7.トラブルが 笑顔でこちらに やってきた(字余り)。
一度形勢が逆転してしまえば、もう後は放っておいても大丈夫だと思う。
……とはいえ、黙って途中で抜け出すのも、何だか無責任の様な気もしてたりして。
ならばと、仕方無しに身動きの出来なくなった豚面の個体の始末だけは、こちらの方できっちりと責任を持ってやっておくとしましょう。
粗方の始末が済んだみたいなので、刀身についた血を振り払った後に懐紙で丁寧に拭い鞘へと収める。
今後一切錆びの心配が無くなったとはいえ、やはり生き物の……てーか魔物の血なんて、付着してて気持ちの良いものではない。
不浄のモノは、やれる内にしっかりと処理するに限るのだ。
「いや、先程は本当に助かった。ありがとう」
この人は、あの鎧集団のリーダーだろうか?
律儀だなぁ。わざわざ見た目からして怪しいわたしなんかを相手に頭を下げに来るだなんて。
見た目もかなり良いし、彼は中身もそれなりにイケメンみたいだ。
わたしの胸を一度見はしたけれど、それ以降は顔を、眼を見て話をしてくれているし。
てゆか。この程度の事で、この人への好感度が上がってしまうわたしの人生ってば、ホントに一体……?
なんてさ。冷静になって考えてみたら、あまりに短過ぎたとはいえ、今まで自分が歩んできた人生というモノが、少しだけ嫌になった。
「いえ。わたしは街に向かう途中、偶然近くを通りかかっただけですので……」
……だから、気にしないでください。
というか、関わってこないでください。
事情を聞いてこないでください。
干渉してこないでください。
だなんて、思わずそう口に出しそうになる。
……なら、何故助けた?
てーかさ、見捨てたら見捨てたで、なんか後味悪くならない?
なんて。在って無い様な、それこそ偽善にもなりゃしない様な、きっとそんなつまんない理由。
悪い意味で日本人的な考え方だよね、これ。
「君が倒した豚人の所有権は、勿論君にあるだろう。そこを踏まえて厚かましいお願いだとは思うのだが、できれば幾つかこちらに融通してはもらえないだろうか?」
「……はい?」
甲冑姿のイケメンさんの話では、この豚面のバケモノというのは、この世界の人間達にとって、結構なご馳走なのだそうで。
でも、さっきまでそんな”ご馳走”の群れに襲われてませんでしたっけ、貴方達……?
よくよくイケメンさんの話を聞くと、この世界に生きる人間達とあの豚面のバケモノ共の間は、簡単に言ってしまえば”食った”、”食われた”の関係にあるとの事。
うへぇ。それってばさ、この世界の人達って間接的に人間を食べてるって事と同じじゃないの? ってな話な訳で。
……想像しただけでも嫌過ぎる。
とはいえ、今そんなことを考えているわたしだって、このことを何も聞かされず調理後の姿で目の前に出てきたとしたら、迷わず食べちゃってるんだろうけれど。
「どちらかと言うと、わたしは貴方方の”獲物”を横取りする形になってしまったのだと認識しております。どうぞお気になさらず全部をお持ちになってくださいな」
こんなのを丸ごと貰ったって、食べたいと思わないし、解体なんて絶対したくなんかない……っていうか、そもそも、そのやり方すら知らないし。
わたしに出来るのなんて、精々魚を三枚おろしにする程度だ。動物の解体なんか、端っから専門外だっての。
……そりゃあ、兎や蛇に、後は鳥ならできる(過去に修行と称して何度か強制的にやらされた)けれどさぁ。
そうそう、知ってる?
実は鳥と兎ってば腹を割かなくても内臓が簡単に取り出せるんだぜ、ちょっとしたコツが要るけどさ。喉に切れ込みを入れて後は『ぐいっ』とやれば、お尻から消化器系が全部出てくんの。
んでね、蛇って頭を落としたら後は皮を剥ぐだけで下処理がほぼ済んじゃうんだ。あいつらお腹側にお肉が無いからさ、デロりと。後はお好みで骨砕き程度かな?
ンでしかもね。嫌々焼いて食べてみたら、見た目に反して、どちらも多少独特の臭みはあるけれど、わりと美味しいと思ってしまったってのも余計に腹立たしいてーか。
装備の一つとしてカレー粉やら、アウトドアスパイスやらの。一通り臭み消しも兼ねた調味料を瓶単位で渡された理由が、そこで何となく解っちゃったってーか……
閑話休題。
首を刎ねてしまったら、後は人間とさほど変わりはしない豚人の見た目もあってか、どうしても忌避感が強く出てしまうのは、地球人ならこれはもう仕方が無い話だと思うんだ。
っていうか、スーパーやお肉屋さんで並んでいたのは、整然とカットされた”食肉”なのだ。きれいにパッケージングされたブロック肉やらスライス肉なんかと全然訳が違うっての。
「それは、さすがに……」
「……はぁ。でしたら、一頭分の代金をご請求させていただきましょうか。お礼は、それ相当ということで」
難色を示すイケメンさんの顔を見て、わたしは色々諦める事にした。この際、貰える物はもう貰っておこう。こんな事で無駄にゴネる意味なんか、最初から無いのだし。
お金はあればあっただけ良い。無いよりマシなのだと開き直る事にする。
「おいっ、そいつは要らないと言ってるんだ。報酬なんて、くれてやる必要は無いだろうがっ!」
そんな濁声が聞こえてきたかと思うと、露骨にイケメンさんの顔が曇るのが解った。どうやらこの不快な声の主は、彼にとって上司にあたるらしい。
「ですが……」
「黙れっ! 向こうが要らぬと言うのだ。ならば、これは全て我が白馬騎士団の”手柄”だ。違うか?」
「っ……はっ。閣下の仰る通りにございます」
まぁ、その件に関しては、わたしの方がそれで良いと最初に言ったのだから、全然それで構やしないのだけれど……
しかし、この濁声のキモいおっさんは、最初から最後まで全部が全部いだたけない。
わたしを見つめる視線は粘着質でいやらしく、そしてこれっぽっちも遠慮が無い。
胸と顔を何度も何度も。しつこいくらいに何度も何度も往復する所なんか、本当に怖気がしてくる。それこそ、今すぐ視界から存在ごと消し去ってしまいたくなるぐらいに。
「だが……うむ。貴様、本当に良いむn……んんっ、技量をしておるようだな、同行を赦す。我らに付いてくるがよい」
うえぇ。胸って言いそうになりやがったぞ、このクソ豚。下心を隠す気すら無いのか。
”無い”わー。
このクソ豚野郎、絶対”無い”わー。
「結構です。貴方様が殊更お許しになる必要なんてございませんわ。わたくし、ここで失礼いたしますので」
「なんだとっ?!」
わたしはさっさと街に入りたいだけだというのに、何故急に予定を変更してまでそこなクソ豚率いるムサい鎧集団なんかと行動を共にせねばならないというのか?
許す許さない以前に、最初からもう全然意味が分からない。てゆか、何の罰ゲームだよって。
それに、これはどう考えても貞操の危機だ。このクソ豚、この期に及んで未だわたしの胸を凝視したままでいるのだから。
「わたしは貴方様方が、あの豚人? とやらに囲まれていて危なっかそうにしていらしたので、慌てて助太刀に入ったまでにございます。そして、その用件はとうに済みましたわ。ですのでわたくし、ここらで退散いたします」
「ぐぬぬ、この我の誘いを断ると言うのかっ? ヨクブーケ子爵家嫡男であり、栄光の白馬騎士団の団長たる我の、折角の誘いをっ!」
はーい、この豚さんの頭が悪くおかしい発言の数々は、お貴族さまだったからでしたーっと。
……ああ糞。最悪だ。
街に入る前に、要らぬ災禍がネギと調味料と、更にはご丁寧に燃料までもを鍋ごと背負ってやって来やがったってぇ訳だ。嬉しくねぇよ、こんなの。
「ええ。わたくしには、貴方様のお誘いを有り難く頂戴する利点が、奈辺もありませんもの」
男爵とか子爵とか、そんなモン知るか。受けて欲しいというのなら、最低限度の利を今すぐわたしに示してみやがれって。
そうはっきりと教えてやったのだが、どうやら豚程度の知能では、それすら理解するのも難しかったらしい。わたしの返答に、顔を真っ赤にして喚き散らしていやがる。
「閣下。この者は、我らの恩人でございます。ここは抑えて……」
「うるさいっ! 此奴は我に不敬を働いたのだぞ? その程度の功では欠片も濯げぬわっ。おいっ、お前たち。あの無礼者を捕らえよっ! 奴隷商人に売りつけてやるわいっ!!」
「……はぁ、うっざ。もう良い。そこでずっと勝手に喚いてろ、豚」
イケメンさんには悪いけれど、これ以上豚子爵(の息子)の不快な視線を浴びていたら思わず殺してしまいそうになるので、さっさとこの場を去る事にしよう。
奴隷商人、とか。何か不穏な単語も混じっていやがったしさ。
「「っな? 消えたっ?!」」
どうやら、すでにわたしの身体能力は人外の域にある様だ。少し本気を出してみせれば、常人ではまず追って来られないんじゃないかな。
実際、木々の流れる速度が、自身の記憶と照らし合わせてみても尋常ではないのだ。
っていうか、よくこんな速度を出したまま、平気で森の中をつっ走れるものだなと、我が事ながら感動すら覚えるほどだったり。
……さて、これからどうしようか?
少なくともわたしは、つい先程現地入りしたところで、早速お貴族様との間で要らぬトラブルを起こしてしまった様だ。
あのクソ豚がどれだけの権力を有しているのかは解らないけれど、少なくとも、あの騎士団の中ではかなりの地位に在るだろう事は、あのイケメンとのやりとり一つ取っても解ろうというものだ。
常識アプリさんを起動して。
ヨクブーケ子爵家で検索……
……うん。
あの街に入っても必要な物だけ買ったら、早々に抜けてしまった方が良いのかも知れない。
困った事にさ、当初目的地にしていたあそこは、あのクソ豚さんの実家であり、子爵家の領地の中でも最大の街(領都)だって常識アプリさんがそう言いやがったんだよね。
で、この国での地位が一応は子爵で下位貴族のカテゴリでも、限り無く伯爵に近い方の子爵なのだそうで。資産的な話だけで言えば、ヘタな侯爵家にも匹敵するのだとか、色々と頭のおかしい事になっているらしい。
しかもあのクソ豚ってばさ、その地位と権力と資金力を笠にして目に付く女性全員を食い荒らすド外道なんだよって実話まで付いて。
誘いを断ってすぐ逃げて正解だったね。あのクソ豚の誘いに渋々付いていってたら、きっと夜を待たずわたしは貞操の危機を迎えていたことだろう。
そして、奴の”中古”となったわたしは、奴隷として売られる、と……
やってらんね。
でも、これで今夜の野宿が決定しちゃった。
変な義侠心なんか出すモンじゃなかった。失敗したな。
あんなクソ豚なんか見殺しにしていれば、今頃宿屋のベッドで暢気に寝転がっていられたかも知れないっていうのに。
ああ、そうそう。
豚人の事も、一応検索してみたんだけれどさ。
あれの肉ってば、豚肉と比較してもかなりの「高級品」なんだとか。
脂はさらりと甘く、肉質はきめ細やかで臭みがほとんど無いとかなんとか。
まるで猪肉みたいな高評価でやんの。
うへぇ。そんな事知ったら、なんか興味が湧いてきてたり。
「……一口くらい、なら」
とか。
急に食べてみたくなっちゃうってさ、いくらなんでも現金過ぎやしないか、わたし?
……でも、元の見た目が……アレじゃあ、ねぇ?
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