6.『フラグ』なんて、本当に要らない。
丘を下り、街へと足を向ける。
大凡の方角さえ間違っていなければ、あとはひたすら歩いていけば良い。
丘の上から見た感じ、真っ直ぐ歩いていけば恐らく2時間も掛からない筈。あくまでも真っ直ぐに歩ければ……の話でしかないのだけれど。
一族の課す”修行”には、食糧、水の現地調達に、野営までのサバイバル術も含まれていた。
だから、正直に言ってしまえば、今すぐ無理をしてまで街に入る必要はあまり無い。
俊明叔父さんコレクションの”異世界モノ”では、大体が異世界の常識、事情を全く知らぬ異邦人たる主人公が街に降り立ったせいで、要らぬ災禍に見舞われるのが物語の常道だし。
先ずそれを避けるならば、多少の無茶にはなるけれど。
やろうと思えば一週間程度の野宿なんかは、多分全然問題無くイケるんじゃないかな。と思う。
……やりたいか?
と、問われれば「絶対にヤ」って、素直に答えてやるけれど。
お風呂と水洗トイレの無い生活だなんて、絶対に考えられないし、当然考えたくもない。
わたしは、清潔な現代に生きてきた綺麗好きな日本人。そのひとりなのだ。
……あ。
この世界にそんな便利で良いモノなんか無い事を”常識アプリ”さんについさっき教えて貰ったばかりだった。
ちくしょう、いっそ殺せよ。
……はぁ。
無いものはもう仕方が無い。いつか文明の技術の壁突破を起こしてやるさ。わたしとほぼ同時期にこの世界に降り立った他の誰かがなっ!
……人それを”他力本願”という……
orz
取りあえず見知らぬ世界で生き抜いていくには、なるだけ目立たない様にしていかないといけないのだろうけれど。
そもそもの話だけれどさ、今のわたしの”出で立ち”で、目立つななんていうのは、いくら何でも無理が有りすぎるんじゃなかろうか?
黒のセーラー服だなんて、学校によっては女子でもブレザー&スラックスが制服のオプションとして設定されていて当たり前の、この令和の時代に根本からそぐわないというか、真っ向から喧嘩を売っているというか。
いや。もうそれ以前の話で、ここは異世界だったっけ。
そう考えれば、そもそも普通にあり得ない話な訳で。
……せめて見えないぎりぎりを攻めたスカート丈は、元の膝上辺りに戻しておこう。これだけでも少しは違うと思うし。
露出度的にも、防御力的にも一応はこれで問題無い。の、かなぁ?
少なくとも常識アプリさんが仰るには……
『女性の素足の露出、マジあり得ねぇ』
なのだそうだけれど。
今私が身に付けている物全部に”破壊不能属性”を付けたのだとあのダンディおじさまも言っいてた訳だけれど、しまった。
鞄の中には、伝線があった時の予備で黒ストッキングを忍ばせていたのに。なぜ、私はあの時ストッキングを履いていなかったのだろうか?
でもまぁ、一応複製はできるのを確認できた(てゆか、まさかパッケージごと複製品がポンと出て来るとは思わなかったけれど)し、こっちに履き替えとこう。少なくとも素足じゃなくなったのだから、多少はマシ、だろう……大丈夫、だよね?
ああ、あと。
”破壊不能属性”ということは。服が擦り切れたり、切れたり。あと、破れたりはしないんだろうけれど、防御力的にはどうなんだろ?
あンのクソガキは、『最強の防具』とかどうとか言ってたけれど……
確かに、ゲーム的な数値での防御力の面だけで言えば、恐らくこれは最強の服にあたる、のだろう。
『結局は布なんだから、当然打撃に弱い』
とか……
『服は貫けないけれど、中身へのダメージは普通に通る』
……なんていうのは、極々当たり前の様にあり得る話だとは思うのだけれど。
やっぱり、早めの段階で色々と検証をする必要があると思う。
今着ているセーラー服(冬物)が、どれだけの”防御性能”を備えているのか。
中身がほぼほぼ同じ”設定”だとはいえ、完全なる”他人”となった盈月達と、わたしはちゃんと霊気の”同期”ができるのかどうか……
そもそも、わたしの種族が、実際どれだけの反則に値するのだろうか、とか。
Lv100を超えて、どうやらその後も何周かしちゃってたらしいわたしの現ステータスがどうなっているのかが見た目で解らないってのも、今の不安をあおる一因、だとも言える訳だし。
そういう意味でも、まずはこの世界の常識と相反するであろうわたし自身の”性能”を、一番気にしなきゃならないのかも知れない。
そうやって考えると、実際の数値で今のわたしの強さが一切解らないところが、すごくもどかしいなぁ……
Lvが解った所で、実際の強さなんか正直解る訳がない。
実際のゲームでもLv8の最弱モンスターよりも、Lv1の中堅クラスモンスターの方が遙かに強かったりする事も、まま普通にある訳だし。
最初にパラメーター表示を考え出した人は、本当に偉大だと思うわ。
しかし、どこぞのクソガキが仕事をサボりやがったせいで、こんな無駄な苦労をする羽目になるとは思いもしなかったな。
絶対にあいつの世界的地位を、わたしの手で追い落としてやらないと。絶対に、だ。
そんな事を考えている内に、わたしは知らぬ間に森に入っていた様だ。
太陽の位置は天頂をすでに過ぎ、今では鬱蒼と覆い茂る木々に隠れてよく見えなくなっている。
丘の上から見た景色から逆算して、何事も無ければどんなに遅くとも夕刻までにはこの森を抜け出せるだろう。何事も無ければ……
フラグが立った。
とは、言うなかれ。
場合によっては、そのまま検証をするだけだし。その機会が少しだけ早まったのだと思っていれば、精神衛生上きっと良い筈だ。ていうか、少しでも前向きにそう思わなければマジでやってられない。
霊刀達を腰に括った剣帯に下げ、辺りの気配を探りながら歩を進める。
あれ以来、<盈月>と<暗月>は、ずっと沈黙を続けている。
もしかしなくても、彼女達はわたしに気を遣ってくれているのかも知れない。
……ごめんね。もう少しだけ、本当にもう少しだけ。心の整理を付けるための時間をわたしにください。
その時には、また”家族”としてあなた達と向かい合う事が、きっとできると思うから。
たぶん、これが”魔物”という奴なんだろうなという気配が、そこかしこにある。
気配が薄い方は、何かの草食系の獣だろうか?
常識アプリさんによる魔物と獣の分類上の区別がまだイマイチよく解っていないけれど、まぁ、この直感はたぶん合ってるんじゃないかなぁと思う。
便宜上、”瘴気”を含んだ、あまり良くないと感じる気配が”魔物”。そうでない方が”獣”。わたしはそう区別する事にした。
でも、こちらに向かって来ない限りは、今日はどちらも相手にするつもりなんか無い。
まずは街に着く事が先決だろうし。というかお風呂が無くとも、せめて全身を綺麗に拭いてさっぱりしてから少し腰を落ち着けたいし。
◇◆◇
『”現実”に勝るクソゲーは無い』
これは、俊明叔父さんの常日頃からの口癖だ。
今頃になって、わたしはその言葉をようやく実感できた訳で。
何事も無ければ……という願いも虚しく、わたしの第六感が、争いの気配を察知してしまったのだ。
大多数の魔物達に囲まれてしまったであろう、人間達の気配を。
きっと、それを無視して進んでも良い筈。
でも、それができたら、わたしは最初からこの世界に来てなんかいない訳で。
正直な話、あの時任務を放棄してさっさと逃げ帰っていれば、そもそもこんな事になっていないんだよなぁ。
一瞬決心が揺らぎそうになったけれど、ここはやっぱり行くしかないっ!
正確な状況までは解らないけれど、どうやら人間達の方が圧されている感じだけは伝わってくる。
個々の戦力だけで言えば、普通に人間達の方がやや上……みたいだけれど、あまりにも数が違い過ぎた。
きっと全体の損耗率なんか、これっぽっちも考えていないであろう魔物達の圧は、確かに人間達の戦力を凌駕するに足る一つの要素となっている様だ。
「助太刀しますっ!」
豚の頭をした半裸のバケモノどもが、西洋風の鎧を身に纏った人達を大勢で囲んでいる光景が目に飛び込んできた。
思わず嘔吐きそうになる獣臭さは、正直辛い。
でも、きっとこれに慣れていかなければ、この世界で生きていけないのだろうなぁ……という嫌な確信も同時にあった。
これを終わらせたら、マスク着用を検討してみようと思う。
<盈月>と<暗月>を同時に抜き、豚面のバケモノの集団へと斬り込む。どうやらわたしの中であの時の戦闘経験から何かが開眼していたみたいだ。何故だか解らないけれど、今なら二刀を自然に使いこなせる様な気がしたのだ。
それに生前でも、妖怪の類いやら呪術士達相手と斬った張ったの経験を嫌という程繰り返してきたのだから、今更命のやり取り程度で怖じ気づく柔な精神は、最初から持ち合わせてなんかいない。
そういえば、豚さんってイメージの割には、比較的体脂肪率が低いスマートな動物なのだと聞いた事がある。
この豚面の面々も、どうやら例外ではなくそういった類いの生物らしい。
近くで見たその身体は、筋肉と血管の盛り上がりが凄まじかった。それこそ、ボディービルダー顔負けって奴。
当然、それイコール攻撃力の程は推して知るべしという奴だろう。もしまかり間違ってそんなのが肌に擦りでもしたら、わりと大変な事になりそう。
「まぁ、当たらないんですけれどっ、ねっ!」
如何にも分厚く強靱な筋肉の鎧を避け、関節に刃を通す。
豚面さんは、体躯の横幅もかなりある。見た目通りに、骨格それ自体が人間なんかより遙かに太くて丈夫なんじゃなかろうか。
重い身体を支える膝裏の腱とアキレス腱。守る骨が無く筋肉の層が比較的薄い鼠径部や鳩尾付近、太い血管や細かい神経が多数通る脇の下に頸動脈……凡そ人体と似た様な構造をしているのであれば、その急所はきっとほぼ変わらない筈。
だったら、そこを積極的に狙ってやれば良い。
敵味方入り乱れる乱戦の最中では、無理をしてまで相手を殺す必要なんか無い。まず大雑把に動ける敵の数を減らしてしまえば良いのだ。
戦いにおいて、数とは力そのもの。
生き残りたくば、まずその力を削ぐ。これは鉄則である。
振り下ろされる金棒を斜めに避け、最早”兵器”と評しても過言ではない得物を握るその強靱そうな手首を、スッパリと斬り落とすと同時に、膝裏の腱も断つ。
低い姿勢のままに駆け、他の人間に集中しているのか、わたしに背を向けている豚面の両アキレス腱を断ち、直ぐ様近くの豚面へと奇襲をかける。
数の多さにだんだん面倒臭くなってきて、向かってくる豚面どもの首を直接刎ね、武器を持つ腕を根元から斬り飛ばす。
あれ? 思ったよりもわりとあっさり刃が通る……?
これがLLvとか種族による恩恵……という奴なのだろうか?
自身の思い描いた以上の速度と精度で身体が動くし、それに比例するかの様に豚面どもの動きがゆっくりと見えるのだ。おかげで骨と骨の隙間に刃を通すのにも全然苦労はしない。
ひょっとしなくとも、血管と血管の間に刃を通すのだって狙えば訳無いのかも知れない。そんなレベル。
うえぇ。これが神の領域に片足を突っ込んだ人間の強さなのかぁ……
”神霊憑依”した時よりも遙かに動ける今の自身の”戦力”に、わたしはとてつもない恐怖を覚えた。
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