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<登場人物 設定抜粋>
田辺 勇/たなべ いさむ
西暦1996年04月04日 男
体格:見た目はやや太い。
頭髪:赤茶の入った黒。スポーツ刈り。
顔 :細い故にたれ目が目立つ。瞳は黒。鼻筋の見えない小鼻。
性格:育った環境も手伝っているのか、慈愛とも言える優しさを持っている。一度信じた事柄に対しては、よほどのことがない限り初心を貫くことにしている。
長谷 智則/はせ とものり
西暦1993年04月20日 男
体格:筋肉質にはほど遠いが、ふくよかではない。
頭髪:黒髪で耳が隠れるほどの長さだが、天然パーマ。
顔 :細面に、細い目、鼻筋は隠れている小鼻。
性格:ざっくばらんと言えば聞こえは良いが、言動がやや子供。
井ノ瀬 琴美/いのせ ことみ
西暦1998年08月25日 女
体格:肉付きに比べて細く見える。
頭髪:黒髪でややウェーブが掛かっている。肩甲骨辺りまで伸ばしている。
顔 :小顔で、大きめの目、鼻筋が通っているやや大きな鼻。
性格:明るい方であると認識しているが、上がり症。
尾川 法雄/おがわ のりお
西暦1994年5月7日 男
体格:きゃしゃ。
頭髪:黒で短め。耳が出ている程度、頭頂部をふんわりさせて分け目はない。
顔 :ややたれ目で大きめ。瞳はやや茶。鼻筋は通っているが大きめの鼻。
性格:すさんでいる訳ではないが、いい加減なところがある。上を目指すためなら何でもする。学歴が全てに優先すると思い込んでいるため、学歴が低いと判断すると扱いが酷い。
剣峰 歩実/つるみね あゆみ
西暦1993年09月16日 女
体格:本人曰くぽっちゃり系。
頭髪:ストレートの黒髪。肩より長くしている。戦闘時はポニーテールに結っている。
顔 :小さいがぱっちりした黒い瞳の目。鼻筋の見えない小鼻。
性格:性格はおとなしいが、人なつこい。誰とでも直ぐうち解けることが出来る。時折見せる姉御肌的な言動は、年下の者に何かある場合にのみ現れる。
水上 佐和/みずかみ さわ
未定 女
体格:昭和世代ほどの低さはないが、同世代では低く、細身。
頭髪:赤茶でショートカット。
顔 :小顔で、細い目、鼻筋が見えない小鼻。
性格:あっさりしている。是々非々であり、間違いを認められる広さは持っている。
森野 友実/もりの ともみ
西暦1998年06月06日 女
体格:下半身が筋肉質であり、上半身とはアンバランス。
頭髪:赤茶の入った黒で天然パーマ。耳が隠れるほどの長さ。
顔 :やや幼さのある造形。目は大きめで黒い瞳。鼻筋は見えない小鼻。
性格:性格はおおらかであるのだが、口数が少なく強くもの頃を言えない性格もある。また、優柔不断な一面もある。
山国育ちであり、自然が大好きで、野山を駆け回っていたためか、かなりの健脚である。
安芸 智/あき さとし
西暦1980年10月10日 男
体格:ほぼ、日本人と言える体格。同と足の比率は半々。
頭髪:黒が基本の焦げ茶の髪。分け目はないが、ざんばらではない。耳が半分ほど隠れる長さ。
顔 :釣り目気味。ややグレーが入った瞳。耳はとがっておらず、現代の日本人と同じ。鼻筋は通っており白人風。
性格:荒くれ者はなりを潜めているが、こと戦闘になると箍が外れることもある。お人好し寄りで、来るものは拒まない。だが、出て行こうとすると引き留めようとするもろさがある。
桃井 美郎/ももい よしろう
西暦1953年6月18日 男
体格:昭和の漢であるためか、良く鍛えており、所謂おじさん太りはしていない。
頭髪:黒で短め。耳は出ており、七三で分けられている。
顔 :真一文字の細めの目。瞳は黒。鼻筋は見えない小鼻。やや薄い唇。
性格:生真面目であるが、温厚であり、計算高い。仕事の姿勢と同じだが、他者に対して厳しいところがある。
この性格は栄太、栄二郎とも似たようなもので、桃井家の宿命と言える。
新人研修の翌日。新人が部署数分に班分けされた事が通達され、その班分けに従ったスケジュールが発表されたのである。
本社の新人も数十人いるため、幾つかの会議室に分かれているが、班分けで初顔合わせになるため、二~三程の班が一つの会議室に集められていたのである。
会議室は、何処の会社にでもあるような、天井部が抜けているパーティションの壁で囲われており、遮音性より視界の遮断を目的とした薄いものである。
「僕は長谷智則、二三歳です。よろしく」
「私は井ノ瀬琴美、一八歳です。よっ、よろしくお願いします」
「俺は田辺勇、二一歳です、よろしく」
勇の班では、ひとまず簡単な自己紹介が行われたようである。総勢六名になっているようである。
「一班として、今日から始まるのは販売購買課か」
「販売と購買をするってことか?」
「購買って何ですか?」
「何言ってんだ? それくらい分かれよ」
「あ、えっと、違いっ……。う~」と、焦ったためであろう思いきり舌でもかんだようである。しかし、二度目となる社会人経験者である勇が、「高卒を威嚇してどうするんですか」と、釘を刺すだけではなく「多分、何を買うのかと言いたかったんじゃないですか?」と、代弁することも忘れないのであった。
「しょ、そうでふ……。あう~」
「萎縮しているじゃないですか。しばらくは一緒に研修を受けるんですよ。威嚇してどうするんですか? 長谷さん。もしかしたら、井ノ瀬さんに負ける事だってありますよ」
二度目の社会人であるためであろう、勇は、今後も含めた協力について、まっさらの新人を諭すだけではなく、得意不得意があるかもしれないと釘を刺す事も忘れていないのである。
「そ、そうか……。確かに、言い方が悪かった……。確かに、購買って何するんだろうな? 買うって事か?」
過ちを素直に謝れる智則である。それはそれで、非常に良い事であるが、会社という組織において出世するに従ってどうなるのであろうか。一方の琴美は、泣きそうな表情が一転、理解された事に笑みを浮かべるのであった。
「全員、班内で自己紹介は終わったかな? それでは、班毎にスケジュールに沿って研修する部署に向かうように」
班分けの通達を行った社員の号令で、ぞろぞろと会議室を出て行く新人達であるが、緊張と期待、それと自分に出来るのかといった感情が入り交じっているようである。私語をしながらゆったりとした歩で会議室を出て行くが、「こら、私語は控えて、早く行け」と、早速、檄が飛ばされるのであった。
同じ頃。
「良いか。三班は俺の指示に従え」
「おい。尾川って言ったか。何故仕切る」
「は? 俺は大卒だからだ」
「何言ってる。俺も大卒だぞ」
「俺は、首席で卒業しているからお前とは違う」
「なっ。何処の大学だ」
「どこかではなく。主席の大卒が重要だ」
法雄が属する班では、早速問題が発生、いや、法雄自身が問題を発生させているようである。言い合いしている中でも、法雄は腕組みし、威嚇するような見下すような視線を班員に向けているようである。
法雄の言い分は、かなり荒っぽいと言えないとは言い難いが、受ける方の新人もまた、同類と言ったところである。
「待て待て。何をやっている」と、班分けの通達を行った社員が、揉め事に割って入ってきたのである。
「いえ、何でもありません。俺の指示に従うように言っただけです」
「……何故、君が指示を出す必要がある」
「は? 俺が、大卒だからですよ」
「……うむ。新人研修では、先輩が指示を出し、君たちが各々指示通りに作業するんだ」
「それはおかしいですね。首席で卒業した俺が、下っ端の作業をするのは問題です」
「そうではない。学歴問わず、新人はまず先輩から業務を教わって覚えるところから始めるものだ」
班分けを通達した社員が、法雄に新人が行うべきことを説明しているようであるが、「そうですか。では、どのようにしたらキャリア組に入れますか」と、あさっての質問をしてくるところが法雄らしいと言えばらしいのである。しかし、その質問に社員の方が頭を抱える事態になっているようであり、他の新人も、“何を言っているんだこいつ”と言った、驚愕とした表情で、どうして良いのか分からなくなっているようである。
同じく、班分けが終わった頃の別の会議室前では、「となりの会議室、何か騒がしくない?」と、薄い壁越しに聞こえてくる声に耳を傾けたようである。
「そうねぇ、どこかの馬鹿が騒いでいるんじゃないかしらね」
「うわぁ。剣峰さん、おしとやかな言葉遣いでも、単語がきつくない?」
「水上さん。酷い言いようねぇ」
「森野さんも、そう思うわよねぇ」と、水上佐和が、友実に同意を求めているが、「ぼ、僕は、そ、そうでもないような。気もしない、でもない」と、怯えているのか元からなのか、双方を立てようとでもしているのか、何を言おうとしているか収拾が付かなくなっているようである。
「あらまぁ。だめじゃない、威嚇するように同意を求めるから、森野さん、縮こまっちゃってるわよ」
女の戦いが、人知れず発生しているようであるが、「こら! そこの……、五班は、さっさと研修に向かわないか!」と、社員の雷が落ちて、脱兎のごとく研修を受ける部署へと向かうのであった。
新人研修も大分進んだ、四月も半ばを過ぎた頃。全ての班が販売購買部、営業部、宣伝部、開発部と一通りの研修を終え、研修の感想を聞くグループ面談が行われていたのである。
「人事課の佐々木だ。会議室に集まってもらったのは、研修も一通りは受けたところで、そろそろ次の研修に向けて、これまでの研修についての感想……。つまりは、研修してみて、うまく出来た出来なかったといった類いの感想を、班ごとにまとめて聞く事になった。まずは一班からだな。他の班はしばらく待て」
佐々木の説明、と言うよりは、人事課という肩書きを聞いてざわめきだっているようである。新人に限った話ではないが、人事権を持つ部署であるのだ、不安になるなと言うのは無理な相談である。更に言えば、研修中の新人である、下手な事を言えば、採用の取り消しになると考えても不思議ではないのである。
「さて。まずは不安がらせたようで済まない。今回の面談で、研修期間中の解雇はないから安心するように。と言うのも、社長の方針があるからだ。新人であろうが無かろうが、採用した以上は、途中で投げ出す事は御法度、との事だ」
佐々木の言葉に、安堵する面々であるが、――ほう。珍しい方針だな。これは、当たりか?――と、内心嬉しさを覚える勇であるが、「君。薄ら笑いは止めなさい」と注意される程に、顔に出ていた勇は、恥ずかしさに俯いてしまうのであった。
「それでは、面談を始めよう。まずは、俯いている、えーと」
「田辺勇、です」
顔を起こして、キリリと引き締めた表情で答える勇であった。
「ん。では、田辺君はどうだったかな?」
「そうですね。販売購買部は、面白いとは感じましたが、向いていないような気がします。営業部は、よく分かりません。宣伝部は、派遣課がスポーツ科学をいかせそうではありますね。開発部は、全くだめだと思います」
勇は、反芻するかのような感想を述べる一方で、バッサリ切るような感想の落差が激しかったのである。中でも、開発部については完全否定をしたのである。――流石に、ソフト系は勘弁してもらいたいな――との思いから出たようである。
「おいおい、田辺。工学部出の俺から見ても、開発部はありだと思うが?」
「そ、そうですか? いや、そんなにすごくないでしょう」
「いえいえ、田辺さん。うちの班では、長谷さんに次いで適性があると思います」
などなど、一班内でも評価が高い事、いや、元々知識がある訳だから当然と言えば当然である。勇の言葉からも本音がチラリと覗いているのは、やはり、楽しかったのかもしれない。しかし、本人の意思としては、別の仕事をしたいと言う事なのであろう。
別の会議室では、問題児が何やら問題を起こしているようである。
「大卒の俺が、下っ端がすることをした訳ですが。やはりどの部署であろうと、管理職以外は論外です」
「尾川君……。いや、そう言うことが聞きたいのではなくてだな。出来た出来ないや、面白いなどが聞きたいのだが」
「俺は大卒だ! 出来た出来ないなどではなく、しかも面白い……。そうか。下っ端を使うことは面白そうです。後は……、そう。社長が配属された部署が良いですね」
「……分かった。次は……」
怒り心頭といった表情で捲し立てる法雄であった。本人としては、管理職以外を考えていない、いや、管理職になるのは当たり前だと考えているようである。それに付き合わされている社員であるが、受け答えが、微妙にかみ合っていない。いや、法雄の主張が強すぎるため、どうしても会話が成立しないのであろう。
*
研修期間も進んで四月も終わる頃。新人教育の次の段階として、適性のある部署を絞って研修するというものがある。これは、新人毎に部署の仕事にある程度の適正(一部の部署にはセンスも必要)があることとされるが、部署の業務率や人員も考慮される。その説明会を幾つかの会議室に班を分けて行われることとなったのである。
「今日は、五月の休み明けから始まる調整研修に向けて、各人の適正部署を通達する」
人事課の社員によって淡々と説明が行われる中で、その内容にざわめき立つ新人達である。が、「静かに」とやや表情を変えた人事課の社員によって、ばつが悪そうに静まりかえる新人達である。
「一人ずつ辞令を渡します。呼ばれた者は前に出てくるように」
そう言った人事課の社員は、一班から名前を呼び、新人が辞令を受け取る、と言う遣り取りが始まるのであった。受け渡しでは、各会議室の人事課社員の性格も手伝っているのであろう、ただ渡すだけ、あるいは一言掛けて渡す者がいたのである。十数分程で、この会議室に集められた新人への辞令交付は終了したのである。
「交付は終了です。本日のこの後と、あと数日はこれまで通りの研修です。速やかに研修業務に戻るように」
受け取った辞令を見た新人達は、歓喜を上げる者、落胆する者がいたようである。
――ふむ。宣伝部と開発部かぁ。まずいな。
勇が辞令内容に、苦虫を噛みつぶしたような表情をしていると、「田辺。どうだった?」と長谷が覗き込もうとする。
「あっ。何で隠すんだよ」
「いや。良いとも言えないかな?」
「そうか? ……まさか、開発部が入ってたんじゃ」
「!」
「なるほど」
「な、何ですか」
「田辺さん。顔に出てますよ。開発部が入ってたんですね」
「……あぁ。そうだ。長谷さんは入ってなかったとか?」
「……う~ん。入って……たよ。安心しろよぉ。俺はな、それくらいで、怒る程子供じゃぁない」
「長谷さん。言い方が怖いです」
「あっ。ごめんな。……それじゃぁ、研修に戻るか」
和気藹々と会話しながらも、研修業務に戻ることにした勇達であった。
同じ頃。別の会議室では、約一名が大変なことになっていたのである。
「これは、どう言うことです」
「辞令内容ですか?」
「そうです」
「会社の決定事項です、説明はありませんよ」
「何故、大卒の俺が、下っ端のようなことをしなければならないのですか。販売購買部と営業部とは、どう言うことですか」
「申し上げた通り、説明はありませんよ。辞令に従えない場合は、退職して頂きます」
「ぐっ……」
法雄が、鬼の形相で、人事課社員の座るテーブルに、バンと両手をついて食って掛かっているのである。それを、簡単にいなす人事課社員であるが、食い下がるのを止めようとしない法雄に対して、退職勧告をするに至ったのである。
他の班の新人達は、指示通りに研修業務に戻り始めていた。一方、法雄が属する班の新人達は、まとまっていこうとでもしていたようであるが、この顛末にあきれたのであろう、待つのを止めて会議室を出て行くのであった。
「説明して下さい」と、食い下がる法雄に対して、何も答えることなく、新人が出払ったのを確認すると、「会議室を閉めますよ。出ますよ」とだけ告げ席を立ち、食い下がる法雄も出たことから会議室を閉めるのであった。「さ、君も早く研修業務に戻りなさい」と、最後に告げて足早に去って行く人事課社員に対して、相手にされない苛立ちを視線に込めながら、立ち尽くす法雄がいたのである。
更に同じ頃。
「はぁ」
「友実ちゃん。どうしたの?」
「えっ。剣峰さん。あの、僕、やっていけるんでしょうか?」
「えっ? 何? もうだめなの? ……あぁ、辞令ね。何処だったの?」
「それが……」と言って、友実が見せた内容は、販売購買部と宣伝部であった。しかし、「あぁ、あたしも似たようなものね」と、歩実が見せた内容は、販売購買部と営業部であった。
二人でため息をついていると、「どうしたの?」と、佐和が二人の傍にやってくる。
「あたし達の辞令が、こう、なんかぱっとしない、と言うか……。ねぇ」
「そうですね。僕なんか、人と、喋るの得意な方ではなくて……」
そう言った二人が見せた内容に、「良いんじゃない? 私なんかこれよ」と、二人に見せた内容は、開発部と営業部であった。開発部は内部業務で、営業部は外部業務である。両極端が候補になるとは、またどういった判断なのであろうか。
「あぁ、確かに。内と外ってねぇ」
「それを言うなら、ある意味オタク業務と会社業務?」
「そ、それは。ひど、酷い、言いか……」
「何よ。ある意味って言ったでしょ。ソフトを組んで、動かすのはすごい、とは思うから、“ある意味”って言ったのよ」
「佐和は、極端に言いすぎ」
「そう? でもまぁ、友実の性格からしたらこれはちょっと、とは思うわよ」
歩実に突っ込まれた佐和は、言い過ぎたと反省でもしたのであろう、やや済まなそうに、友実の辞令に同情するように告げるのであった。
*
五月も半ばを過ぎた頃。二〇一七年度の新人達は、研修期間が満了を迎えようとしており、気もそぞろとなっていたのである。
「そろそろ、研修も終わりかぁ」や、「どっちに配属されるかな?」や、果ては、「いやいや。先輩から聞いたけれど、希に、調整研修以外の配属もあるらしい」などなど、研修に身が入らない時期でもあり、「お前達、口ではなく、手を動かせ」と、先輩に叱責される始末である。
「田辺」
「ん? どうしました? 長谷さん」
「お前は、やっぱり宣伝部が良いのか?」
「そうですねぇ。ここも悪くはないんですが、やっぱり体を動かしたい、ですかね」
――そうそう。人間の体は、何処まで効率よく筋肉を使えるのか、研究したいしね。
長谷の質問に、やや困った表情をしつつ答える勇であったが、本音は別の所にあるようである。どうやら、スポーツと言うよりは、人の限界を見たいと言った、研究肌のようである。
「それは残念……」
「長谷と田辺。私語は良いが、実装は進んでいるのか?」
「はい! 実装リーダー」
背後から注意された二人は、表情を引き締めて返事をして、ピンと背筋を伸ばすが如く実装に集中していくのであった。それもその筈で、研修期間の一環である調整研修とは言え、実務の一端を担うことになっているのである。バグの有無は置いておくとしても、割り当てを完成させる義務は負っていると言うことである。
――まぁ、やることはやるけれど。とは言え、周りの新人はそわそわしてるなぁ。もうすぐ研修期間も終わるからだろうなぁ。初体験だろうから、うらやましい。……まぁ、俺は俺で、出来れば宣伝部に配属されたいが、こっちを手抜きできる程器用じゃないし、成るようになるか。
別の日。
「ほらほら。新人達は、動きが遅れてるよ」
「うっ。あっ」
「そこ! 振り付けだけに集中しない! 遅れないように足だけでも合わせて」
「はい! 僕、頑張ります!」
新人を加えた一〇人程度が、一段高い場所でダンスを踊っているのであるが、やはり、慣れない新人が注意されているようである。
その一段高い場所を眺めるようにする者達が、「研修なのに厳しいね」や、「人の見てると、緊張する」などなど、小声で話しているのは新人であろう。
「……後ろで見ている新人。私語も良いけど、他人の振り付けや注意された点を見て、自分に当て嵌めなさい。それも勉強だよ」と、ダンスの指導者が、待機している新人に眺めるだけではだめであると、指導がなされると、「はい!」とそこそこ元気の良い返事をするのである。
「……はい、はい、頑張れぇ」
返事を聞く間もなく、壇上の指導に戻ったようである。一方、隣では、また別のことが行われていたのである。
「とぉ!」
「おりぁぁ」
すごいかけ声と共に、拳であったり、棒状の物であったり、二組に分かれて格闘をしているようである。
「うおっ! あっ、いてっ」
「君が相手を倒すはずだ。踏み込みが足りてないから、そうなるんだろう」
「す、すいません」
「もう一度」
と言ったように、アクション指導のようである。研修だからなのであろうか。新人が、アクション指導を受けることはそうそうない筈である。
「よし。次!」
「はい。田辺勇です」
「ほぉ。君かぁ、じゃぁ今日はちょっと難しくしようか」
「えっ?」
勇の番が回ってきたようであるが、指導者がにやりとしたところを見ると、勇の運動神経を試すつもりのようである。
「うむ。これだな。次はGの5番やるよ、準備して」
「えっ? はい、分かりました」
指導者の言葉に、先輩社員が一瞬戸惑ったものの、その意図を読み取ったのか、準備を始めたのである。
しばらくして準備が整った。と、簡単に言ってしまうには、すごいセットが組まれていたのである。準備した社員達が、二メートルはあろうかという台座の上で、跳んだり跳ねたりは当たり前で、背負い投げまでしてしまうのである。それでも、その台座はびくともしないようである。
「さて、君は、この役でスタントしてもらうよ」
「は、はぁ。……えっ! これ、やるんですか?」
「その通り。さぁさぁ、準備して。それじゃ、今日の一番行ってみようか」
指導者の一声で、先輩社員が配置に付くが、「うわぁ、あいつ大丈夫か?」や、「これまでの動きだと大丈夫なのか?」とか、「研修中にGとは……」などなど、口々に感想を述べているようであり、期待する眼差しも加わっているようである。
――まぁ、二メートル程度なら、飛び降りるのは問題ない筈だけどね。これは、まずいなぁ。期待と不安の視線が……。高難易度と言ったところか。
歩き出しながら、引き攣ったような、不敵のような表情を醸し出しながら、台本にある指定場所に移動する勇であった。
「はぁはぁ。僕は、もうだめです」
そう言って、控え場所に戻った友実であるが、大の字に横たわることはせず、いわゆる体育座りをするも、膝に頭を乗せて丸まってしまったようである。
――どうしたのかな? あっちで歓声が上がってる。
呼吸を整えていると、隣の方から「おぉ」や「やりやがった」とか、「殆ど完璧じゃないか」などなどの声が上がったからである。
――誰だろうって先輩かな? ……じゃない、え~と、田辺さんだ。同じ新人の……。
共演した先輩達からバシバシと、肩や背中を叩かれながら新人が控える場所にやって来た勇が、不意に友実の方に視線を向けたようである。
――えっ。目が合った。ど、どうしよう。
「やぁ、えーと。森野さんだったかな?」
「……」
「ん?」
「あ。え。いや。あの」
「そう言えば、人と接するのが苦手だったっけ。でも、そろそろ、せめて新人同士は慣れておこうよ」
「は、はい。そうですよね。僕、頑張りますよ」
そう呟いた友実は、笑みを以て勇の提案に決意を表明したのであった。
ざわついているのは新人達であり、本社の入社式を行った大会議室に集められていたのである。特定の新人ではなく、あえて全員を集められたのだ、悪い何かではないと思いつつも、一方で晒されるのではないかと言った不安があるようである。
「さて、新人諸君。五月ももう終わろうとしている。と言うことは……」
社長である智が新人達の前に現れ、冒頭の第一声がこれである。当然、後に続く言葉に期待と不安が半々と言ったところであろう。その証拠に、静まりかえっていた室内が再びざわめき立っていたからである。
「そうですね。気が付いたら、五月末ですよ。僕もよく頑張りました」
「フフ。それより、これは社長直々の講義って事なのかな?」
「いや、田辺。流石にそれはないんじゃないか? 新人全員集められてるし」
「そうですね。そうかもしれない、だとすると一体……」
勇達も半信半疑であり、これから一体どんな発表があるのかと、生唾を飲み込む程に緊張感が増したようである。
「……おめでとう。君たちは、五月末を以て新人研修を満了とし、六月は調整研修中の部署で、検討研修として連続で業務の一端を担ってもらう。そして、六月末の数日は特別休暇とする。七月の頭に、配属先の辞令を出す」
智の長い溜めにざわめいた一同であったが、この発表に歓喜の渦が湧き上がったのである。その歓喜を見回していた社長が「静かに! まだ続きがある」と、やや大きな通る声が響くと、歓喜に沸いていた新人達は、徐々に椅子に座り直したのである。
「これから、人事課より追加で研修を受けてもらう者を発表してもらう」
この発言により、再びざわめき立つ新人達。しかし、“追加の研修”と言われてしまえば、いわゆる“追試”と似たイメージを持って当然と言える。
「静まれ。……静まれ!」
智が一際大きな声を発したことで、新人達のざわめきは収まったようであるが、中には耳を押さえる者達もいたようである。
「それでは人事課。後は任せる」
「それでは、社長から発表されました、と……。んん。追加の研修に回る新人を発表しますが、返事は不要です。相田知己。飯塚帆美。石井信照。大野水樹。岡野美子。尾川法雄。小原忠司。高田正史。高橋洋子。佐藤琴。田中和樹。田辺勇。剣峰歩実。長谷智則。水上佐和。森野友実」
淡々と名前を読み上げる人事課の社員である。一方の新人達は、名前が呼ばれるか呼ばれないか、緊張した面持ちで終わるのを待っているようである。
「以上の一六名が追加の研修を受けることになります。尚、会社の決定であることから、意義のある者は現時点で退職となります」
人事課の社員が念を押して説明したにもかかわらず、「抗議します!」と、間髪を入れずに口を開いた新人がいたのである。
「君は……」
「尾川法雄です。何故、俺……いえ、自分が……。大卒の自分が、何故追試を受ける必要があるのですか」
「申し上げた通り、会社の決定ですから説明はありません」
「納得できません!」
声を大にして、反論を続ける法雄であるが、「では、たいしょ……」と、言いかけた時、「待て!」と、大きな通る声が響いたのである。
「待て。尾川法雄と言ったか?」
「はい」
「君は何故、大卒だと追加の研修が必要ないと考えた」
「それは、大卒だからです」
「回答になっていない。大卒であるため必要ないと考えた理由を述べよ」
「それは、大卒は、高卒や短大卒より優秀からです」
「どう優秀なのだ?」
「受験を通して、優秀であるから入学でき、四年で卒業できることは、勉学において優秀と考えるからです」
「なるほど……」
納得したかのような発言であるが、その顔には不敵な笑みを浮かべており、「しゃ、社長?」と、法雄をどもらせる程であったのである。
「なぁにが大卒だ。なぁにが優秀だ。お門違いも大概にしろ!」
本日最も大きな声が、大会議室に響き渡ったのである。間違いなく、間仕切りの外どころか、フロアの大部分に届いているであろう。
「一つだけ言っておく、優秀だと語る奴は、概ね言葉に酔っているだけだろう。……んん。話を戻す。追加の研修としているが、十六名は選ばれて研修を受けると言うことを覚えておくように。尾川君、これで満足だろう? 以上だ」
智が隣を見ると、項垂れている副社長である桃井美郎が目に飛び込んできたのである。「ん? 何かあったか?」と小声で呟くと、「何をやっているんですか。貴方は……」と、お小言が発せられたのである。
「選ばれたのか? 社長、抗議して申し訳ありませんでした」
背筋を伸ばして綺麗に気をつけの姿勢を取って、深々と礼をする尾川法雄は、智の思惑通り“選ばれた”というフレーズに酔ったようである。




