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文章内で、数字が漢数字なのは、縦書きで執筆している関係ですのでご了承下さい。
<登場人物 設定抜粋>
田辺 勇/たなべ いさむ
西暦1996年04月04日 男
体格:見た目はやや太い。
頭髪:赤茶の入った黒。スポーツ刈り。
顔 :細い故にたれ目が目立つ。瞳は黒。鼻筋の見えない小鼻。
性格:育った環境も手伝っているのか、慈愛とも言える優しさを持っている。一度信じた事柄に対しては、よほどのことがない限り初心を貫くことにしている。
石立 美子/いしだて よしこ
西暦1996年10月21日 女
体格:背が低めで、華奢。
頭髪:黒髪をストレートで肩まで伸ばしている。
顔 :大きな目で、瞳は黒。鼻筋の見えない小鼻。
性格:おとなしい性格であるが、言いたいことは何とか言えている。
相田 信二/あいだ しんじ
西暦1996年12月5日 男
体格:鍛えているため太い。
頭髪:黒髪のスポーツ刈り。
顔 :大きくも細くもない目で、瞳は黒。鼻筋の見えない小鼻。
性格:好青年を中学から自でやれるほど真面目。
田辺 文美/たなべ ふみ
西暦1994年8月1日 女
体格:ポッチャリ。
頭髪:肩甲骨まで伸ばしたストレートの黒髪。
顔 :大きくも細くもない目で、瞳は黒。鼻筋の見えない小鼻。
性格:勇と同じく、慈愛とも言える優しさを持っている。しかし、大半は勇に向けられている。
――死ぬと、違うな。死ぬ直前だったかな。走馬灯を見るらしいが、これは随分長くゆったりしているな。まだ、群馬にいた頃の小学校時代だしな。
目の前に展開される全てを、過去でも見ているかのような感覚にとらわれているように過ごしている人物、……少年がいた。
「いっさー。何ぼーっとしてんだよ」
「ん? 何でもないよ」
“いっさー”と呼ばれた少年。細い目はそれ故に垂れ目が目立つが黒目であり、鼻筋が余り見えない小鼻を持った、ややぽっちゃりした顔立ちである。頭髪は光の加減で赤茶に見える短く揃えた黒髪を、整える事をしていないのは、周囲の少年達と同様、まだ子供であると言う事であろう。身だしなみに気を遣う年でもないようである。体つきは太いとは言えないが、華奢とも言いがたいようである。
「ニヤけてんだかなんだか。爺さんみたいだぞ」
「ホントホント。かぁちゃんも、座ってるって言ってたぞ」
「ん? 確かに、椅子に座ってるけどね?」
「ん~。そうじゃなくてぇ……」
「ハハ。冗談だよ」
「ひどっ!」
和気藹々と笑いを醸し出しながら、たわいのない会話をしている少年達の所に、つかつかと少女がやって来て「楽しそうね」と声を掛ける。小柄ながらかわいさもあり、妹だったらと思う少年もいたようである。
少年達の一人が「よっこかぁ」とその少女をあだ名で呼んだ時……。いっさーと呼ばれた少年が、はたと何かに気付いたようである。
――あれ? そう言えば、よっこなんて女の子、小学校時代にいたかな? 記憶違い? ん~どうだったかな。
「よっこはちっちゃいけど、いいなぁ」
ぼそりと誰かが呟いたが、「ちっちゃいって言っちゃやだよ」と抗議の声を上げる。しかし、抗議の声も怒っていると言うより、おどおどした感じに聞こえるため、喧嘩が始まる程ではなかった。
「ご、ごめん。そんなつもりは……」
「……分かる。分かるよ。よっここと石立美子は、妹的アイドルだ!」
別の少年が場を和ませるつもりか、いや、自分の思いを口に出したようであるが、「何よそれ。もう」と笑い飛ばせるだけの意思は持ち合わせている少女であった。
――よっこ……。石立美子……。どこかで聞いた名前だなぁ。何処でだったか……。思い出せん。
「勇くん?」
「あぁ、こいつ最近。なんか変なんだよなぁ」
「うんうん。ちょくちょく考え事してるし、アニメの先もばらすし」
「お~い。いっさー」
少年達の会話も耳に入っていないようで、呼ばれている事にも気付かない程、少女の事を思い出そうとしているようである。それほど気になる名前であるのであろうか?
「田辺勇!」
「……お、おぉ?」
「やっと帰ってきたよ」
「えっ? 何? わるい、ちょっとな」
「何が、ちょっとな、だよ」
「かっこいいな、今の。僕も今度使ってみようかな」
「似合わねぇ」
「え~、だめ?」
「だめって言うか、お前には似合わないよ。やめとけ」
「じゃぁさぁ、いっさーには似合うのか?」
まだまだ、些細な事でちょっとした言い合いが起こってしまう年齢である。問い詰められた少年は「ん~。いや、どうかなぁ」と惚けているのかいないのか。その表情からは、お茶を濁そうとしているようにも見える。
一方の勇は、会話に入っているものの、表情が借り物のようによそよそしさがあった。
*
小学校高学年の頃に感じた違和感を、日常を送りながら考え続けていた田辺勇は、ついに、と言って良いのか、ようやく違和感の神髄に気が付いた。思考するより行動してしまいがちな勇であったため、中学に上がってしばらくしてからの事であった。
「田辺、相田と交代で掛かり稽古を始めろ」
田辺と呼ばれた少年は、スポーツを始めるに際してと言う事なのであろうか、頭髪は染める事も抜く事もなく光の加減で赤茶に見える黒髪で短く、いわゆるスポーツ刈りにしているのである。とは言え、周囲の部員を見ると少数派であるようである。
「はい!」
掛かり稽古。剣道における稽古の一つで、一方のみが打ち込みをする稽古である。とは言え、打ち込まれる方は討たれっぱなしという訳では無く、打ち込みをしないだけで、打ち込みを払ったりいなしたりする事はある。
――そうか! 何でこんな事に気がつかなかったんだ。ホントもう、俺って思考派じゃないよな。よく、こんな頭でシステム開発していたなぁ。……それはそれとして、兄弟の順番が違ってる。俺の記憶では、文美は妹で俺が兄。文夫は弟、これはあっている。さて、ここからなんだが。何がどうなってる?
「田辺!」
「……は、はい!」
「元立ちでも、集中しろ!」
――まずいまずい。稽古であっても、手を抜かない信二が相手だ。考えるのは、終わってからにしておこう。
「フッ」
「む? 今笑ったな」
「勇が心ここにあらずじゃ、稽古にならないよ」
「言ってくれるな、信二。よし、来い!」
「言われなくても!」
信二の挑発に乗った勇は、一分程の隙の無い元立ちを全うし、攻守交代で掛かり手となり、鋭い打ち込みを数発放てたようである。
「勇の面は、相変わらず怖いな」
「そうか?」
「あぁ、面だけはな」
「何だとぉと言いたいが、面積の小さいところは難しいよ」
「胴は広いと思うけどな」
「あぁ、何だろ。上段構えからだとなかなか」
「まぁ、威圧しやすい構えだし、俺より優しい勇にはあってるんじゃ無いか?」
「そ、そうか」
優しいと言われた勇は、照れて言葉を濁してしまうと、信二に笑いながら肘で小突き回される事となり、本日の剣道部の稽古は終わりを迎えた。
「じゃぁな」
「あぁ」
学校の正門で別れた勇は、「さてと。文美姉ちゃん……」と衝いて出た言葉がこそばゆくなってしまう。
――生年月日は、今の俺は一九九六年で、記憶にあるいは一九九四年。文美は、記憶では一九九六年で、今は一九九四年。まるっきり入れ替わってるな。で、だ。走馬灯だと思っていた訳だが、やっぱりそうじゃなくて、これは現実と考えていいのか? いや、現実と考えないと……、ちょっと待てよ。う~ん。
ブツブツと考え事をしながら帰宅しているのだが、思考に全てを回してしまったためか、ちょうど門を開けた文美の前を素通りしてしまう。
「勇?」
「……」
「ちょっと、勇!」
「……ん?」
「何処に行くの?」
「ん? あっ……」
ばつが悪くなった勇は、俯いて、文美の横をすり抜けて家に入っていった。それを追う文美は、「もう。しっかりしなさいよ」と言葉を残し、門を閉めて出かけていった。
家に入った勇は、今は姉である文美を内心で呼び捨てにした事に照れを感じたようで、「た、ただいま」とどもってしまうのであったが、「勇?」とキッチンの方から母親の声がし、「あぁ」と短く答えるに止まると「お帰り」と返ってきた。
「勇ぅ。帰ってすぐで悪いけど、リビングの明かり付けといてよ」
「えぇ」
「勇が点けてくれると、電気代浮くもの。晩ご飯豪華になるわよ?」
「……もう、分かったよ。手洗いしてからでいい?」
「いいわよ。門灯もついでに任せたわよ」
帰宅早々に、親の手伝いとは言え、電気を点け回るというのは、母親はそれほど忙しいのであろうか。いや、気になる点は“電気代が浮く”であろう。つまりは、消費されているのに課金されない、と言う事なのだろうが、特定の人物がスイッチを入れるだけでとは、一体どう言うことなのだろうか?
――参ったなぁ。あそこで出くわすとは……。ま、まぁいい。でだ。サラリーマンの記憶もあるが、あのブラックのだな。で、それが途中までという事は……、あっ。そういう事なのかな。だが、今の状態はどういうことだ?
母親の手伝いを終え、自室に入ったところで、込み上げてきた恥ずかしさを抑えつつ、記憶の整理などを始めた勇である。思考するより行動してしまいがちなだけであって、苦手ではない、筈である。ただ、いつも以上に眉間にしわが寄っているのは確かである。
――考えたくない、と言うか、それしかない、か。多分三三歳辺りで……。そして、今に至っているが。
「あぁ! 何でやり直し? いや、単純なやり直しなのか? 何か違う気がする。いや、生まれた年が変わっている時点でやり直しではない、と考えるべきか? 分からん!」
低い唸りを上げつつ、いつになく思考を続ける勇である。そして、現状で考え抜き、「いわゆる、輪廻転生ではない。しかも……」と言う結論に辿り着いた。と言うより、そう考えざる終えなかった。
「間違いなく、物語にある転生ではないな。……どちらにしても、俺の知る限りではあるが。まぁ、物語でしかない転生は論外と言えば論外か。でもなぁ、過去に戻る輪廻転生って言うのは、どうなんだ?」
出た結論に、納得したようなしていないような複雑な表情を浮かべている。仮に元が三三歳だったとしても、奇妙な事態である。結局の所「やり直しと言うよりは転生、と考えるしかないのかな?」と言うのが現時点では妥当な判断であろう。
*
更に時は流れ、勇も高校二年生になっていた。しかし、中学での成績もそこそこであった剣道であるが、未来を変えるためと体術を覚えるために空手部を考えていたものの、確認していなかったため柔道部に入部することにした。
――一応、前世でいいのか? 進路はまるっきり違うものにするとして、俺が進むはずだった進路に文美が乗っている訳だが。歴史が似ているなら、あの会社への就職をどう回避させるか、だな。
「あぁ。唐突に、あの会社名を出して諦めさせるのは、変だよな。う~ん」
自室で、唸りを上げつつ頭をかきむしっている勇である。二度目の人生、もしくは、人生のやり直しなのである、家族の誰かが亡くなってしまうような事は避けたい、そう思うのは当然と言える。そうは言っても、一朝一夕に事を成し遂げられる筈も無く、悩み多き青春となる勇であった。
机で正に頭を抱えていた勇だが、「ゲームでもするか」と呟くと、ノートPCの電源を入れるのだが、徐に立ち上がって部屋を出て行く。そこに「勇。今暇?」と階段を上がってきた姉が声を掛けてきた。
「ゲームでもしようかと、ジュースを取りに行くところだけど? 何?」
「そっかぁ、ゲームか。部屋でやるの?」
「そうだけど? 何。……まさか、一緒にやりたいとか?」
「それは美味しいというか……。!」
口を衝いて出た言葉に、文美自身が焦ったようで、慌てて口を塞いだが、時既に遅く。勇の表情が一転し、ややもすれば哀れんでいるようにも見える。
「へっ?」
「あぁ、違う違う。そうじゃなくて!」
慌てて訂正する文美に――あぁ、妹だとかわいいものだが、年上になると怖い……もとい、引くものだな――と感想を心の中で呟く勇であった。
「……分かった。となると、相談かな? いや、工学部に進学している姉が、高校生に相談はないよね」
「……もう、意地悪ね。まぁ、相談の類いではあるかな」
「……なるほど。上がってきたってことは、俺の部屋でって事でいいの?」
「うん。察しがいい弟は好きだよ」
笑顔で答える文美に、気圧される勇であり、その表情は恐怖とも歓喜とも付かないものであった。
その後、勇の部屋で文美の相談の類いを聞き終わった勇は、「やはり、あの会社が出てきたか」と独り言を呟いていた。
――想像通り、いや、想定通りと言ったところか。シャンノアシステムズ……。いわゆる造語だ。シャンはシャンピオンと言うフランス語から来ているらしい。日本語では、王者、とか闘士という意味らしい。で、ノアは、ノアの箱舟を思い浮かべるが、どうもフランス語のノアールらしく、日本語では黒を意味する単語をとったらしい。正に、黒いのだ。入社したが最後、と言う言葉が当てはまる程に……。
「はぁ、どうしたもんかなぁ。今のご時世、数年後どう変わっているのか分からない、とは言っておいたものの。姉ちゃんが卒業する頃から数年は、絶頂期になる筈だからなぁ。姉ちゃんの方も大事だが、自分自身の進路もなぁ。全く違う進路にはするが、どうするかなぁ。資本である体は家で出来るトレーニングはしてるが……」
悩み多き勇である。この悩みを考えつつ、短い青春時代を過ごす事になるのである。そうそう、謳歌などは出来そうにない、と言う事である。
*
「しかしまぁ、世間ではいつまで騒ぐのかな、東京の市場……。今度はどうなる事やら……。それはまぁ置いといて、なんとか、姉ちゃんの就職はシャンノアシステムズを回避できたし、良かったな」
――うん。姉ちゃんには不満があるみたいだけどな。SALTANブランド出している会社も良いねと言われた時は、どうしようかと思ったが。とは言え、白楊遊具はPCやコンシューマ機のゲームについては、成長もこれからの会社だし、おもちゃとしての玩具もそこそこ出している。これから同士で、ちょうどいいんじゃないのかな。
感慨深げな勇であるが、自信もリクルート・スーツ=いわゆる背広を身につけていた。
勇自身の進路はと言うと、独自に体を鍛えていたところ、無駄に鍛えている勇者と名付けた運動部の友人からの相談で、前世のプログラム技術を駆使し、初歩の映像解析を行った。これをきっかけに、スポーツと科学に興味を持つに至り、東京に出て同科の短大へと進学していたのである。
「さて、俺も晴れて……。いや違う、全てが二度目。二〇一七年四月、社会人を始めよう」
細い目であるため垂れているのが目立つ一方で、やや太い眉に、鼻筋はそれなりに見えるが小鼻を持ったやや細面の顔。光の加減で赤茶に見える黒髪は短いスポーツ刈りが定着しているようである。そこに、短大で科学を持って鍛えた引き締まった体を携え、今、田辺勇、二〇歳の春がスタートしたのである。