ、良い質問だ。田辺君は、化学に精通しているのかな?」
「いえ、専攻はスポーツ科学です。ですので、化学物質については多少の知識があります」
「うんうん、なるほど。さて、田辺君の質問だが、まぁ、結論を言えば、一つで多様な化学反応を起こすことは、地球の化学上ではあり得ない。が、学会や大学を巻き込めないですからねぇ、見つけられていない元素があるのか、あるいは素粒子レベルで何かが起こっているのか。その辺りは、当社では戦後から進んでいないのが現状ですよ」
まるで、大学か何かで講義を受けているようにも見えるが、れっきとした会社で行われている研修である。幾分、専門的になりすぎているきらいはあるものの、勇を始めとした新人達は、数日間このような講義を受けることとなったのである。
*
「おはよう。二〇一七年六月五日の月曜日、屋外はそれなりの暑さですが、今日も講義を始めましょうか。さて、今日からは先週ざっとですが教えた無物質特異化現象を、各自、身を以て知ってもらおうと」
一郎の挨拶に、それなりの元気さで返す新人達であるが、「身を以てって、何?」や「無物質特異化現象を体験するの?」とか、「俺はすごいことをするぞ」などなど、ざわめき立つ新人達である。講義ばかりであったためそれも致し方ないであろう。
「はいはい。静かに」
一郎の発言が引き金であるのだが、一際大きな声を出した事で、次第に静まっていく一同であった。
「まぁ、苦痛でしかなかった講義ではないですから、分からないではないですが。これから詳細を説明しますよ」
この言葉に、一部新人の目の色が変わったようであり、やる気満々といった表情も見受けられる。一応ここにいる新人達は、無物質特異化現象の発動が出来る面々である。
「まず、今日と明日の二日間。無物質特異化現象の基礎的な物をやってもらいますよ。それで、君達は一応、入社式で発動させられていますがね、今日明日使うのは、ガスコンロでもなく、電気のスイッチでもないから、現象を起こすのにイメージしにくいかもしれないですね」
「な、何を使うんですか?」
「おっ、珍しいですね、えーと」
「あ、あの、も、森野、です」
「あぁ、森野君か。そんなに怯えなくても良いですよ。大丈夫ですよ」
「す、すいません。性格的な、もので」
「いやいや、大丈夫ですよ。で、質問の答えですが、“杖”と呼んでいるスティック状の物を使います。これで、先ほど言ったイメージしにくいというのは理解できたかな?」
「はい」
「うん、よろしい。さて、杖について少し説明しておこうかな」そう言った一郎は、新人達にどのようなものであるのか説明を始めるのであった。
一郎の説明内容を要約すると、“杖”には無物質特異化現象を発生させるため、アゼニウムや儚素を集束させる装置が先端に付いており、上空(集まった元素同士を化学反応させるための場所として)に向けて使用する。どの現象を起こすかを指示する、化学式を読み出す装置が付いている(発動させる現象をより明確にするためでもある)こと。後は、読み出しに音声入力が必要と言うことである。蛇足であるが、その“杖”には、雰囲気作りのためLEDが発光する仕組みも付いているそうである。
「説明は以上ですね。では、実習に行きましょうか」
「若松さん、行くって表ですか?」
「長谷君。済まない言い忘れていたよ、ここの地下四階だ」
地下一階から四階まで移動になるのだが、その途中の地下三階にあるロッカールームで、ジャージに似た訓練着に着替えるのである。そして、一郎を伴って降り立った面々は、「す、すごい」や「広い!」、「何だこれは」と言った、感嘆の声が幾人からも漏れてきたのである。
「よしよし。感動するのはここまでだよ。これから順番に始めようか」
「はい!」
パンパンと手を叩きながら新人達を静かにさせ、無物質特異化現象の訓練が始まるようである。期待を膨らませた新人達の返事は、これまた元気一杯であった。
「それじゃぁ、まずは、一人ずつ行こうかね」と、杖の扱い方を教えていくが、見えるように、「使いたい現象を、下から四分の一辺りにあるマイクに入力されるように呟く」と語ると、一人目に実際に扱わせる。「噴霧!」と半ば叫ぶが、杖は余り高く掲げなかったようである。その所為で、化学反応する場所が頭に大分近くなり、現象として起こる同心円の光が発生したことから、「うわぁ!」と、杖を投げ出してしまう始末である。
「おっと。えーと」
「相田知己です。すいません」
「相田君か。まぁ、最初はそんなものです。でも杖を投げ出しちゃだめだよ、これでも一応は精密機械なんですからね」
「す、すいません。びっくりして」
「まぁ、強度と衝撃はそれなりに持たせてありますから、壊れることはないけれどね。全員気をつけるように」
一人目は、やや失敗したものの、それ以降は、おっかなびっくりの者もいたが、ほぼ全員が何らかの現象を発動させていったようで、感心しきりだったようである。
人数が一六名程であったため、一郎を中心に円で並ばせて、壁に向け自由にメモりされている現象を発動させていったのである。
「若松さん。火や炎だけじゃなくて、球にして飛ばしたいです」
「ほぉ。君はぁ」
「高橋洋子です」
「高橋君ね。君はゲームファンタジーが好きなんだね。では、このメモリに変えると良い」
「あ、ありがとうございます」
一人がそう言いだしたことで、各所から「ロボ的」とか「俺もファンタジー的な」や、果ては「荷電粒子的な大型の物」などなど、それぞれの愛が溢れているようであった。
そして、各所で「火炎弾!」や「ファイヤーボール!」、時に怪しい「破壊光線!」などの言葉が叫ばれたのである。
その一方で、「火炎球って、どう言う形だ?」や「稲妻って、どう言う形?」などなどイメージが付かない者達もいたようである。
「火炎球! ……くそっ! 俺は大卒だ。何故この程度なんだ」
そう叫んでいるのは、法雄であった。元々、空想などとは無縁であり、現実でも自分さえと言う男である。日常で使っている物くらいならば、理解できるのであろうが、非現実的な現象については、今更難しいのかもしれない。その答えが、杖の上空で出来上がった、種火ではないものの周りの半分くらいの火に現れているのである。一方周りでは、正に火炎球といえる物が飛び交っているのである。
「水球! あぁ、俺もだめだ。小さい物しか出来ないな。田辺は……」
「水球! 見ての通りですよ」
お互いに苦笑いしている勇と智則であった。火系もそうであったが、水系に至っても、野球のボール程度の大きさにしか成らないようである。何か、置いてけぼりを食ったような二人、いや、他にも数人いるようである。
「剣峰さんにも不得手があるようね」
「岡野さん。……そのようね。火も水も、ピンポン球より大きい程度じゃ、使い道無いかも」
――剣峰歩実。どうして、そう楽観していられるの。気に入らないわね。
「よーし。大分慣れたようだね。……あぁ、幾人かはぱっとしなかった者もいたのかな。大丈夫だよ。無物質特異化現象は、これが全てじゃぁないからね」
盛り上がっている者達に向けた、羨ましいといった怨念のような空気が漂っていたが、一郎の一言で、ぱっと場の雰囲気が変わったようである。
――くっ。大卒の俺が、こんなところで後れを取る訳にはいかない。イメージするとは……。見ていろ。
この後、“イメージする”とはどう言うことなのかを勉強し、翌日には、派手な火球を披露することになったのである。
*
「おはよう。六月七日の水曜日です。外は曇り空で日差しによる暑さはそれほどでもありませんが、蒸し暑いですね」と、告げたところで、「若松さん」と、手を上げる新人に、「はい? 何ですか?」と、何かあったかと小首を傾げる一郎であった。
「そのぉ。毎日今日の日付と外の天気を言ってますが、何か意味はあるんですか?」
「あぁ、なるほど。えーと君は……」
「石井信照です」
「はいはい。石井君ですね。……そうですねぇ。特に意味はありませんが……。強いて言うなら、口癖、ですかね」
「言って頂かなくても良いんですが、口癖では、止めるのは難しいですね」
「そうですねぇ。癖、ですから、その辺りは聞かなかったことにしてくれると助かりますね。さて、今日と明日は、武器類を一通り扱ってもらいます。ちなみに、武器類は私の管轄外ですので、同じ部の派遣課で、この練習場全般を管理している稽古係の方にお願いしてます。それでは、早々に地下三階に向かいましょうか」
地下三階に移動した面々は、そこでいかにも鍛えていると言える人物が待っていたのである。
「よーし、来たな新人ども。俺は松西だ、よろしくな」と、更衣室前に待ち構えていた松西が挨拶すると、「うわぁ、筋肉すごい」や、「筋肉馬鹿?」とか、「僕はついて行けなさそうです」などなど、一部不適切と思われる言葉が飛び交っており、新入社員達はざわついていたのである。
「はいはい。皆さん、静かに。挨拶は終わってますが、今日と明日の二日間、武器類の扱いについて指導してもらう、稽古係の松西金志さんです。ちなみに、僕は、武器は使えませんのでここから見させて頂きます」
「改めて、俺は松西金志だ、よろしくな」
金志の挨拶に、一部から“よろしくお願いします”と元気で大きな返答がなされると、逆に一部では塞ぎがちになる者達がいたようである。
「元気、元気。よろしい、とは言え、体育会系的なノリには学歴的に会わない者もいるだろう。まぁ、無理をさせるつもりもない。俺のノリに合わせろとも言わないが、今の内に慣れておくのが良いだろうな。それじゃぁ、着替えたら下に集合だ」
ざっくばらんと言ってもいい、気の良いおっさん、いや、兄貴といった雰囲気を醸し出す金志である。やや嫌悪感があった新人達も、元気の良い返事が返せたようである。
数分後には、新人全員が地下四階に集合して、金志の武器を扱うための講義が始まったようである。
「……まぁ、武器に関しては、講義はほどほどで、後は実際に扱った方が早い。でだ、とりあえずは竹刀を手に取ってもらおうか。おっと、今日明日は、まぁ、お試しと言ったところだから、二日間で一通り扱っていくからな」
全員で、用意された竹刀を手に取っていくが、――これが竹刀? 剣道をやった身としては、これは何だ?――と、訝しむ勇であり、「松西さん、これが竹刀ですか?」と、質問していたのである。
「あぁ、すまん。名前を教えてくれ」
「あっ、すいません。田辺勇です」
「うむ、ありがとう。田辺君か。今の質問だが、剣道の経験者かな?」
「はい。中学生の頃に」
「そうか。では、少し説明しよう。田辺君が疑問に思ったように、これは剣道で使う竹刀とは違っている。とは言え、竹を使っているのは同じだ。ここでは、円柱状ではなく、日本刀形状に組み合わせている。詳しい理由は追って伝えられる筈だが、それ相応の理由があると思ってもらって良いぞ」
金志の言葉に、――と言うことは、何れどこかで本物を扱うことがある。と言うことなのか? しかし、日本の法律では銃刀法違反に成るのでは?――と、考え出す勇であった。
「よーし。それじゃぁ、始めようか」
そして、金志による剣術講義が始まった訳である。しかし、現代日本においては、殆どが対人用の刃物(あるいは、剣道における竹刀も含めて良い)を持った経験など無い訳である。それなりの重さがある訳で、竹刀に振り回される者が続出し、構えられてもへっぴり腰に成るのは当然と言えるのである。
新人の中で、様になっているのは勇を始めとした数人程であり、振れるようになるには時間が必要であろう。
「よーし。素の竹刀はここまでにしようか。ここで使う竹刀の鍔には、小さいが杖と同じ機能が備わっている。つまりどう言うことだ? えーと、じゃぁ剣峰君」
金志は、クリップボードに挟んである紙に記されている、一覧から適当な名前を呼んだようである。
「えっ、あ。はい。つまり……。無物質、特殊……じゃない。特異化、現象を起こすことが出来る、ですか?」
「うん、まぁ。名称はゆっくり覚えてもらうとして、剣峰君の答えは正解だ。とは言え、機械が小さいから竹刀を覆うのが限界だな。……と言う訳で、各自何らかしらの現象を竹刀に起こすように」
そう言われ、杖と全く同じように“火炎弾”や“ファイヤーボール”と呟く者達がいたが、鍔は全く反応しなかったようである。それもその筈で、金志は竹刀を覆う程度、と言っていたことからも想像できる通り、放つ現象を起こすように作られていない、と言うことである。
――ふむ。みんなも苦労しているな。さてと。どうしたものかな。松西さんは、“竹刀を覆う程度”と言っていたか。となると……。
「火炎!」
思案した勇は、飛ばす物ではなくましてや球状ではない、只の“火”をイメージして唱えてみたようである。すると、鍔から火の手が上がり、竹刀を覆う程度まで広がったのである。
隣から、「おぉ」と、感心する声が上がり、ぼそりと、「なるほど。そう言うことか」と、一人納得したような表情をする智則であった。
それをきっかけに、あちらこちらで火や水、果ては氷までの現象を起こすことに成功した新人が出始めていた。
最終的には、杖に比べて早い時間で全員が現象を引き起こすことが出来たようである。
「よしよし。全員早いな。大まかな竹刀の扱いはこれくらいにして、次は、棒に行くか。それに、単純な棒だけではなく槍にも応用は利くだろうからな」
そして、棒術の扱い方の講義と実地が行われた。竹刀にも言える訳だが、総じて、運動経験者が早くなじんだと言えるようだ。ここに至って、運動経験者とそうでない者の間に若干あった怪しい空気も解消されたようである。要は、各々に得意不得意があると言うことが理解できた、と言うことのようである。
その日の実習が終わると、「お疲れ様。あさってからは無物質特異化現象と武器の実習を本格的に始めますからね。あと一週間程で今日まで学んだことをある程度使いこなしてもらいますから、覚悟して下さいね」
一郎の涼しげに語る口調とは裏腹に、内容から新人全員が疲れも手伝ってか、「まじか」や「うそぉ」などと言った絶望感を口にする程に、かなりぐったりしているようである。余り堪えていないのは、勇や歩実など運動をしてきた者達だけのようである。




