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プロローグ

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まるで暗闇に目が慣れていくように、すべてが再び存在し始めた。彼は一度も瞬きをせず、白い天井を見つめ続けていた。

一言も口から発しない。言葉を紡ぐことは悪いことかもしれない。いや、実際のところ、彼にとって言葉を発するという行為そのものが、ずっと前から「悪いこと」だった。

1分が過ぎ、彼の脳が完全に目覚めた頃、視界はさらに鮮明になった。まるでコウモリかフクロウになったかのように。もし昔なら、彼はきっとこう思っただろう。


「俺は吸血鬼だ。さて、最初の獲物は誰にしようか!」


まるで人生を真剣に考えたことがないかのように。いや、実際、彼は一度も真剣に考えたことがなかったのかもしれない。

それは、まだ子供だった頃の話だ。夢や妄想が日常にあふれていたあの頃なら、こんなことを考えるのは普通のことだった。それどころか、あまりに普通すぎて、親が心配するほどだった。


「この子、もしかして特別な力があるのかしら…?」


そう言って、母親は手で口を覆いながら彼を見つめるだろう。もし、それが子供の頃の話なら、彼は何も気にしなかっただろう。しかし、21歳になった今、同じ言葉を聞いたらどう感じるだろうか。

そんな想像をしているうちに、彼は強く歯を噛みしめていた。


――実際にそんなことは起こらなかった。だが、起こったとしてもおかしくはなかった。いや、もしかすると、すでに起こっていたのに、自分が気づいていないだけなのかもしれない。


彼はそう思いながら、片腕をベッドにつき、ゆっくりと上体を起こした。

その瞬間、喉の渇きが彼を襲った。口の中はカラカラで、脳が水を求めて必死になっているのがわかる。

まるで、人生で一度も水を飲んだことがなかったかのように。


夜中に目覚めた理由は不明だった。悪夢を見たのか、それともただ単に目が覚めてしまっただけなのか。

彼は「運命」など信じていなかった。だから、夜中に目を覚ましたことを運命のせいにはしなかった。

とはいえ、過去に起こった出来事を運命のせいにしたことは何度もあった。

自分の過ちを認めたくない時、彼は全知全能の何者かを責めた。

一般的に「善なる存在」とされるその存在も、彼の目には冷酷な支配者に映った。


「本当に"善"だというのなら……なんで……?」


そう呟いた記憶が蘇る。

それは、彼がかつて働いていた職場で、同僚たちと話していたときのことだった。

その時、彼はまだ「友達」というものを信じていた。


だが、その言葉に対し、ある女性が即座に反論した。


「またそれ? なんでそんなに悲観的なの? 何でもかんでも他人任せにできるわけじゃないんだからさ」


彼女は彼の顔を見ることすらせずに言った。それは、からかいだったのか、それともただの仕事の会話だったのか。

今となっては、もうどうでもいい話だ。

何しろ、それは2年前のことなのだから。


彼は過去のことを考えすぎる癖があった。だが、そんな自分を理解しているからこそ、すぐに思考を振り払った。

無造作に髪をかき乱し、抜けた髪が手のひらに落ちる。


「どうでもいい」


そう呟きながら、ベッドから降り、立ち上がった。


水を飲むために台所へ向かう。

夜中に喉が渇くことは珍しくなかったが、今回は少し違う。

まるで、体が水を渇望しているようだった。


お気に入りのアニメのマグカップを手に取り、水を飲む。

他のコップもあるのに、なぜかこれを選んでしまう。

彼は水を飲む習慣があったはずだが、今夜は飲まずに寝てしまった。


いや、それどころではない。


最近、彼は自分の生活が乱れていることに気づいていた。

夜更かしは当たり前。ゲームに熱中すれば、朝まで起きていることもあった。

だが、今夜は違った。


胸に鋭い痛みを感じたのだ。


病気ではない。彼の体は健康だった。

それは、"心の痛み"だった。


彼はすぐにベッドに入った。

まるで、"自分への罰"のように。


台所から部屋へ戻る途中、ふと、両親の部屋の明かりがついていることに気づいた。


――珍しいことではない。


だが、その時、母親の声が聞こえた。


「あの子はダメね。何を言っても聞かないし……どうしてなの? どうして○○(兄)のようになれないの?」


母の声は悲しみよりも怒りに満ちていた。


それが自分のことを指しているのは、聞くまでもなかった。

兄と比べられることに、もう慣れているはずだった。


だが、その瞬間、彼の体は震えた。


「俺たち、何か手を打たないといけないな。明日……」


父の低い声が聞こえた。


父がこの話に加わるのは珍しいことだった。

いつもは母の言葉を黙って聞いているだけだったのに。


これ以上聞きたくない。


彼はそっとその場を離れ、自室へ戻った。


部屋に入り、ベッドに横たわる。


天井を見つめる。


瞬きをしなかった。


「……!」


涙が溢れた。


それは、ただの生理現象。

瞬きをしなかったせいで、目が乾いただけ。


そう、"ただの生理現象"だ。


腕で顔を覆い、震える声で呟いた。


「……クソが……」


結局、彼は 負けた のだった。



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